火の玉が落ちる前

秋空 脱兎

気付いた時には手遅れだった

 三月九日の朝の事だった。

 俺こと明渡あけとこうは、いつものように友人のおおがいさとると中学校に行こうとしていた。


「おはよう」

「おはよ」

さっむ……」

「だねえ」


 挨拶もそこそこに雑談を始める。その日の話題を提供したのは俺だった。


「今朝なんてさあ、起きて時計見たら部屋の気温二度になっててさあ」

「ああ、夏暑くて冬寒いんだっけ、あんたン

「いやほんとそう。マジで引っ越したい……」

「引っ越し……」


 了眞の口調がどこか寂しげに聞こえ、俺は言葉を追加する。


「や、流石に今からは無理だとは思うけどね? もうすぐ本格的に受験生になるワケじゃない、俺等」

「ああ、うん。そうだね……」

「……あっ、進路希望調査の提出明日じゃん! やっべ、なんも考えてないわ」


 了が曖昧な様子で頷いた直後、俺は進路希望調査票の提出をすっかり忘れていた事を思い出した。


「どうすっかなあ進路、了はどこ高校行くよ?」

「うん……」

「……ちょっと?」


 肩を叩きながら呼ぶと、了は驚いた様子で俺を見た。


「な、何?」

「何か、さっきから上の空じゃない? 俺の話聞いてた?」

「あー……ごめん、何だったっけ?」

「聞いてなかったじゃん……。進路希望調査。提出明日までだって話。お前、もう書いた?」

「いや、まだ」

「そっちもか」


 横断歩道に差し掛かる。信号が赤くなっていたので二人揃って立ち止まり、雑談を続ける。


「どこ行くよ、高校?」

「何にも考えてない」

「お前偏差値あたま良いんだからさ、どこだって行けるじゃん。俺はからっきしだからなあ……」


 俺がこういう事を言うと、了は決まって困ったような笑顔で誤魔化すのだ。この時もそうだった。


「僕は勉強を覚えていられるのが得意なだけだよ。それ以外は……」

「それ以外ったって、人並みには出来る訳だろ? そういうの何でも出来るって言うんだよ」

「…………」

「……だろ?」

「まあ、そうね……」


 若干気まずい空気になった気がした。ちょうど信号が青になったので、話題を変えようとした。


「信号、青だよ」

「ん──」


 ふいに、了が空を見上げた。


「……何かあるの?」

「……あのさ、昂」

「何?」

「お前、今日学校休め。一日だけ街の外まで行くんだ」


 そうして、突然そんな事を言い出した。


「は? 何で?」

「いいから行け、もうすぐバスが来るからそれに乗って」

「いや意味分かんないし、どうして?」

「嫌な感じがする」

「何、そんなに嫌だったの、さっき言った事?」

「そうじゃなくて、何かこう、とんでもない事が……街一つが亡くなる、みたいな──」


 そこまで言って、了が突然黙った。


「……何だよ?」

「ごめん、間に合わなかった」

「は……?」


 何とはなしに、了が見ている方向──空を見上げる。

 そしてすぐに、異常が起きている事に気付いた。

 雲一つない青空に、太陽以外にもう一つ光点があった。


「隕石……」


 俺が異常に気付いたのを知ってか知らずか、了が呟いた。


「大きさは……?」

「凄い、デカイ……」

「マジか……」


 そうしている間にも、光点はどんどん大きくなっていく。


「今日起きた時、何か凄く嫌な予感がしたんだ。僕含めた沢山の人がいなくなるみたいな。だから昂だけでもって思ったんだけど、上手く切り出せなくて──」


 最期に聞いたのは、そんな言葉だった。

 少し、早口だった気がした。

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