吉凶バランス良く
ジゼリア率いる騎士団と別れた後、アレクとシズは街の宿屋でその動向を探った。
あれだけの大所帯なのだ。こちらの欲しい情報は簡単に手に入る。噂好きな受付嬢の情報網を舐めてはいけない。
「しっかし、困ったな〜」
困っているにしては軽い調子で、アレクは部屋に置かれた女性向け装備雑誌をパラパラとめくっている。たまに手を止めてはブランド名を確認しているので、わりと真剣に購入を検討しているのかもしれない。
「いや、困った困った」
「困っても、行くしかないんでしょう」
「まぁ、うん。そうなんだけどさ」
「出会わないことを祈っておきます。ダンフェ兄妹とやらに」
どうやら。聞いたところによれば、ジゼリア達もまたマイナキアを目指しているらしい。
わざわざ避けた街なのに結局向かわねばならないのか……とアレクのテンションは急降下し、現在多少回復したところである。
無論のことダンフェ兄妹とは会いたくない。会うとまずい。けれど、ここでジゼリアを逃すのももったいない。
リスクとリターンを秤にかけて、アレクは断腸の思いでマイナキアへのルートへと戻ることを決めた。
「あ、これいい。新規ブランドか? マイナキアに支店あるっぽいし買お」
「……ほんとはそんなに困ってないですよね、あなた」
「そんなことないですー。見つかったら死ぬかもしれないから困ってますー。けど足掻いてもしょうがないので、今を楽しんでるだけですー」
「それならいいですけど」
シズはまだ雑誌を手離す気のなさそうなアレクを横目に、売店で買った安酒を片手に独りベランダに出る。
髪を撫でる気持ちの良い夜風に身を任せ、ぼんやりと月を眺めながら瓶の栓を抜く。
一緒に旅をしてきた中で思うに、冷静というかポジティブというか、アレクの切り替えの早い性格には少し憧れる。お陰で自分も、あまり考え込まずにいられるような気がするから。
彼女の言うとおり、あれやこれやと計画したところで、結局のところは臨機応変な行動が必要になるのかもしれない。
まあ、そのくせすぐにプランだとか作戦だとか言って無茶振りしてくるのがアレクだが。
これまでの事を振り返ると、まだ出会って間がないのが嘘のようだ。
気付けば酒もほぼなくなった頃。アレクのあくびの音が聞こえた。ヒロインを自称するには賑やかだ。
シズは苦笑しつつ部屋へと戻り、明日に備えることにした。
◎
コレンズ経由でマイナキアへと向かう街道はそれなりに整備されており、車両でも悠々と進める道幅だ。
レストランの駐車場に車やバイクが停まっていたことを考えるに、ジゼリア達はそれらに乗って旅をしているのだろう。ならば、この道を通るに違いない。
彼女らはすぐにコレンズを出る様子はなさそうとの噂だったが、それでも近日中には出立するはずだ。
アレクとシズは先回りをするため、鉄道を利用してマイナキア方面へと向かうことにした。徒歩で向かうより遥かに楽、そして速い。しばらく山道を歩く旅を続けていた二人はそのありがたさを噛み締める。
ただし、乗るのは途中まで。
ある程度まで街が近付いた距離で二人は下車した。
車を使っているジゼリア達にはそのうち追いつかれるに違いない。
現在地点から街に至るまでに良い感じのセッティングをしなければならない、というのが今回のプランにおける次のステップである。言うまでもなく立案者はアレク。
「良い感じって言われても、何をもって良いとするんですか」
「まずは墓地を探そう。ゾンビの確保は大切だからな。僕らの生命線」
ゾンビが重要なライフライン。最初のうちこそ何とも言えない気持ちになっていたシズだったが、最近はだいぶ慣れてきた。
ジゼリア勧誘計画は至ってシンプル。
まずはゾンビを見つけて操り、騎士団にけしかける。噛みつかないくらいのうまい距離を取りつつも、魔術師っぽい奴などなど弱そうな相手を狙う。
そして。
皆が窮地に陥ったところで颯爽と現れるのだ。鮮やかに助太刀。なすすべなく倒れていくゾンビ達。すごい!
