無欲ゆえの神引き

 予定を変更して立ち寄ったコレンズという小さな街で、アレクとシズは当面の予定を練り直すことにした。先日滞在した廃墟街、クラックの人々が避難の為に滞留していた地だという。新しい建物が目立つのは、おそらく避難者が生活の拠点をこの街へと移したことの表れだろう。


 アレクは前世の記憶とやらで各地の特定の都市については知識を持っていたが、クラックやコレンズについては初めて聞くようだった。どうやらこの世界のすべてを把握しているわけではないらしい。


 二人はひとまず、クラックの代表に薦められた宿へと向かっていた。


「ところで。マイナキアに行って、乗り物を手に入れて。その後、っていうのはどこに向かう予定だったんです?」

 歩きながらシズは尋ねる。


 乗り物は今後の移動を楽にする為の手段だとかなんとか、そのようなことをアレクは言っていた。当たり前だが、乗り物の入手こそが旅の最終目的ではない。


 得た乗り物を用いて次に訪ねるつもりだった地点。そこを目指すのが良いのではなかろうか。

 これまでの話から察するに。乗り物があると便利だが、かと言ってそれがないとすぐさま旅が頓挫してしまう、というわけではなさそうだ。


 そう考えて問うたシズに対し、アレクはあっさりと答えた。


「いや? 何も」

「あっ……そう、なんですか」

「うん。ノープラン」


 アレクはふと、ジークやシズとの出会いを思い出す。あの時、なんとも奇妙な感覚に陥った。

 うまく言葉にはできないが、まるで運命が動き出したかのような。あるいは、変化をしたような。


 もしかしたら、マイナキアにおいて新たに乗り物獲得イベントを起こせば、連なるように何か次の変化が起きるのではないか。

 アレクはそのように期待していた。


 ——要はフラグが立ちさえすれば自ずとなんとか話が進むだろうから、その場でどうするか考えよう。

 そう思っていたのである。


「なんて行き当たりばったりな……」

「臨機応変と言ってくれよ、そこは。何事も予定どおりにはいかない。柔軟な発想による機転こそが最良の選択肢に辿り着ける近道。だろ?」

「最良ねえ」


 言葉だけ聞くとそれっぽいことを言っているような気もする。


「ちなみにですけど、もしも何も起きなければ? それからどうするつもりだったんですか」

「それもその時になってから改めて考えるつもりだった」


 根拠はないがマイナキアへと着けば何かしらの進展が見込める。そういった妙な自信があっただけに、別の目的地を決め直すのは想定外なのだ。


「うーん、どうしたもんかね」


 目的地が変更になり、さらには代替のプランすらもない。そんな現状である。


 アレクが決めたマイナキアまでの道中は、本来は進むはずのないルート。ここまで来るのにすっ飛ばしてきたシナリオはもちろんあるにはある……のだが、今更イベントが発生するだろう場所へと戻るのは面倒くさい。『できる』と『やりたい』は別物だ。


 あの村はダメだ、あの街はまだ早い。

 そんなことを呟きながらアレクは頭を掻きむしる。髪が乱れるのもお構いなし。

 シズには情報も知識もなく、悩む彼女を何も手伝えない。それがもどかしい。


「あの。悩むようであれば、とりあえず何か食事でもしますか?」


 余裕のないアレクを見かねたのか。それとも自身の居心地が悪かったのか。シズはそっと声をかけた。

 半端な時間ではあるが、それなりに腹は減っている。


「あー……そうだな」


 クラックで食べた料理はシンプルながらにも、やはり携帯用の保存食よりはるかに旨味があるように感じた。暖かいだけでも気分が違ったものだ。

 数日とはいえ、クラックを経ってからコレンズまでの間はまた固いパンと干し肉中心の生活。そろそろちゃんとしたものを食したいと身体が訴えている。


 シズの提案にアレクは頷いた。

 頭が働かないのならば、確かに路上に留まってうだうだと悩むよりは生産性がある。


「近くに喫茶店とかないですかね」

「ま、適当に散策してたら見つかるだろ」


 そこまで込み入った造りの街ではないし、と続けようとしたアレクが周りを見回すと、ちょうど行く先の道端に佇む派手な看板が目に入った。

 皿の上でデフォルメされた野菜や動物が踊っている。いわゆるファミリーレストランのようだ。


「あれでいいか」

「俺は何でもいいですよ」


 看板を指差すアレクにシズは無条件で従う。彼に決定権はほぼない。金を支払うアレクの方が偉いからである。


 店の扉を開けると、客の来店を告げるメロディに合わせてウェイトレスが駆け寄って来た。名札には『研修中』の文字。

 店内に流れているやたらと軽快なオリジナルソングの明るさとは裏腹に、彼女の笑顔にはありありと疲れが見えた。


「いらっしゃいませ、お客様」

「すみません。二名なんですが、席って空いてますか」

「申し訳ございません。ただいま満席でして……」


 アレクが言い終わるのにかぶせるようにして頭を下げるウェイトレス。表情から見ても、なかなかに混んでいるのだろう。


 仕方がない、とアレクはシズの方を見上げた。

「残念だな。どうする、少し待つか?」

「そうですね。別に急いでるわけでもないですし」


 店内奥は賑やかなようだが、入口付近には空席らしきものもある。満席とは言うが、準備ができていないということであれば、多少待つことになってもそう間もなく通されるだろう。


 二人が入口付近の待合席に座ろうと足を向けると、ウェイトレスは困ったような顔をさらに歪めて情けない笑顔を作った。


「あ〜、あの。本当に申し訳ないんですけど、たぶんしばらくの間はお席が空かないかと思いまして……」

「え?」


 そんな事ある?

