運命の出会い演出家
ジゼリアはテーブルに積まれた皿の塔のその上に、更にもう一枚を重ねた。彼女が塔を崩しそうになると、そっと隣の席に座る男がその乱れを直す。また積み、また直す。しばらくその作業が繰り返され、塔は次第に高くなっていった。
「あの、ジゼリア様。そろそろお食事の時間を終えてもよろしいのでは……?」
「おや、そんなに長居したかな」
自覚なく発せられた台詞に、厨房でそれを聞く料理人達は無言で大きく頷く。ありがたいのはありがたい。とはいえ、そろそろ休ませてくれ。
まるで
彼女に仕える騎士達も皆礼儀正しく、卓上は綺麗に整えられている。空いた皿は人数から考えると尋常ではないが。
「最高の食事を振る舞ってくれたこの店の従業員に、感謝と天の祝福を」
ふわり、と。
ジゼリアの唇がそう告げるのに合わせ、周りの空間に光が舞う。
初めてみるその情景に、間近にいたウェイトレスをはじめスタッフ一同疲れを忘れて光の粒子を眺めていた。
——いや、違う。疲れを忘れたのではない。光に包まれた身体から、さっきまであった疲れが消えていく。
「あの、この光は……?」
誰かの問いかけに、立ち上がった彼女は目を細めてにこやかに微笑む。
「私からの感謝の印。天使のもたらす祝福だよ」
ジゼリアは挨拶でもするかのごとく軽く手を振り、隣に控えていた男に支払いを命じて歩き出す。皿の高さからもそれなりの量を平らげているのは明らかだが、その足取りは軽やかだ。
いったい食物はどこに消えたのだろうか。うらやましい、と叫びたいのを抑えてウェイトレスは退店する彼女を見送る。
夕日が結わえた長い銀髪に反射し、きらきらと輝いていた。
◎
颯爽と店を出て駐車場へと向かうジゼリアの、一歩後ろを騎士達はついて歩く。本来ならば彼女の前後左右を固めて護衛すべきなのだが、ジゼリア自身がそれを不要と命じていた。
その理由は二つ。
一つ目は、心揺らがぬ己の姿を世間に知らしめる為である。
我が心は折れていない。我が国は滅びない。我々は決して悪魔共には屈しない。
その覚悟を人々に、そしてどこかで彼女を見ているかもしれない憎き敵に見せつける為だ。
そして二つ目、こちらはいたって単純。彼女がこの騎士団において、誰よりも強いからである。
厳密にはジゼリアのその強さは身体的な、いわゆる筋力や屈強さによるものではない。いざ戦闘が物理的な殴り合いや斬り合いなどに発展すれば、やはり鍛え上げられた精鋭達には劣るだろう。
けれども危険を察知した際に重要となる敏捷性に関しては、鎧を纏う他の者達より分がある。
そういうわけだから。
ジゼリアは躱すことができた——パンを咥えて全力で自身に向かって駆けて来た少女を。
「ひっへはーい! ひほふ、ひほふ!」
少女は何やらよく分からない言葉を叫んでいる。パンを咥えているのだから聞き取れないのは当たり前だ。
まずい、ぶつかってしまう!
ジゼリアは反射的に身を捻り少女を避けたが、一瞬の判断で右腕を突き出す。
「ふぐぇ……っ」
あくまでジゼリアとしては、少女が鎧を着た部下と正面衝突してしまうのを救ったつもり……だったのだが。
受け止めるつもりで差し出した腕が、その腹部に痛恨の一撃を与えるとは思ってもみなかった。
◎
アレクがジゼリアに突進する様をシズは物陰から遠巻きに眺めていた。
やはり失敗したか。
彼女の案はたまに、いやかなりのところ突拍子もない発想に基づく。一応乗りはしたが、なぜパンを咥えなければならないのか。
「そんなもん決まってるだろ、マウント取る為だ。パンを咥えて曲がり角から突如現れ、ぶつかる。そうすれば誰がどう見てもヒロインらしさで僕の勝利だ」
意味が分からない理論。ドヤ顔でキメるピースサインの自信はどこから?
