あの日のツケを今払う

 銃声が鳴る。一回、二回。十数回、いや数十回。

 パルカスは淡々と、足元に横たわる奇妙なゾンビの頭を目掛けて引鉄を引き続けた。指の動きに合わせ、音は途切れることなく辺りに響き渡る。


 ゾンビを駆除する定番のやり方といったら、まずは焼却。あるいは頭部を胴体と切り離したりするのもいい。

 だがそれよりも環境に優しく、かつ手っ取り早い方法がある——それは、脳を破壊することだ。


 パルカスが手を止めた時、ゾンビの首から上はもはや原型を留めていなかった。


 顔を上げて周囲を見回す。ざっと確認した限り、人影は目につかない。

「……誰もいないようだな」


 もしもこのゾンビをここに留め置いた者が近くにいるとすれば、パルカスの行動に何らかの反応を示す可能性が高い。

 動きを封じたものの倒せずに身を隠したななら出てくるはずだし、逆にあえてとどめを刺さずにおいたのであれば、パルカスの方を攻撃してきてもおかしくはない。


 どちらでもないということは、つまり元々近くにいなかったのか、あるいは。

「逃げたか……」


 そう口にしてはみるがやはり疑問は残る。仮に逃げたのだとして、結局その理由は不明だ。


 残されたゾンビに何か秘密でもあるのだろうか。

 パルカスはしゃがみ込み、倒れ伏したゾンビの周囲を探る。特段変わった物はなさそうに思えたが、ゾンビの足元に手を触れた時に妙な感覚があった。


「何だ……?」


 ゾンビの脚に視えない『何か』が絡みついている。一見すると何もないのだが、触れると確かに『何か』があるのだ。まるでそこだけ空気が重く、形となって纏わりついているような。

 パルカスはその『何か』を握りしめた。


   ◎


「うわっ!?」

 急にシズが声を上げ、アレクは慌ててそれを嗜めた。

「聞こえたらどうすんだよっ」

「す、すみません」

 謝りつつ、シズは自身の手に視線を落とす。冷や汗をかいているのが分かった。


「どうかしたのか?」

「糸の存在に、気付かれたかもしれません……」

「なっ!?」

 シズの言葉にアレクはそっとパルカスを確認する。まだ視認してはいないようだが、相手もこちらの方を向いている。

 それだけではない。視えぬ糸を辿り、少しずつ二人の方へ近付いて来ている。


「まずいまずいまずい! どうする!?」

 アレクは頭が真っ白になった。

 逃げるか? いや、無理だ。相手と自分達とでは運動能力と経験値に差がありすぎる。

 魔法によりある程度の身体強化は可能だが、この距離と状況では姿を見せずに街まで行くのは難しい。顔を見られるとこの先の旅で支障が出てしまうのは避けられないだろう。


 どうにかこのまま逃げ切ることはできないのか。


「あーもう! 本当にごめんなさい!」


 動いたのはシズだった。

 倒れたゾンビに結ばれている糸を引いて操り、パルカスを背後から掴んで引き留める。


「馬鹿な……っ!?」

 大声でパルカスが叫ぶのが聞こえた。驚くのも無理もない。頭部の消失したゾンビは通常動かないのだから。

 パルカスはゾンビに当て身を喰らわそうともがくが無駄だった。ゾンビには痛覚はなく、油断することも力を緩めることもない。


「今のうちに走り抜けましょう!」


 シズは指を小刻みに動かし、その他のゾンビにも指示を出す。パルカスの背後以外にも左右、そして前方をゾンビで固めた。

 これで相手の身動きは取れない。


「噛まれたらすみません!」

 一応謝りながらも振り返ることなく、二人は道を挟んでパルカスの横を駆け抜けた。

 後方から破裂音が聞こえる。先程まで聞こえていた銃声とはやや違う。別の武器を隠していたのかもしれないが、確認する為に足を止めるわけにはいかない。


 シズは指先の感覚でまだ動けるゾンビを確かめると、わざと音を立てながら林の奥へと向かわせた。

「待て! 止ま——」

 反射的にそれを追ったパルカスの声が途中で掻き消える。おそらく、沼だか池だかに足を取られたのだろう。

 それからややして、また連続した銃声が響き始めた。


   ◎


 聞こえる音が遠くなってからしばらくして、ようやくシズとアレクは足を休めた。すぐ目の前にはマイナキアの門が見える。

 上がった息を整えるため、一呼吸。二人がまともに会話できるようになるまでは少しかかった。まだ鼓動は早いが、ひとまず窮地を脱したことで安堵する。

 ただ、シズの胸の内はすっきりとはしなかった。


「罪悪感でいっぱいなんですけど、死なないですよねあの人……」

「早くに見つかったら大丈夫だろうとは思う。念の為、門番に通報しとくか」

 そう告げるとアレクは門の方へと歩み寄り、門番の前で露骨によろけてみせる。


「どうしました!? 大丈夫ですか、お嬢さん!」

「はい、私は大丈夫ですぅ。でも向こうで誰かがゾンビに襲われていたみたいで、怖くてここまで逃げて来たんですぅ」

「な、何だって!?」

「なんかこう、壊れた柵がいっぱいあった辺りですぅ。心配なので、早く行ってあげてください」

「わ、分かった! 急いで応援を呼ぶ!」

「ほっとしましたぁ。それじゃ、私はこれで……」


 通信機で連絡を取る門番からそそくさと離れ、アレクはシズにだけ見えるように親指を立てる。道にゾンビも倒れているし、あれだけ銃を乱射していたのだからある程度まで近付けばそのうち見つかるだろう。

 シズはパルカスが水死体ゾンビの仲間入りをする前に発見されることを心から祈りながら、マイナキアの門をくぐった。

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