死なないゾンビ
マイナキアの門番達が沼地からパルカスを救出してからおよそ一時間ほど経った頃、ようやく妹のルノアリアが現場へと到着した。すでに日は沈みかけていて、空には早くも星の輝きが見える。
「申し訳ありません、兄がご迷惑を……」
「いやいや、お気になさらず。でもまさか、誰かがゾンビに襲われているとの通報で駆け付けてみたら、ダンフェさんがいらっしゃるとは。よほど手強いゾンビだったのでしょうね」
ダンフェ兄妹が街を訪れて以来、周辺のゾンビ被害はめっきり少なくなっている。
塀や壁に囲われた街の中に住む人々には二人の功績はあまり伝わっていないが、門番や警備隊員達はその活躍を間近で見ていた。
新たなゾンビが目撃されただけでも珍しいくらいだったが、まさかその被害者がパルカスだとは。
「いえ、すべては兄の未熟さによる失態です。私も連絡を受けていたのにも関わらず、気付くのがこんなにも遅くなってしまって……なんとお詫びしたら。皆様のお仕事にも支障が出るでしょうに」
「支障なんて。門番とはいっても、やってるのは実質ゾンビの見張りですからね。お二人ご兄妹のおかげで仕事はだいぶ楽になってますから。そのお返しができて何よりですよ」
にこやかに笑う門番に向けて頭を下げる妹に、パルカスは座ったままで険しい視線を寄越す。
「遅かったな、ルノアリア」
「ごめんなさい。メンテナンス中は通信機を手元に置いていなかったから」
「職務の怠慢だぞ、次から気を付けろ。場合によっては危ないところだった」
「ええ、今度からはこまめに確認をします。兄さんが無事で良かった」
淡々と、けれど言葉の端に安堵を滲ませてルノアリアは答える。パルカスもそれ以上は叱責をすることはなかった。
ルノアリアはぐるりと辺りを見回す。兄が動けなくなっていたという沼のほとりと、程近い道端に顔を失ったゾンビが倒れていた。ゾンビの頭部の損傷は状態から見て、兄の手によるものだろう。
「ねえ兄さん。さっき危なかったと言ったけれど、いったい何があったの?」
確かにパルカスの言うように、ルノアリア自身の怠慢により到着が遅れたのは事実だ。
しかしそれはそれとして、パルカスは本来単独での戦闘能力においては組織の上から数えた方が早い実力がある。その彼がゾンビに手を焼いたというのだろうか。
「兄さんがただのゾンビにやられたとは思えないのだけど、本当なの?」
例えば相手が戦い慣れていない魔物や魔獣ならば分からなくもない。だが、ゾンビに対しては専門家なのだ。命こそ奪われてはいないが、苦戦するほどの相手とは到底思えなかった。
ルノアリアの問いにパルカスはじっと考え込む。
「分からん」
「分からない?」
「ああ。ともかくゾンビにやられた。そこに転がっている奴らだ」
「えっ?」
そこ、と指されたゾンビを見たルノアリアは首を傾げる。いつもどおりの、兄によって駆除された後の亡骸だ。特に苦労して倒したようには見えないが。
「これ? もう駆除が済んでいるみたいだけれど。そんなにしぶとかったのかしら」
「にわかには信じられないだろうが、そいつらはその状態から動き出したんだ。もう頭がないのに、俺を認識して襲ってきた」
まさか、とルノアリアは目を丸くした。兄妹なのだからパルカスのことは無論よく知っている。いつも馬鹿がつくほど生真面目で、決して冗談を言うタイプではない。
「本当に?」
「俺は嘘はつかない」
「ええ……そうね、ごめんなさい。でも正直なところ、簡単には信じられないわ」
「まあ、そうだろうな。俺も逆の立場ならなかなか信じることは難しいだろう」
パルカスは話しながらも、妹がすぐに信じてくれるとは初めから思っていなかった。パルカス自身も未だに信じられないくらいなのだから当然である。
「念の為に聞くけれど、見間違いではないんですよね」
「ああ、この目で見た。確かに頭を潰したのに、そいつらは起き上がって俺に飛びかかってきたんだ。それを振り切って、逃げた奴を追おうとしたらこの様だ」
「逃げたゾンビというのは、今はどこに?」
「沼に沈んだよ。底をさらえば頭のない奴が見つかるだろう。だが、今更意味はないだろうな」
パルカスは沼の端で足を取られて進むのを止めたが、逃げたゾンビはそのまま沼の中心部までずぶずぶと沈みながら進んで行ってしまった。沈み始めてすぐは前進しようともがいていたが、そのうち突然動きを止めた。
沼へと入らなかったゾンビも程なくして動かなくなったので、きっと沈んだゾンビも引き上げたところでもはや動くまい。
ルノアリアは兄の話を聞き、深く頷く。もし彼が見たとおりのゾンビが存在するのであれば、何か調査に役立つ情報が得られるかもしれない。
「その奇妙な、不死のゾンビ……というのも妙ですが。そのゾンビを探してみる価値はあるでしょうね」
「ああ。近隣の地域で同様のゾンビを見かけた者がいないか確認しよう。各地のZCA局員にも、念のため情報共有しておいた方がいいかもしれない」
「賛成です」
決定に異論はない。すぐにでも本部に連絡を入れ、各局員への伝達を依頼すべきだ。組織の支部はそう多くはないが、ある程度の人員を大都市に割けば人海戦術にも意味はある。
思い立ったらすぐに行動、とパルカスはふらつきつつもゆっくりと立ち上がった。兄に肩を貸しながら、ルノアリアは顔をしかめる。
「でも、調査の前にまずはお風呂に入ってくださいね」
追放勇者と転生令嬢 〜テンプレ男とテンプレ少女withゾンビの征くゲーム世界攻略プレイ記録〜 無印九 @entry_number_Q
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