たぶん世界で一番外れない第六感

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

第1話

 ――ガタンッ


 ようやく放課後を告げるチャイムが鳴った。

 胸に宿るのは焦燥と絶望。

 それでもわずかな希望を夢見て荷物をまとめる。


「マ~イ~今日どこか寄らない? ……って忙しそうだから無理っぽい?」


「うん無理。ごめんね美羽。今日は急いでいるから」


「あ〜なんか今日は学校来た時からずっとそわそわしてたもんね。用事があるなら仕方ない」


「本当にごめんね。埋め合わせは絶対するから。じゃあ」


 親友との挨拶もそこそこに急いで帰路を駆ける。

 高校三年生。

 最高学年の決まりなのか校舎の最上階。

 普段も面倒な階段がいつもよりも長く感じる。

 足に込めた力も空回りしている気がする。


 今日は朝から不安があった。

 学校に行くために外に出た瞬間から嫌な予感がしていた。

 その時は気のせいと思うことにした。

 深く考えなかったことが悔やまれる。

 嫌な予感は時間の経過と共に肥大化して、昼には確信に変わった。

 急いで家に電話してママに連絡を取ろうとしたが誰も出ない。

 念の為にママのスマートフォンにもかけたし、メッセージも残したが無駄だろう。

 ママのスマートフォンがすぐに通じるはずがない。

 レスポンスの遅さには定評ある。

 三日前のメッセージに対して「今気づいた」と返信してくるタイプだ。

 スマートフォンのライトが点滅しても無駄である。

 通知が来ても確認しないのがうちのママだ!


 全ては勘だ。

 第六感。

 何も根拠がない。

 他の人に言っても信じてもらえないだろう。

 でもこの第六感は幼い頃から一度も外れたことがない。

 学校の下駄箱で靴を履き替える間にも心の声が静止を求める。


『マイ。それは気のせいよ』

『何を急いでいるの?』


 もしもこれが内なる理性の声ならば私も落ち着いたかもしれない。

 でも声を出しているのは理性の声ではない。

 諦めることに慣れた過去の自分だ。


『気のせいってことにして諦めなさい』

『急いでも無駄よ』

『どうせヤツには勝てない』


 これが内なる自分の本当の声なのだ。

 負けてたまるか!

 そう足に力を込める。

 途中で昨日寄ったコンビニが目に入る。

 昨日寄ったから無駄だと知っている。

 入荷日はまだ先だ。

 もっと言えば入荷するかどうかもわからない。


 あのときすぐに動いていれば。

 そんな自分への悔恨さえも今は力に変えてみせる。

 そうして最速一直線で自分の家にたどり着いた。

 この時の私は陸上部にも負けなかっただろう。


「はぁはぁはぁ……ただいま」


「あっ! マイおかえり~」


 顔は下を向けたまま。

 玄関にあるはずのない靴。

 持ち主は家にいるはずのない人。

 嘘だと思いたい。

 でも心の声はとても正直だ。


『やっぱりいたか』


 私の第六感は外れない。

 出迎えた声はとても上機嫌だ。

 顔をあげるとその手にはあってはならないモノがある。

 スプーン付きで。

 大学進学を期に一人暮らしを始めたはずの姉である。


「アイ姉……大学は?」


「今日は講義がお休みなんだよね」


「どうして実家にいるの?」


「帰ってきちゃダメ? 愛しの妹に邪険にされてお姉ちゃん寂しい」


「今日は水曜日だよ。平日ど真ん中。講義が休みでも二時間かかる道のりを普通は帰って来ないよね」


「いや~朝起きたら今日実家に帰ったら昨日見つからなかったモノが見つかる気がしてね」


「……へえーそれで見つかった?」


「うんバッチリ」


 そう言って姉が掲げたのは私が買ったコンビニの期間限定販売商品のアイスパルフェ。

 コンビニスイーツと侮ってはいけない。

 値段は強気の四百円超え。

 濃厚ホワイトチョコレートと甘酸っぱいストロベリーソースが話題を呼んで売り切れ続出。

 すでにネットでは入手困難との声が多く、昨日運良く下校中に見つけて即買いした。

 元々この値段のために製造量が少ない。

 しかもアイス製品なので常時供給することを想定していないため、本当に再入荷されるかわからない。

 入荷されても都心の一部の店舗だけだろう。

 つまり再購入は絶望的だ。


「……どうしてそれをアイ姉が持っているのかな?」


「昨日コンビニを五店舗も捜し歩いて見つからなかったのに運よく実家の冷凍庫にあったから」


「……しかも開けてる。蓋に『マイ』って名前書いていたよね」


 こういうことは初めてではない。

 だから必ず名前を書くことにしている。

 その習慣は姉が家を出ても続いている。続いていたのに!


「ふふ。何度も言ったよね。『妹のモノは姉のモノ。姉のモノは姉のモノ』そう憲法に書かれていると!」


「今日という今日は絶対に! 絶対にアイ姉を許さない!」


 カバンを床に置き、そう宣言して掴みかかろうとする。

 だが姉の余裕の笑みに阻まれる。


「そんなことを言っていいのかな?」


「なにを笑っているのよ?」


「まだ三分の一もカップに残っているのに」


「なっ半分以上食べたの!?」


「それは姉のモノ♪ さてここで利口な我が妹マイちゃんの取るべき行動は?」


「……アイお姉さま。どうかそれをください」


「『愛しの』が抜けてるよ。早くしないとアイスだから融けちゃう。この数分がちょうどいい融け具合で食べ頃なのに」


「……これだからこの悪魔は」


「あれ? いらないの? なら全部私が――」


「愛しのアイお姉さま。どうかマイにお恵みください」


「合格♪ はいあ~ん」


 差し出されたスプーンを慣れた要領でパクリと一口。

 この姉は悪魔だ。

 暴君である。

 幾度となく繰り返される鬼畜の所業。

 それでもこの一口目の構成は相変わらず神がかっている。

 量は多すぎず少なすぎず。

 ホワイトチョコレートとストロベリーソースのバランスが絶妙。

 宣言通りアイスの融け具合も完璧だった。

 この味ならネットで話題になるのも当然だろう。

 購入時は値段で躊躇するが食べ終えた後は値段にも満足する味である。


「さて二口目が欲しければ言うのだ。『お姉ちゃん大好き』と」


「くっ……殺せ」


――――――――


「……玄関でなにをやっているのかあの二人。相変わらずね。あれ……なんか来てる」


 母である。

 家を出たはずなのに割と頻繁に帰ってくる長女のための買い出しの帰りだった。

 今玄関に行くと妹のマイが羞恥のために塞ぎ込む。

 面倒なので待機中である。

 空気を読める母として暇つぶしにスマートフォンを開くとメッセージが来ていた。


『私のアイスパルフェを隠して! お願いしますママ!』


「あ~ごめん。遅かったみたいね」


『たぶん今日アイ姉が来る気がするから晩御飯考えた方がいいかも』


「アイはマイには連絡してないって言っていたわよね。何でわかるのかしら。昔から謎だわ」


 玄関でも愛しの二人の娘の将来が心配になりそうなやり取りが続いている。

 このあと不機嫌になったマイが部屋に引きこもるのだろう。

 そしてたぶん今週末はアイがマイの機嫌を取るために二人で出かけるはずだ。

 これは第六感ではない。

 母だからわかるのである。

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