6番目の世界

いいの すけこ

ひとつ違う世界

 殴られたような衝撃があった。

 誰かに拳をふるわれた経験なんてないけど。体を吹き飛ばされる、脳を揺らすような衝撃は、きっと顔面を殴りつけられた時のようなショックで。

 まったくわけのわからなくなる、混乱があった。

 私は交通事故に巻き込まれた、らしい。

 危険が迫る、予感はあった。

 私には第六感とでもいうような、不思議な感覚があるから。

 神経衰弱は大得意で、私に手番が回ると、伏せられたカードは瞬く間に表返った。

 遠くに住むひいばあちゃんが天国へ行っちゃうその時だって、真夜中だったけど飛び起きた。

 予知できたからって、完全に回避できるものでもないらしい。

 私、反射神経鈍いしな。


 だけど、奏斗かなとくんを助けることはできたみたい。

 奏斗くんとは小さい頃からよく一緒にいるけど、何かに夢中になると周りが見えなくなっちゃう子だ。

 私達は学校帰りに、逃げちゃった猫のルルちゃんを探していた。奏斗くんは、他のことなんて一切目に入ってなくて。

 でも、いくら周りに注意していようと、いまいと、同じだったかも。

 姿勢を低くして、猫の目線で一生懸命ルルちゃんを探していた奏斗くん。

 嫌な予感がした。

 ――奏斗くんが危ない。

 直感は鋭かった。

 背筋を伝った寒気。悪寒は次の瞬間に訪れる危機を、私の脳に伝えた。

『奏斗くん、逃げて!』

 叫びながら、私は奏斗くんを突き飛ばす。

 直後、車が突っ込んできた。

 車道を外れて、歩道に乗り上げてきた車。運転手は何かを避けて、無理にハンドルを切ったようだった。通常なら予測不能の動き。

 ルルちゃんが、道路の真ん中にいる。

 私の予感どおり、ルルちゃんはここにいた。

 やっぱり私には、第六感があったみたい。



 それは世界から、はじき出されるような衝撃だった。

 世界って何? この世のこと。この世、あの世。

 あの世?

 何にもない空間だ。

 明るいような気もするし、真っ暗な気もする。

 明るいか暗いか、なんでそんな簡単なことも解らないんだろう。

 私、目でものを見ていない気がする。

 耳でものを聞いていない気がする。

 よくわからない。

 光も闇も、暑いも寒いもわからない。

 足裏の感触、硬いも柔らかいも感じない。

 そもそも立ってるの?

 私の体、ここにあるの?

 視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚に支配されない世界。五感から、私は解放される。

 私は第六感が、優れているから。

 五感に見放されることだって、あるんでしょう。

 見放されるのかな、解放なのかな?

 見えなくったって、聞こえなくったって、触れられなくったって。

 体をなくしたって。


「リッカ!」

 私の名前を呼ぶ、声が聞こえた。

 立果リツカ、じゃなくてリッカって呼ぶのは一人だけ。

 鼻先で、制服の放つ独特の匂いがする。

 誰かが私を抱えているみたいだ。

 口の中に錆の味が広がって、切ったのかな、とぼんやり思う。口を開いて、私を呼ぶ声に答えたいけれど、思うように声が出ない。

 瞬きをする。滲んだ視界の中に、泣きそうに歪んだ男の子の顔があって。

「奏斗くん」

 名前を呼ぶなり、ぎゅっとされた。

 こういう展開は、ちょっと予知してなかったな。

 力強くてちょっと痛い、温かな腕の感触。

 それは六番目の感覚よりも、はっきりとしたもので。

 私をこの世界に繋ぎ止める、確かな感覚だった。


 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

6番目の世界 いいの すけこ @sukeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