——とまあ、そんな感じだ。
「要は自作自演ですよね。俺達が仕組んだってバレるとまずいと思いますけど」
「そりゃバレたらまずいだろ。だからバレないようにセッティングをしてるんだ。くれぐれも相手に怪我だけはさせないようにな」
「はぁ」
それでいいのだろうか。
……などとは思いつつも、ゾンビをしっかりと制御さえしていればひとまず危険は少ないだろう。たぶん。
良心は痛むが背に腹はかえられない。大事の前の小事、世界滅亡よりも優先されることはない。
シズはそう自分に言い聞かせた。
「さて、と」
眼帯をずらして薄目を開ける。辺り一面の空気は澄んでいて、白い靄はほとんど視えない。
残念ながら、外れ。
「他をあたりましょう」
そうして街道を進む。
大通りには人影がちらほら。これから行う作業を通行人に見られるのはよろしくない。
足を早めたり、止めたり。すれ違う人々を撒いて、時折少々道を逸れて。
きっと探せばゾンビなど幾らでも湧いて出るだろう。近くに荒れた森もあるし、この辺りには廃墟も多いと地図で見た。
これは楽勝。ゾンビの取り放題。
——などとシズは楽観していたが、しかし事はそうそう上手くいくばかりではなく。
街を出たのが昨日の朝。一夜明けて日が昇り、そしてすでに傾きかけたところ。
そこまできて、ようやくどうにかシズは当たりを引いた。
ふと見ればマイナキアまではもう目前。予定よりかなり遅い進捗なのは気がかりである。
なんとか騎士団には追い付かれていないとはいえ、いつ出くわしてもおかしくはない。誰かが通りかかってしまうのも心配だ。
急がなければ。
「向こうの林に反応があります」
林の奥の方が白く霞んでいるのが視え、シズは手を伸ばした。指先に引き寄せられるようにして靄はシズの元へと集まり、差し出した腕へと絡みつく。
糸へと転じたそれを、また林の方へ。
「手応えあり」
すぐに白から青に転じた糸を、くいと持ち上げる。
糸の先は見えない。しかし、指先に繋がる糸を数えると少なくとも十体程度はいそうだ。
「ゾンビか? それとも普通の死体?」
「糸の揺れの感じからゾンビです」
普通という表現はどうなのか、などと思う気持ちはゾンビに出会えた喜びで掻き消されている。
ゾンビがいるらしき方向には草が生い茂り、比較的最近になって破壊されたと思しき柵の残骸が多数見えた。何の為の柵かは不明だが、無闇に立ち入るのは得策ではないだろう。
シズはあまり奥へと進まず、街道からほど近いところで糸を手繰り寄せることにする。
「うーん……気のせいかもしれませんが、何だかおかしいような。この糸、このまま引っ張ってもいいんでしょうか」
「おかしいって?」
「重いんですよね、いつもの感じよりも」
糸の先に結ばれたゾンビはシズの意のままに操ることが可能。本来なら、糸を軽く引くだけで向こうから歩いてきてくれる。たいした力は要らない。
さらに糸を強く引けば一気に距離を詰めることもでき、その際にかかる負荷は同じ重さの他の物品等を引っ張るのと比べてはるかに軽い……はずなのだが。
今日は様子が違った。
シズは適当な糸を数本選ぶと、力を込めて強めにぐいと引く。
やはりいつもと違う感触だ。嫌な予感がしつつも、そのまま力任せに一気に引きずり出す。
——べしゃり、と音がした。
「ぅわ……ぁ」
見るんじゃなかった。
「えっごめんそれちょっと無理かも僕!」
「俺も、結構その、駄目かもしれません……」
糸に絡め取られていたのは案の定ゾンビだ。それも——水をたっぷりと含み、ぶよぶよとした崩れかけの水死体。
何とは言わないが、色々足りない部分があったり、色々こぼれ出たりしている。
「ごめん無理やっぱ無理!」
「ど、どうしたらいいんですかこれ」
「リリース! リリースしてほしい頼む!」
