理想の偶像
味付けもほとんどないシンプルなパンを口に運ぶ。本来なら肉料理等に追加で添える為の代物だが、本日のメインディッシュはこれである。
乾く喉を潤すドリンクはレストランオリジナル。有機フルーツをミックスしたものらしく、こちらの方が倍以上に高価い。
シズとアレクはレストランの駐車場脇のベンチでそんな食事を摂っていた。
駐車場には騎士団の所有物と思われる車やバイクが複数台停められている。どれも皆一様に銀色だから間違いないだろう。そもそも他に客もない。
彼女らが食事を終えたら、必ずここへ立ち寄るはず。アレクはその時を待っていた。
「ジゼリア・ベルタさん、でしたっけ」
シズは店内でアレクが告げた名を繰り返す。
知らない名前のはずだが、どこかで聞いたような気もする。それに、騎士団の旗や車に付けられた紋章にも見覚えがなくもないような。
しかし、どこでそれを見聞きしたのかは思い出せない。
「疎くて申し訳ないんですが、彼女は有名な方なんでしょうか? あなたの中で、というわけではなく世間的な意味で」
考えても答えが出ない時は聞くに限る。
シズの質問に、アレクはジュースのストローから唇を離した。
「ジゼリアは僕基準では超有名人。この世界での知名度も、地域によるとは思うが結構高いとは思うぞ」
「と、言うと?」
含みのある言い方に、どことなく嫌な予感がしつつもシズは聞き返す。
「何年か前……僕がまだ純粋に『クレア』やってた頃だからその時はスルーしてたけど、ニュースになってたはず。知らないか? 悪魔に襲われてジゼリアの故郷滅んでんだよな」
「それ、そんな世間話のノリで言う話じゃなくないです?」
結構な大事件ではないだろうか。
レストランでのアレクの発言から考えると、彼女は王属の騎士団に命令を下せる立場。つまりどこかしらの王家の血を引く人間であると予想がつく。
その故郷が滅んでいる、となると。
「悪魔によって一夜にして滅んだ王国……みたいな話、そういえば昔に聞いたことがあるような」
何年か前、ちらっと話題になっていた気がする。その後悪魔の勢力が拡大して、そんなもの珍しくもなくなったが。
「言われたらベルタ、ってなんかそんな感じだったような……」
「そうそう、それそれ。たぶんその記憶で合ってると思う——」
アレクは言葉を言い切らぬうちに口を閉じ、停められたバイクに施された紋章を見つめる。
かつては単なるゲームの設定としてしか考えていなかった惨劇。けれどもこうしてその歴史を実際に体験する身になると、やはりどうしてもやるせない。
そんなアレクの様子にシズもその感情を察した。言葉こそ軽いが、それは未来の為に冷静でいるだけであって、決して過去を軽んじているわけではない。
普段は止めても喋り続けるアレク。その沈黙に耐えられず、シズは話題を探す。
「そういえば……どんな方なんですかね、彼女。さっきのあなたの口振りからだと、ジゼリアさんのことは元々仲間に誘う気でいたんでしょう?」
以前聞いた話だと、当初のアレクは自己犠牲を覚悟の上で彼女の言う『主人公』とやらを探していたはずだ。
気恥ずかしく自分で口にこそしなかったが、シズとパーティを組んだことで現在のアレクの魔王討伐計画はシズを中心に動いている。
とはいえ、先日ダンフェ兄妹の話題が出た時の反応から考えるに、相手にはよれど仲間を増やすこと自体を否定してはいない。
「ジゼリアさんには協力を求めるつもりなんですか?」
「あ、うん。そうだな。彼女には是非とも仲間になってほしいところだ」
表情の中にいつもの余裕を取り戻したアレクに、シズは少しほっとした。
「仲間が増えるのはありがたいですね、俺達はっきり言って弱小パーティもいいとこですから」
「それな。ジゼリアがもしパーティを組んでくれるならこの先の旅は楽になると思う……が、一方でちょっと悩んでる」
「何を? もしかして見かけによらず、すごく性格がひねくれてるとか」
「いや、そんなことはない」
懐かしき前世、幼き少年時代の記憶。
若干の思い出補正は入っているが、と前置きしつつアレクは語る。
「ジゼリアの性格はむしろ裏表なく単純で、身分問わず誰にでも平等。真面目で公平、やや熱血。さらには正義感が強く、ついでに仲間思いのいい奴だ」
「わぁ……なんか、すごく主人公っぽい」
「だろ? だから困るんだよな」
アレクは大きな瞳をシズの方に向ける。
「いいか。僕の目指す世界にとって、最適解となる主人公はジゼリアじゃない。他の誰でもなく、おまえじゃなくちゃいけないんだ」
ジゼリアを仲間に加えるのはいい。戦力的にも安定するし、彼女がいると起こせるイベントもあるだろう。
だが、問題は彼女の立ち位置をどうコントロールするかにある。
「たとえば、だ。今からレストランに戻って彼女の前に行って事を洗いざらい話して、そして向こうさん方が僕の話を疑いなく受け入れてくれたとする」
「ほう」
「そしてなんやかんやと冒険が進んでいよいよラストダンジョン。魔王復活の前に完全封印ができるとかの奇跡が起きて、世界が平和になったとしよう」
「ふむ」
「この場合、冒険譚の主役は誰だ?」
アレクの言葉にシズは客観的に考える。いや、考えるまでもない。
