ピリオドの本来のお仕事

秋乃晃

終わりを伝えにきたのにわかってくれないぐらいには手遅れだね

 ぼくは宮城創ピリオド

 最近はTransport Gaming Xanaduの世界に転生させた人たちが面白くてそっちばっかり見てるけど、本来の仕事もしていかないと美華ちゃんから怒られちゃうからね。

 というわけで今回は特別にぼくのお仕事を紹介しちゃうね!

 こういう時じゃないと書けないしね。


 ぼくがこの世界に来たのは、この世界を【抹消】してしまう前に、この世界の人々の言い分を聞いてやろうと思ったからだね。ついでにこうやって書き残しておくのも、なんか、そうしたほうがいいような気がしたんだよね。閃いたっていうか霊的ななんかを感じた。その世界の人たちの怨念かもしれないね。怖いね!



  *  *  *



「へぇー」


 ぼくの話を一通り聞いた後、その詰襟の制服を着た少年は感心したように頷いた。そして「創くん。もう一度、最初から説明していただけないか」と胸ポケットからメモとボールペンを取り出して催促する。物覚えが悪いタイプのようだ。

 ぼくとしては別に何度説明しても一向に構わないので、最初から説明してやることにした。


「この世界は“正しい歴史”からはだいぶ離れて独自路線を突き進んでおかしなことになっているから、ぼくは【抹消】しないといけないんだよね」


 少年はメモをペラペラとめくり、まだ何も書かれていない白いページを見つけてそこに『正しい歴史』という単語を書き込んだ。

 無数に存在しているパラレルワールドのうちのひとつがここなんだけど、真のアカシックレコードの歴史とはぜんっぜん違うんだよね。これからこの世界での、この世界にとっての“正しい歴史”を解説するね。



 この世界の歴史では、西暦が2020年から2021年へと切り替わった瞬間から防衛戦争が発生している。恐怖の大王が宇宙の果てからアンゴルモアを送り込み、宇宙船地球号は蹂躙された。アンゴルモアは北米を制圧すると、かの国が所有していた兵器を乱射して中南米とアフリカを火の海とする。欧州からの提案は聞き入れられず、グリーンランドに拠点を構えて侵攻を開始。ありとあらゆる文化財を破壊しながら中東へ突き進んでいく。日が昇る頃にはアジアの半分がアンゴルモアの手に落ちてしまった。侵掠すること火の如し、という日本語をアンゴルモアが知っていたかどうかはわからない。各国の首脳は太平洋に浮かぶハワイに避難する。

 ニホンは当初vsアンゴルモアではなくアンゴルモアにより生活を破壊された人々への人道的支援に徹すると声明を出していた。敵対するのではなくどうにかして共存する路線を選びたかったのである。が、間もなくアンゴルモアが目と鼻の先の朝鮮半島までやってきたとの報告が入ってしまう。こうなると焦土と化した友好国のために、地球の代表として戦わざるを得ない。

 アンゴルモアはまず佐渡島に上陸した。そこにニホン側の交渉役が相対する。地球上で人の住める場所は太平洋に浮かぶオセアニアとニホンしか残されていないという危機的かつ絶望的な状況下において、ニホンは平和的な解決を望んでいたのである。



「救国の少女の像は見ましたか?」


 少年がぼくに訊ねる。ぼくが「いや?」と答えると、少年は「それはよくないですよ。見ていってください」とメモとボールペンを胸ポケットにしまってぼくの手を掴んだ。

 防衛戦争は救国の少女――白菊美華しらぎくみかがアンゴルモアと話し合い、アンゴルモアは宇宙の果てへ帰っていったことで終結した。ただし、白菊美華はニホン側の交渉役としてその場に立っていたのではない。ニホンの正式な交渉役は一言発する前にその頭を捻り潰されていた。混乱の坩堝の中、白菊美華はその能力【移動】によりその場に姿を現したのである。

 この世界の“アカシックレコード”に書き記された『この世界の“正しい歴史”』にてこの世界の“正しい歴史”が2021年の1月1日で終わるものではないので、その“正しい歴史”に終止符を打たんとする外的要因のアンゴルモアを地球上から取り除かなければならなかった。白菊美華の役割は“正しい歴史”をアカシックレコードの記述の通りに進めることだから。


「ほら!」


 少年はぼくを戦術学校の正門まで引っ張り、その救国の少女の像の前まで来ると跪いて拝み始めた。美華ちゃんが美華ちゃんのやらねばらならないことをやっただけなのにこんな立派な銅像を造られて、少年のようなごく普通の人々から崇め奉られる存在になってしまったこの世界の現実が、ぼくにとってはこそばゆい。


 ぼくと美華ちゃんの関係性?

 子と親代わりっていうのかね?


 今日は2022年3月9日。世界は未だ混乱していた。1年ちょいで何とかなる問題ではないからね。

 奇跡的に(必然的に)その場に現れた救国の少女がもう一度このニホンを助けてくれるとは限らないので、ニホンとしてはアンゴルモアに対抗するべく“戦術学校”を設立した。諸外国の生き残りの方々へ向けてのパフォーマンスとしての側面もあったんだろうね。


 到着して早々にこの少年を捕まえられたのは運がよかったね。もしかしたら少年の方に何らかの能力があって、ぼくを引き寄せたのかもしれない。ぼくの見た目が小学生っぽいおかげで、少年は「戦術学校の見学ですか?」と誤解してくれた。まぁ、見学といえば見学だから誤解って言っちゃうのは違うかもね。


「ちなみに、明日にはアンゴルモアがまたやってきて今度はオセアニアを破壊し尽くす。ニホンは最後のデザートにとっておいてくれるらしいね」


 この世界は終わりである。正確にいえば、人類の歴史は終わり。たった一体の侵略者の二度目の攻撃によって、終わりを迎える。少年は「そうなんですか!?」と素っ頓狂な声を上げてから「でも、」と語ってくれた。


「ボクたちは勝ちます。その為にここで勉強しています。全人類の為に、アンゴルモアに勝たねばならないのです」


 ハキハキとした口調に洗脳の影が見え隠れしてぼくは閉口した。1年の間の“戦術学校”での教育プログラムがどのようなものかまで体験できないのは残念だね。もうちょっと前の時間軸に飛びたかったね。


「勝てると思っているのかね?」

「勝てるか負けるかではなく、勝つ以外に選択肢はないのです」


 ぼくの意地悪な質問に真摯な眼差しで返答する。

 圧倒的戦力差で大敗し歴史は後世に残らないという“正しい歴史”を知っているぼくは「そっか、頑張ってね」としか言えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ピリオドの本来のお仕事 秋乃晃 @EM_Akino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