 壁に掛けられた時計を見ると、時刻は昼過ぎを通り越して夕方に近い。ランチには遅くディナーには早い、通称アイドルタイムと呼ばれる頃のはず。

 入口にも外にも行列などはできておらず、待ち人数が記入された帳簿を見ても先客はなさそうだった。


「この後に予約でも入っているんじゃないですか」

「あー、そういうこともあるか」


 二人がそう話していると、ウェイトレスはなんとも気まずそうにちらと店内を振り返りつつ、こっそりと告げる。


「えぇと、そうではないんですが……ただいま団体のお客様がいらっしゃってまして。皆様かなり食べっぷりがいいと申しますか、厨房が手一杯なんですよ」

「それは、その……なんか。大変ですね」


 正直なウェイトレスにそう言われてしまえば、アレクとしては引き下がるしかない。ゴネたらなんとかなるのかもしれないが、良心とプライド、そして何より過去の経験に基づく同情がそれを許さなかった。


 外からはそれなりに大きな店に見えたが、従業員は少ないのだろうか。

 どこの業界でもシフトが薄いとしんどいよな、新人だとなおさらつらいよな、などと思いながらアレクはつい店内を覗き込む。


 奥に団体客が見える。その集団からよく通る女の声が追加注文を飛ばし、少々やけくそ感のある「かァしこまりッしたァ」、の山びこコールがそれに応えた。

 声だけで完全に察する。明らかにスタッフ側の余裕が足りていない。


 他の店を探す方がいいだろう。飛び交う応酬を聞いたシズはそう提案しようとアレクの方を見やり——開きかけた口を閉じる。


 アレクは、笑っていた。


 喜びと驚き、それらを内包した興奮。そういったものが表情に滲んでいる。

 彼女がこういう顔を見せる時は何かある。短い経験ではあれど、シズはそれを知っている。


 笑みを浮かべたままのアレクはウェイトレスに向き直り、いつもの妙に外面の良い態度で訊ねた。


「あの、ちなみにテイクアウトって出来ます? サンドイッチみたいな軽食とか。難しければドリンクだけでも構いませんので」

「ドリンクだけでしたら大丈夫かと……軽食は厨房に聞いてみないと分かりませんので、少々お待ちください」


 ぱたぱたと駆けて行く新人ウェイトレスの後ろ姿を見送りながら、シズはアレクに確信を持って問う。


「何かあったんですか? というか、あるんですよね?」

「察しがいいじゃないか」

「だって、どうせなら座って食べた方がいいと俺は思いますからね。わざわざテイクアウトだなんて、何か思うところがあるんでしょう?」

「ああ、できればここを離れたくなくてな。疲れてるとこ悪いが、適当に食べられそうなものを買ってしばらく外で張り込もう」

「張り込む、って。何を?」


 訝しげなシズに応え、アレクは店内奥のテーブルを示した。


「ほら、見ろよあれ」


 指差す先には例の団体客。顔まではよく見えないが、皆一様に銀色に輝く鎧を身に纏っている。


「うわ。鎧なんて着てる人、今時まだいるんですね」

 シズはちょっと引いた。


 各種装備品の中でも、鎧などは見た目ばかりで重いだけ。職業ジョブにもよるが、基本は防御呪文のかかった服で充分なはずだ。


「邪魔じゃないんですかね、ほらあの肩のパーツとか。腕上げにくそう」

「それな〜。けどたぶん、あいつらの国ではああいうのが伝統的に流行ってるんだろ」

「あ、その言い方。もしかして心当たりある感じです?」


 先程のアレクの表情からもそんな気はしていたが、これはまず間違いない。前世で鎧の集団に対しての知識を持っているのだろう。

 口の端を上げ、アレクは無言でシズの予想を肯定する。


「どこ出身の勇者なんですか、あの人達」

「それ、まず訂正。あいつらはたぶん魔王討伐の勇者じゃない」

「勇者じゃない?」

「おそらく。記憶そのままなら王属の傭兵だと思う」


 鎧の集団のすぐ側に立て掛けられている旗。アレクはそこに記されている紋章に見覚えがあった。前世において、何度となくゲームのパッケージで目にしたものだ。


「一人だけ、鎧着てない奴がいるよな?」

「いますね」


 長い銀髪を束ねた細身の若い女。鎧の集団とは対照的に、薄布を纏っただけの衣装を纏っている。露出度は高いが、優雅な仕草から下品な印象は微塵もない。


「僕の記憶が正しく、かつこの世界で設定改変されてないとすれば。あの銀髪の女が騎士団を率いている。名前は『ジゼリア』っていうはずだ」


 思わず口元がにやけてしまう。

 やはり、運命は確かに動きだしている。急な予定変更にも、きちんと意味があったのだ。


「——ジゼリア・ベルタ。おまえと出会う前、当初の計画で僕の探していた主人公。その中で最もチョロそうな奴さ」

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