休日は休めばいいのに
街の喧騒の中、パルカス・ダンフェは暇を持て余していた。もちろん積極的な予定がないだけで、任務を疎かにしているわけではない。とはいえ、妹を待つ今の間にすることがないのは事実だった。
世界中に蔓延るうごめく死体。それを統率するゾンビの女王こそ、魔王の妃である悪魔ディアニータである——要約するとそういった内容の文献が見つかって以来、各国では女王を探し出して殺す為に戦闘員が集められた。
その中でも精鋭と呼べるメンバーによって構成された国際的な戦闘組織が存在する。それが彼や妹の所属する『対ゾンビ特別対策局』、通称『ZCA』である。
伝承によると、ディアニータはかつての勇者と魔王の戦いの後も、魂となってこの世界を彷徨っているという。
それがどういう状況であるのか正確には分からない。ゆえにZCAは各国を渡り歩きながらゾンビ多発区域における駆除を行い、奴らの女王についての調査をしているのだ。
パルカスは妹を相棒としてZCAに身を置いて数年。組織内ではそれなりに名が通っている実力者の一人だった。
先日も、今滞在しているマイナキアからほど近いカルインという地域のゾンビ駆除を終えたところである。
それからひと月と少し。
何より仕事を優先するパルカスとしては、本部より要請があることも含めてすぐ次の地区へと移動をしたいところだった。
だが妹が武器のメンテナンスをしたいと主張したのでその間時間を潰すことになり、現在の状況へと至る。
さて、何をしようか。
彼は妹とは違い武器に特別な調整を必要としていない。それでも点検すべき、と妹は言うが、パルカス自身はその手間があれば新しい武器を買う性格だった。
使い慣れた武器の有無は戦場での生死を分けるだとかなんとか同僚達も口にするのだが、そのあたりがよく分からない。初めて手にする銃でもなんでも、弾が撃てればそれでいい。天賦の才、と言えばいいのだろうか。実際に彼は初見の武器を扱うのに困ったことがなかった。
必要があれば求め、不要になれば棄てる。他のことは考えなくても良い。任務は素早く、徹底的に遂行しなければならないのだから。
そんな性分なので手持ち無沙汰というのが落ち着かず、結局パルカスは何をするでもなく街の外周を見回っていた。
ゾンビが出てくれば仕留める気ではいるが、カルインからここへ至るまでの道中で出会った奴らは狩り尽くしている。側から見ればただの散歩に見えるだろう。そのくらい平和だった。
だが——日も暮れかけてそろそろ帰ろうと思った時、彼は奇妙なゾンビを目にした。
「何だ、こいつらは……」
道の端、生い茂る草に隠れるようにして数体のゾンビが伏せている。どの個体もおとなしく、パルカスという獲物が近付いてきても身動き一つしない。
それだけでも充分に奇妙だが、そのうちの一体を駆除しようとパルカスが額を撃ち抜くとその異常性がより増した。
「どうして動かない……?」
撃たれたゾンビは無反応だった。元々死体なのだから絶命というのも変だが、脳の損傷により事切れたのだろう。それはいい。
問題はそれ以外のゾンビ達だ。顔をパルカスの方へ向け呻いているものの、身体は地に伏せたまま身じろぎしない。
魔法で行動を縛られているのだろうか。そう考えてすぐに否定する。
もしもそうだとしたら、ここにこうして放置する理由が分からない。少なくともパルカスならすぐにとどめを刺すだろう。
例えば生前に親しい間柄であったとか、何らかの事情で生かしたままにしたいのか。それならば分からなくもない。しかし、そうであったとしたら隠し方が半端な気もする。もっと目立たぬようにすることもできるだろうに。
そして何より、そんな理屈を超えた違和感のようなものをパルカスは感じ取っていた。これは普通じゃない。そんな謎の確信があった。
詳細を確認しなければ。
さしあたって通信機を取り出して妹に連絡を取ろうと試みる。結果は不通。とりあえず現在地と状況を吹き込んでおいたので、確認し次第、応援に来るだろう。
独りで先走ったことに関しては叱責を食らうだろうが、パルカスはすぐにでも調査に入りたかった。待てない性格なのだ。
仮にこの状況を作り出した何者かが近くに留まっていたとしたら、先程の銃声に気付き逃げ出しているだろう。
それともまだ近くに潜み、息を殺しているのだろうか。
——まあ、どちらでもいい。見つけたら問い詰める。見つからなければ探し出してから問いただす。それだけだ。
引鉄に指を掛けて力を込める。ゾンビ共に向け、何度も何度も。徹底的に念入りに。