だが、アレクの話が意味不明なのはいつものことなのでそういうものなのかもしれない、と受け流したのだ。もっとちゃんと話を聞いて、そのうえできちんと止めるべきだったかもしれない。
腹を押さえてうずくまるアレクに駆け寄りながら、シズはそう反省した。
「こめんね、君! 怪我はないか!?」
「ぐっ……」
ジゼリアに支えられ、アレクはよろよろと立ち上がる。細くたおやかな腕から繰り出されたとは思えない一撃だった。クリティカルが入っていたのかもしれない。
ジゼリアのパラメーターが物理攻撃特化でなかったことに心から感謝。
「……大丈夫、です」
涙目になりながらも無理やりに答える。
本当のところは「アンタどこ見てんのよ!」とか。「アンタのせいで遅刻しちゃうじゃない、サイテー!」とか。そういったことを言いつつ突っかかりたかった。
しかしそんな元気は今のアレクにはない。
「怪我はないんだね。それなら良かった」
微笑みかけてくれるジゼリアに、アレクは負けじと笑顔を返す。もちろん、ヒロインとしての矜持の為だ。
「すみません、連れがご迷惑を……!」
近づいて来る足音とシズの声がアレクの耳に届く。
本来の計画ならば、ぶつかって喧嘩になったアレクとジゼリアの仲裁をする手筈だったが、そういう状況ではないと判断したのだろう。
アレクはちょっとだけ惨めな気持ちになった。視線を落とすと、通路の傍に転がったパン。そういえば床に落ちてしまった。
小麦農家やパン職人、レストランの皆さん。食物を無駄にしてしまいたいへん申し訳ありません。こういうのすごく気になる、気にしてしまう。余計に悲しみに拍車がかかる。
ジゼリアは明らかに大丈夫そうには見えない表情の少女と、その連れを名乗る男に頭を下げた。その様子に、控えていた騎士達も同様に倣う。
「え……っと?」
「怪我はない、とのことだけど。故意ではないとはいえ、私が殴ってしまったのは事実だ。体調がすぐれないようであれば、こちらで責任をとらせてほしい」
「はぁ……あの、いやぁ」
「我が騎士団、『銀の残響』には王家に代々仕える優秀な
「あ〜……その、お気になさらず」
真っ直ぐに目を見て心配するジゼリアに、アレクは堪らず顔を背けた。言い掛かりをつけて絡むつもりだった自分の良心が痛む。
ジゼリアはそのアレクの態度を不安や遠慮の現れだと勝手に解釈したようだった。
「あぁ、そうか。見ず知らずの騎士団に声をかけられるなんて戸惑うよね。それならすぐに最寄りの病院へ運ばせるから、好きなだけ治療を受けてほしい。もちろん費用は私が持つ」
「いや、だから! 平気ですから、マジで! ほんと大丈夫なんで!」
律儀というか頑固というか、こうまで言われるとこちらの罪悪感が増すばかり。アレクはやや無理をしつつも、可愛らしく媚びたポーズをとった。
「ほら全然! もう元気、すごく元気」
「……本当に?」
「うんうん!」
顔を上げたジゼリアは、ほっと胸を撫で下ろした。周りの騎士達に加えてシズも安堵の表情を浮かべる。
そんなにつらそうに見えたか、とアレクはばつが悪かった。今度大きな街に寄ったら、もっと防御力の上がる可愛いらしい装備一式を買おう。
「それじゃ、私のことはまったく気にしないで旅を続けてください。お気を付けて!」
ぐい、とシズの手を引くと、アレクは大通りへと駆け出した。
これ以上関わると話がまた長くなる。今はまだ、知り合いと呼べるほどの仲になる段階ではない。
ジゼリアは走り去る二人の背をぼんやりと見つめていた。
なんとなく彼女の友人たちが騒いでいる気配を感じないこともない。けれど、なぜだかそれほど嫌な気はせず、むしろ不思議と懐かしさのようなものが胸を満たす。
妙な少女だったが、またどこかで会えるような。予知の魔術に頼らずとも、そんな予感がした。
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