白いモヤ
寄鍋一人
そのモヤが示すのは……
ある朝目を覚ますと、股に白いモヤがかかっていた。
何かがついているわけでもなければ、目の調子が悪いわけでもない。寝巻きを脱いでもパンツが現れるし、パンツを脱いでも寝起きの息子が顔を出すだけだ……と思ったが、息子たちは白いモヤでモザイク編集がかけられ見えなかった。
突然部屋のドアが開く。
「お兄ちゃん学校遅れ……なっ! 朝からそんなもの見せないでよ!」
「いや、お前が急に入ってくるからだろ」
怒号を吐くだけ吐いて戻って行った。
お互い思春期なのに、ノックもなしに入ってくるな。今日は致してなかったからよかったけど。
いや、致してなくてもこのモヤはおかしいだろ。
……見せないでよ……?
じゃあ妹からはモヤはなく息子が見えていたってことか?
これは俺にしか見えていないモヤなのか?
何も分からないまま、それでも世間は通常通り。モヤを股に抱えながら学校に行く支度を始めた。
このモヤは俺だけなんだろうか? 他の人にも同じようにあったりするのか?
朝ごはんを食べながら向かいに座る妹にもないか凝視する。何見てんの、キモイ、変態とか言われた気がするが、それどころではなかった。
妹にも股にモヤはあった。でも色が違う。俺のは白だが妹のは薄いピンクだ。
どうして色が違うんだ?
ちなみに父親のは濃い緑、母親のは黒だった。
この組み合わせ、どこかで見た覚えがあるが思い出せない。
真相は文字通りモヤの中のまま。
登校中も他の生徒の股には各々の色のモヤがかかっていた。……ように見えるのは相変わらず俺だけだろう。
家族含めて何度か被っている色もあったが、その人たちの共通点は思いつかない。
教室に着くと自体は変わらなかいどころか、普段からつるんでる友だちにもモヤがかかっていて視界が窮屈だ。
信じられないだろうなと冗談っぽく相談をもちかけてみると、友だちもふざけ半分で、じゃあ俺は何色? と試してきた。
男数人の色を答えてやった。どれも脈略のないものばかりだ。諦めかけたそのとき、1人が確信的と思われる発言をする!
「今日の俺のパンツの色と同じだ」
聞くや否や、色を診断された男たちはズボンをめくり、全員揃ってすげぇ! 同じ色だ! と目の色を変えた。
俺も今日は白だ。
へー! その人が履いているパンツの色だったのか!
思い返せばたしかに、昨日畳まれていた洗濯物の中に、家族のモヤの色と同じ組み合わせのパンツがあったな。思い出したぞ!
パンツの色だと推理した彼は今朝の有名人となり、天才と祭り上げられた。
そんな彼らは思春期真っ只中の健全な男子高校生。身につけている下着の色が分かるとなれば、考えることは一緒だ。
「おい、あいつのは?」
声を潜め、男たちの目線の先の彼女を見る。
クラスのアイドルだ。顔は可愛いしスタイルもいい。頭はいいが少し抜けてるところもある。告白された数は露知れず。
友だちと無邪気な笑顔で楽しそうに喋っている。
俺らの話が聞こえてなさそうなのは幸いだった。
意識を集中させ、バレない程度に彼女の股を見つめる。俺を囲む男たちはゴクリと息を飲む。
彼女のモヤは――なかった。
普通の制服姿が見えた。腰周りにあるべきスカートもしっかり見える。
肩を落とす彼らにはお詫びとして、他に見える女子の色を耳打ちしてやった。
しかし、なぜ彼女だけモヤがなかったんだろう。
もしかしてモヤがかからない体質があるとか?
もしかして彼女もモヤが"見える"人で、その人同士だと相殺かなんかで見えなくなるとか?
もしかして、履いてない、とか?
彼女の下着の真相はモヤの中のままだ。
白いモヤ 寄鍋一人 @nabeu
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