「主人公はそりゃあジゼリアさんが妥当ですよね。もしくはその、恐縮ですが活躍によっては俺の可能性もなくはない?」
「と、僕は思う」
シズの答えはアレクの想定に適っていたようだ。うんうん、と頷き、そのまま次の問いを投げる。
「じゃあ——ヒロインは誰だ?」
アレクの言葉にシズは意図をなんとなく察したが、訊かれた手前一応考えてみる。
もし主人公たる存在がジゼリアであれば、彼女が主役兼ヒロインとなるだろう。一方もしも、シズが彼女以上の活躍を示して主役の働きを見せたならその時はどうなるか。
「……すごく失礼ながら、現状的にはどう転んでもやっぱりジゼリアさんがヒロインですね」
「だよな? そう、そうなんだよ。まさにそれが問題なんだ」
先のアレクが言ったような経緯でジゼリアが仲間になったとして。アレクやシズの側から見れば彼女を仲間に加えた、となる。
しかし第三者の立場では、亡国の王女が民の知恵と知識を借りて世界を救ったお話、と語り継がれることになるだろう。その方が自然だ。
だが、それではいけない。
「前にも言ったけど僕は可能なら死にたくない。で、僕の魂が死ぬ条件。言い換えれば世界を道連れにして魔王夫妻が復活するきっかけは、僕……というか『クレア』の失恋にある」
「はぁ」
「さっきおまえが想定した状況、側から見てみろよ」
アレクはつまらなそうに唇を突き出し、不満そうな様子を隠さない。
「おまえをジゼリアに紹介することになるのは僕。ジゼリアは重い過去を背負った悲しき王女サマで、おまえは他者に真似できない唯一の
——この構図だけ見て、僕の立場はどうだ? おまえをジゼリアに取られた負けヒロインみたいに見えるじゃないか」
アレクがシズを好いていようがいまいが、そんなことは民衆にとってどうでもいい。登場人物が示されれば、適当にフィルターをかけてその関係性に恋愛感情があったと脚色をされるに決まっている。
それが何故分かるのか。なぜなら、そういうものだからである。前世でアレクはそんな読者心理を嫌というほど知っている。二次創作とかで。
「分かるか? 結果、僕は戦う気すらいないのに負けたことにされてしまう。それじゃまずいんだよ。
僕……いや正確には『クレア』は、この世界で誰にも敗北してはならない。負けヒロインと見なされると、即死亡ルートに直行なんだから」
しかもこの展開はよろしくないことに『クレア』だけの話では収まらず、最終的に世界を滅ぼす方向に進むものである。
せっかく勝ち取った世界平和が次の瞬間にはサヨナラ白紙というのはあまりにむなしい。
それならばいっそ当初の予定どおり、魔王への繋がりができる前に『クレア』及びその魂に巣食う女王の死をもって世界の滅亡を止める。主人公達を揃えてそのような流れを膳立てする方がまだマシな選択だ。
アレクがこの世界を救う『主人公』として誰でもなくシズを選んだ理由、それはアレク自身が『ヒロイン』としてエンディングを迎えられる可能性に賭けたため。
かつて少年が遊んでいた世界。
その当時は、どんな話でも男が主役ならたいていその横に女がいた。その頃は、そういうものだったのだ。
けれど。少年が創造した『シズ』というオリジナルキャラクターには、これといった相手があてがわれることはなかった。
その理由は簡単である。
「諸事情があって。悩むうちに飽きたんだよな〜、ヒロインの詳細設定作るの」
「そんなのってあります!?」
「まあ、妹に絵を描いてもらってたから? 恥ずかったんだよ、こういう女が好きだって直接言うのがさ」
思春期だったし、とアレクは遠くを見つめて呟く。
妹の好きなキャラについては毎日くどいほど聞かされていたが、同じようにこちらも語る、なんて真似はできなかったのだ。
「一応、訳アリっぽい女にモテるみたいなのは考えてて。ほら、その点で僕ちょうど想定ヒロイン枠にいいじゃん」
「いや確かにあなたにはこれ以上ないくらいの訳あり設定が盛り込まれてますけども……」
「だろ? ってことで、僕はおまえの隣を死守したい。今後第二の人生を安穏に暮らすには、なんとしても死守せにゃならんのだよ。あ、個人的に嫁は遠慮したいので相棒って感じで頼むわ」
「……あの。さらっと今、俺のこと振りませんでした?」
シズの心はちょっとばかし傷ついた。アレクはそんなものはお構いなしに今後のプランを練っている。
「まとめると。ジゼリアに対して僕らは優位に立つというか、彼女よりも目立つよう行動する。そしてあくまで彼女を脇役扱いにしたままで勧誘しなくてはならない」
シズは頷く。悲しいことは忘れよう。
「で。僕はとりあえずこの後ジゼリア一行がこの駐車場へやって来たら、今後のフラグってのを立てみようかと思うわけだ」
「フラグ、ですか」
「そう。これから僕は最高の出会いを演出する。こういうのは事前のイメージが大事だからな、いいか……」
アレクは小声で計画を語った。
はっきり言って上手くいくとは思えない。そうシズは感じたが、あえて言わなかった。勝算は少ないが、自分の相棒を自称する少女の策とやらに乗ってやろうじゃないか。
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