Only we need for music is the heart

ささやか

ギターをかき鳴らせ!

 気だるい夏の朝、日課のペペロンチーノ音頭を歌っているうちに、マサヲはこのままではいけないと唐突に思い立った。理由は無い。しかしこのままではいけなかった。

 何がいけないのだろうか。マサヲは考えてみた。夏休みの宿題はちゃんと進めている。昨日はボロンニャ君と一緒にマグロ大王狩りをした。夜ふかしもそんなにしてない。何も問題ないはずだ。しかし理屈とは異なった何かがこのままではよくないとマサヲの脳内で猛烈にブレイクダンスしていた。

 マサヲはまだ小学四年生である。しかし足りないを知る聡明さを有していた。マサヲは己の唐突な直感につき、善信おじさんに尋ねてみることにした。

 善信おじさんは「じゃしん」を奉じているとして親族から忌み嫌われていたが、子どもには親切で優しかった。善信おじさんの家には奇々怪々な品々が飾られており、どれも面白いものばかりだ。中でもマサヲのお気に入りは七色に輝くエレキギターで、善信おじさんがこのエレキギターを弾くと、エレキギターは曲調に合わせて鮮やかに色を変えるのだ。

 マサヲの唐突な訪問にも善信おじさんは嫌な顔一つせず、親身に話を聞いてくれた。そして、善信おじさんはおもむろに七色のエレキギターでペペロンチーノ音頭(怒りのデスロード版)を弾き「今のどうだった」とマサヲに尋ねる。

「えげつなく最高」

 マサヲは立ち上がって拍手喝采した。ソロ・スタンディングオベーションである。

「ありがとう、マサヲ。君が求めるのは、こういう魂を震わせるパッション、いや、もっと正確に言えばパッションを起こす創造だ。漫然と生活を送るだけなら、そんなやつ人間をしてないと一緒さ。何か作ろうとする無垢で無謀で純粋な意思を持つことによって僕達はようやく人間なれるのだから」

 マサヲは雷に打たれたような衝撃を受け「あばば」と叫んだ。音楽をやろう。マサヲはダイヤモンドよりも固い決意をした。

 それからマサヲのギタリスト人生が始まった。ギターを選んだのはなんてことはない。カッコよくギターをかき鳴らす善信おじさんに憧れたのだ。善信おじさんはギターをを教えてほしいというマサヲ一世一代の懇願を快く受け入れた。

 ギタリストとしての善信おじさんは極めて有能で、教えることも上手かった。マサヲの腕前はめきめきと向上した。

 はじめこそ学校帰りにギターを習っていたマサヲだったが、やがて学校に行く必要性に疑問を覚える。考えてもみてほしい。学校に行かないだけで一日の大半が空くのだ。この時間をギターのために使うことができれば、より早く善信おじさんのいる高みへと近づくことができること明白だ。

 マサヲは段々と学校に行かなくなり、中学二年生の頃には完全に不登校になった。その代わり善信おじさんのもとでギターの練習に励んだ。マサヲの両親がこの決断を嘆き悲しんだことは言うまでもない。しかしマサヲは華麗なるギターソロで両親の説得に成功する。ギターこそが全てだった。

 だがやがてマサヲは気づいてしまう。己がギターで善信おじさんと同じ高みにたどりけるほどの才能がないことに。それでもマサヲはギタリストであり続けた。絶対に勝てない戦いでも負けるまで負けることはないのだ。

 そんな悩みに陥っていた頃、善信おじさんの勧めによりマサヲは駅前で路上ライブを行った。マサヲのギターは一曲で百人ほどの通行人を感動の坩堝に叩きこんだ。その結果、しゃがみこみ滂沱する通行人が大量発生し、駆けつけた警察官に強制的に解散させられることになる。

