それは予知か第六感か

御剣ひかる

最大の危機を察するために

 修学旅行の夜、仲の良い女の子達が一つの部屋に集まって好きな音楽とか漫画とか、恋バナとか、そういう話で盛り上がるものだ。

 娘が中学三年生になって修学旅行に行く直前に、夜の雑談タイムで一人ひとつずつなにかお話をしようってことになったんだそうだ。

「ねぇおかあさん、なにか面白い話、ない?」

「面白い話ねぇ。面白いかどうかは判らないけど不思議な話ならあるよ」

「えっ? なになに?」

 娘は目を輝かせている。

「おばあちゃんの若い頃の話なんだけど」

 わたしは、母から聞いた体験記を話し始めた。


 母はいわゆる「勘のいい人」だった。「運のいい人」でもあったみたいだけどそれはまた別の話ということで。

 予感というか、予知というか、そういうなにか「ピンとくるもの」が働いていたんだそうだ。

 例えば天気予報で雨の心配はほぼない、と言っていても「今日は雨が降りそうな気がする」とか。そしてそれはよく当たる。

 例えば、何の気なしに友人に電話をかける時はいつも、友人が精神的に疲れていたりで誰かに話を聞いてほしいタイミングだったりとか。どうしていっつもタイミングよくかけてきてくれるの? と友人にありがたがられたそうだ。

 ある時は、知人の訃報を伝える電話が鳴った時、「あぁ、これはよくない報せだ」と思ったり。

 予知能力者かといわんばかりの第六感がよく的中していたらしい。

 だが、自分の身に直接起こる出来事は判らなかったそうだ。

 それが十年ほど前、初めて第六感が発動した。

 自転車で買い物に出た母は交差点で信号待ちをしていた。渡ろうとしている横断歩道は大通りの左側に並行で、対向車側から横断歩道の方に曲がってくる右折専用車線があった。

 横断歩道にも自転車用のレーンがあった。母はそのレーンの最前列で信号が変わるのを待っていた。

 信号が青になって、横断歩道側に曲がってくる車は停まったままだったのでさぁ渡ろうとペダルをひと漕ぎしたが、何かぞわっとするものを感じて自転車レーンを外れて歩行者用の横断歩道へと移動した。

 母の第六感は的中した。

 母が確認した時には停車していたはずの車が、突然猛スピードを出して曲がってきたのだ。

 対向車が来ないうちに曲がってしまえとスピードを上げたのだろうか、結構な勢いで突っ込んできたそうだ。

 運転手は母の自転車に気づいてブレーキをかけたが、車と母との距離は十センチもなかったとか。

 母が歩行者側に寄っていなければ間違いなくはねられていたところだった。

 運転手は高齢男性だった。へらへらと笑いながら頭をぺこぺこと下げて走り去っていった。

 母は、後になってから、そのまま行かせるんじゃなかったと憤慨していたが、その話を聞いた時は事故にならなくてよかったと思った。


「わぁ、おばあちゃん、危なかったね!」

 娘は心底ほっとしていた。

「うん、話を聞いた時はわたしも力抜けちゃったよ」

「でもそんな第六感があるならおばあちゃんこれからも大丈夫だね」

「それがねぇ」

 わたしは肩をすくめた。

「それから全然第六感が働かなくなっちゃったんだって」

 えーっ、と娘が残念そうな声を上げた。

「考え方をかえたら、おばあちゃんの最大の危機を察するためにその力があったのかもしれないよ。それがなくなったということは、もうそんなことにならないってことじゃないかな」

 わたしが笑って言うと、娘も「なるほど、そうだねきっと」と嬉しそうに笑った。

 本当のことは本人にも判らない。

 母は「最近ボケてきたからねぇ。勘も鈍ったんじゃない?」などと言っているが、必要なくなったからだという説を信じたいと思うのである。



(了)

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