◎
響く銃声に、シズとアレクはただただ身を縮めて静寂を待っていた。今出ていく気にはなれない。
もちろん、さすがに初対面でアレクの中身がすぐに身バレすることはないだろう。しかし万が一見つかるような事態になれば、即刻射殺コースでもおかしくない。
また、シズの方はある意味でアレク以上に問題だ。ゾンビを操るところを見られたらまずおしまい。額に穴が空くことになる。
「俺達って不運な体質なんでしょうか……」
「相手に気付かれる前に身を隠せただけで幸運だと思うぞ、僕は。トラブルがあったほどポジティブに考えないと身が保たない」
「そういう考え方ができるところ尊敬しますよ……」
ぼそぼそとそんなことを言いつつ、この先の見通しは立っていない。だが、このままずっと隠れているわけにもいかないだろう。
シズはアレクに倣い、現状を嘆くのではなく打開しようと考えることにした。
まず最優先はあの狙撃手から逃れること。可能ならば、相手から気付かれることなく安全圏まで辿り着きたい。
すぐに諦めてくれるのであればここでじっとしていてもいいのだが、聞いた情報で彼は基本的に妹と行動しているらしい。増援を呼ばれて追手が増えるのは厄介だ。
せっかく準備したジゼリアへの罠を棄てるのはちょっと惜しいが、保身の方がやはり大切。このまま気付かれる前に、この場から退避したいところだ。
では、どう逃げるか。
相手とは距離があるが安心とは言えない。向こうの
道に出るのは論外。ならば取れる退路は、このまま道の脇の林に身を隠しながら市街地へと向かうこと。単純だが、それが最善策だ。
ただし、もちろん問題もある。
林といっても樹々は疎らで、立って歩けばすぐに見つかってしまうに違いない。かといって伏せたまま這い進むには遠すぎる。
さらに、距離を考えるに引き返すよりはマイナキアに紛れ込む方が確実なのだが、その場合は相手のいる方へと向かうことになる。
「……仕方ない」
シズは糸を絡めた手を握りしめた。
相手は悪人ではない。こちらもまだ直接攻撃されたわけではないのだから、できれば平和的に解決したい。
だがもし危険が迫ったら。
その時には自分と、そしてアレクとを守る為にある程度の武力行使はやむを得ない。その覚悟をしなくてはならない。
「俺がゾンビを動かして彼を引き付けます。その隙にマイナキアを目指しましょう」
シズがそっと耳打ちすると、アレクは小さく頷いた。アレク自身も概ね同じようなことを考えており、シズの案に対して特に異論はない。
「不安なのは、ちょうどパルカスの背後に差し掛かる時だな。どうしたって気配を消すのは難しい」
シズもアレクも
「それには考えがあります」
「聞かせてくれ」
「相手は
「あー……」
シズの提案に対してアレクは明らかに乗り気ではなかった。言葉を濁して考え込んでいる。
ゾンビを直接ぶつける試みは、エリンとローグンを相手に確認済みである。彼らに対してはあまり罪悪感がなかったが、パルカスにはさすがに気が引けるのも分かる。
「やっぱりゾンビを接触させるのは危険すぎますかね? まあ、噛まれたらまずいですし」
「いや、それはあんまり心配してない。パルカスの所属してる組織は対ゾンビの専門だし、噛まれても応急処置できる治療薬の類は持ってるだろうから」
「あ、そう」
ならどうして賛成しないのだろうか。
シズは怪訝に思いアレクを見ると、気まずそうにさっと視線を外した。乾いた笑いすら立てている。
この反応は。
「……何か、知っていて黙っていることがあるでしょう」
「う」
「怒りませんから言いなさい」
「……うぅ」
アレクは観念したようにシズの方を向き、暗い顔で引き攣った微笑みを浮かべた。
「あいつ、弾切れしない……かも」
「え?」
アレクは後悔していた。
あの日の自分に言いたい。楽をしようとするな、と。効率を上げるのはいいんだ、楽をするのは良くない。後々に自分の首を絞めるぞ。
「パルカスが主人公のゲーム、『バレットヘイル』は元々従兄弟から貰ったもんでさ。当時の僕には難しかったんだ。だから選んじゃったんだよ、イージーモード……」
「イージーモード?」
「うん」
にこ、とアレクは笑った。
「ノーマルモードとシナリオは同じなんだけど、プレイ難易度が下がってるんだ。具体的には入手した銃の弾丸が無限になっている、という……」
シズも笑うしかなかった。
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