勇者にはなりたくない

夕闇 夜桜

勇者にはなりたくない


 その日は、何もない普通の日だった。

 いや、一つだけ予定があった。

 友人に誘われ、『勇者選抜の儀』に参加するために、王都に行くのだ。

 ほぼ田舎と言ってもいい村から国の中心となる王都に向かうのだから、移動するには、金銭的にも時間的にもそれなりに・・・・・掛かる。


 さて、『勇者選抜の儀』についてだが、文字通り、勇者を選ぶための儀式である。

 国の上層部曰く、もうすぐ魔王が復活するのだが、その魔王を倒すために勇者となる人間が必要なんだとか。

 でも、どこに『勇者』がいるのか分からない→なら、大々的に人を呼び集め、勇者を探すため――勇者の聖剣を引き抜く『勇者選抜の儀』を行おう、ということになったらしい。


 『勇者選抜の儀』など興味はなかったし、そもそもそれなりに掛かる王都まで向かいたくは無かったのだが、いつも一緒にいる友人は違ったらしく、彼に引っ張られるようにして『勇者選抜の儀』に向かうことになった。


「もうすぐだな!」


 受付を済ませ、友人がわくわくとした様子で、話し掛けてくる。

 思ったよりも、人は多く、長蛇の列が出来ており、先頭になった人が順番に聖剣を引き抜こうとしては、抜くことができずに落胆したり、貴重な体験が出来たと明るい表情の者もいる。

 けれど、聖剣が見え始めた時だった。


 ――あ、これ駄目なやつだ。


 何となく、面倒なこと――聖剣が抜けるだとか――が、起こる気がしてならない。

 逃げたい。でも、ここで逃げ出せば、一緒に来た友人に迷惑が掛かる。


「……」


 どうするべきか、脳内をフル回転させる。

 そして、ひらめいた。


 そうしている間にも次々と名前は呼ばれ、何人もが試しては脱落していく。

 そして、次に名前を呼ばれたことで、先に並んでいた友人が聖剣の前に立ち、聖剣の柄を持ち、引き抜こうとする。


「――ッツ!!」


 当然だけど、どれだけ引っ張っても抜けない。


「次」


 自分の番が回ってきた。

 聖剣の柄に手をかけ、息を吐く。

 さて、ひらめきを実行してみよう。


「――ッツ!」


 抜こうとするが、抜けない――振りである。

 何やらギシギシと音はしているが、これだけ大勢の人が抜こうとすれば、いやでも摩擦などが起こり、抜くための手助けになるのだろう。

 一定時間が過ぎても、抜けないということで、順番は次の人に回った。


「二人とも抜けなかったのは残念だったな」

「でも、いい経験は出来た」


 友人とそう話しながら、王都を歩く。


「つか、本気でやらなかったよな?」

「何が?」

「聖剣。本気で抜かなかっただろ」


 やっぱりバレてたか。


「『勇者』なんて面倒なこと、引き受けたくなかったんだよ」

「モテるぞ?」

「お前は、モテるために勇者になりたいの?」


 そのために、命を生死の天秤に掛けられるのかを問えば、肩を竦められる。


「そりゃ、死にたくはないが、俺はやっぱりモテたい」


 まあ、人の目的は人それぞれなのだと、理解する。

 友人のモテたい云々然り、聖剣に触れたり、引き抜くというか貴重な体験が出来たと喜ぶ人たち然り。


「そうか。なら、勇者じゃなくてもモテるように頑張るんだな」


 友人にはそれしか言えない。

 自分に手伝えることがあれば手伝ってもいいが、基本的には彼の頑張りになるのだろう。


 ――ああ、でも。


 何だろう、自分たちの『勇者選抜の儀』は終わったはずなのに、嫌な予感が拭いきれない。


 けれど、せっかくの王都である。

 残りの日程は観光等に割き、最終日は村のみんなにお土産を買って、故郷へと帰還した。





 そして、この数日後。

 聖剣を抜いたとされる青年が、自分たちの村を訪れるという、ある意味では嫌な予感が的中することになるのだが――それはまた別の話である。


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