 マサヲが警察官のお𠮟りを受けた後、善信おじさんが「ブラボーブラボー髭ボーボー」とおちゃめに拍手しながらマサヲのもとにやってくる。

「素晴らしい演奏だったじゃあないか」

「ありがと、おじさん。だけどまだおじさんのレベルには及ばないよ」

 マサヲは路上ライブの演奏にちっとも満足していなかった。善信おじさんならギターの余韻だけで警察官すらも説き伏せていただろう。

「嗚呼、全くそんなつまらないこと言うなよマサヲ! 技術の巧拙は死ぬほど大事だが実際に死ぬほどのことじゃあない。感動した人間がいる、これが最も大切なことさ!」

 善信おじさんは両手を広げ、滔々と語る。

「素晴らしい音楽を聞き、人は何故感動するか。いや、そもそも何をもって素晴らしいと判断するか。それは心に響くかどうかだ。心さ! 目はある、耳はある、鼻も舌も肌もある。だけど心なんて物理的な器官は生物に存在しない。だけどそんな目にも見えない不確かなものがあって初めて、音楽が素晴らしいなんて奇跡が成立する。だからもっと心を見つめるんだ」

「……心は見えないって言ったじゃん」

「おっと、そうだった。でも、まあそういうことだよ。マサヲにとって一番心に届けられる手段を突き詰めればいい」

 それからマサヲはギターの練習を続けながらも善信おじさんの助言を考えた。ギターが駄目ならタンバリンにでも転向すればよいのか。いや、そうではない。いくつかの楽器を試してみたが、マサヲが最も素晴らしい音楽を奏でられるのはやはりギターだった。いっそ音楽を離れて絵を描くなんてことも考えてみたが全く駄目だった。マサヲを考えた。とても考えた。考えに考え、思い至る。自分はかつてペペロンチーノ音頭を歌うことを日課にしていた。

 

 

 答えを得たマサヲはギターボーカルとしての高みへと至る努力する。ボーカルに大切なのは発声は勿論のこと、感情をいかに声に乗せるかが重要になる。ボーカルは善信おじさんの守備範囲外だったが、善信おじさんの紹介でマサヲは「じゃしん」の祝詞のりとを唱える巫女に師事し、ギターと並行してボーカルリストとしての実力も伸ばしていった。そうして成人になった頃、マサヲはようやく善信おじさんの背中が見えるようになったと感じた。

「善信おじさん、マサヲ! 大変です!」

 善信おじさんの家でセッションをしていると、部屋に「じゃしん」の巫女が駆け込んできた。

「テレビをつけて!」

「テレビぃ?」

 いぶかしげな善信おじさんがテレビをつけると、緊急速報が流れており、ニュースキャスターが真面目な顔で宇宙生命体の襲来を報じていた。撮影された宇宙生命体は人間のような形態をしているが、人間と異なり何らかの鉱物で構成されていた。報道の限りファーストコンタクトは上手くいっていないようであった。

「……じゃしんさまはなんと?」

「こたびの出来事は人が対処すべきことであるとおっしゃいました」

「そいつは大変だ」

 巫女の答えに、善信おじさんはシャラランとギターをかき鳴らす。巫女は何も言わなかった。テレビの音声だけが部屋に響く。

 想像の埒外からとんでもない事態が襲来してきた。マサヲにわかるのはそれだけだった。マサヲは「じゃしん」について詳しいことは知らない。当然宇宙生命体についても知らない。何を言うべきかわからなかった。何をすべきかわからなかった。だからつい、ギターを奏で、ただ歌った。そして気づく。

「有機物の塊である人間に心なんて器官はない。それなら無機物の塊の宇宙生命体にも心なんて器官はないはずだよね、きっと」

 だけどある。

 マサヲがギターを鳴らすと、善信おじさんが子どものように獰猛な笑みを見せた。

「マサヲ、面白いこと言うな。おじさんに一枚かませてくれよ。こう見えてもギターは得意なんだ」

「じゃしんさまのご助力を得られずとも教団は健在です。必ずやお二人を彼らのもとへお連れいたします」

 巫女は凛と美しい声で宣言し、早速どこかへと電話をかけ始めた。マサヲと善信おじさんはギターを持ち運ぶ用意をする。

 ギターをケースをぱちんと閉めたとき、マサヲの心にもぱちんとスイッチが入った。それを覚悟と人は呼んだ。

「おじさん」

「なんだいマサヲ」

「俺達二人で、心をぶち抜いてやろうよ」

「勿論さ」

 二本のギターと一人のボーカルが響く。

 その年の音楽業界は空前絶後の業績だった。

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