シズはなるべく直視しないようにと目線を逸らしつつ、ずぶ濡れのゾンビのほとんどを元いた方向へと送り帰した。いつも以上にゆっくりとした足取りで、湿った足跡を残しながら茂みの奥へと消えてゆくゾンビ達。
手元に残したのは、わりと原型を留めている二体のみである。
「ありがとう……これ絶対夢に出そう……」
止めていた息を深く吸い込み、青ざめた顔でアレクがあらぬ方向を見ている。シズも同じ気持ちだ。
「池とか沼とか、そういう何かがこの先にあるんでしょうかね……」
「見に行く気もおきない……そっとしとこう」
ゾンビから顔を背けたままで、もう一度深呼吸。気持ちを落ち着けて、残したゾンビ達を改めて確認する。
「うーむ……」
見れば見るほど結構グロい。だがしかし、先刻の崩れかけの一群よりは遥かにマシである。そう考えることにする。マインドが大事。
「こいつらをとりあえず隠して、と」
シズはアレクの指示のもと、糸を結んだままのゾンビらを背の高い草の中へと伏せさせた。そのまま糸の端を握りしめ、来た道をある程度戻る。
ゾンビの潜む位置は、マイナキアへの距離を示す路傍の看板から数メートル。目印から距離感を把握すると、二人は街道を横切るように糸を渡し、自身も身を隠した。
あとはジゼリア一行がやって来たら糸を強く引くだけで、斜め前方からゾンビが突然飛び出してくるというわけだ。
「数が確保できなかったのはちょっとインパクトに欠けますかねー」
「それは否めない。だからなるべくこう、ゾンビがぴゅんと宙を舞う感じで降ってくるように頼むわ」
基本的にゾンビは歩くものだ。
稀に死んで間がなかったり、魔力の強いエリア付近にいたりすると走ることもあるらしいが、空を飛ぶことはない。
数の面では計画どおりとはいかないが、登場の派手さでその点はカバーすることはできるだろう。
この作戦が成功するかどうか。
最後の鍵となるのは、いかに騎士団の面々が不測の事態に対して戸惑ってくれるかどうかだ。
こちらにいるゾンビの数が少ない以上、もし瞬時に対応されれば終わりである。
「と、いうわけで。狙うのは僕が名前を覚えてないレベルのモブ団員な。具体的にはジゼリアとリオン以外」
「リオンというのは?」
「駐車場でジゼリアの隣にいた長身の男、覚えてるか」
「あー、何となく?」
言われたら確かに、ジゼリアの隣にでかいのがいたような。
顔は、と問われたら全く分からないけれども。皆揃いの鎧なんてものを着ているのだからそこは仕方がない。
「その彼、強いんですか」
「おそらく、ジゼリアの次にな。ゲーム内では王国滅亡前の騎士団でそこそこでかい隊を率いてた奴だし。今は現ジゼリアの右腕で——……」
その先は聞き取れなかった。
代わりに響いたのは、銃声。
「なっ——」
音のした方向に振り向く。
ちょうどさっきゾンビを隠した辺りだ。
目線の先に、人影が一つ。
おそらく男だろうということは判別できるが、この位置からではその詳細な風貌は分からない。
だが、アレクは瞬時に理解した。
「おい、隠れろシズ!」
「は、はい!?」
疑問は残れど、シズは言葉に従っていっそう深くその身を伏せる。
アレクの横顔は、明らかに引き攣っていた。
「くそ、何てこった! こんな時に!」
まだこちらの存在は見つかってはいない。しかしながら、なんと最悪のタイミングだ。
アレクは己の不運を呪った。ジゼリアとの出会いに、ここしばらくの幸運を使い果たしたのかもしれない。
焦りを隠さないアレクの様子に、シズも先程の狙撃手の予想がついた。
「まさかとは思いつつ、正直わりと確信があるんですけど……さっきちらっと見えた彼って、もしかして」
シズの問いに、アレクは乾いた舌でなんとか一言だけ呟く。
「パルカス・ダンフェ——」
アレクの中に眠るゾンビ達の『女王』を駆除する為に戦う、今最も会いたくない相手の名前がそれだった。
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