母の勘
NADA
第六感
ん?気になる…
サランラップが気になる
家に買い置きがまだあるはずだけど、まあ、いくつあってもどうせ使うものだから…
貴子はサランラップを一つ買い物かごに放りこんだ
後は、牛乳買って…と、今度はインスタントコーヒーの特売が気になった
コーヒーもまだあったと思うけれど気になるから二個セットになったインスタントコーヒーの詰め替えも買い物かごに入れた
レジで支払いを済ますと、スーパーを出て、家に帰った
ただいまー、と玄関からダイニングキッチンに荷物を運ぶ
平日だが、夫がキッチンでコーヒーをいれている
リモートワークで、家で仕事をする日が週に2~3日あり、今日も自宅で仕事をしているようだ
コーヒーの粉、安かったから買ってきた、と貴子が言うと、おっ、ちょうど今無くなったからよかった、と夫
買い置きなかったっけ?
貴子が聞くと、ない、と言う
先週、一人暮らしをしている甥っ子が遊びに来た時にインスタントコーヒーが欲しい、というので持たせたらしい
その夜の夕飯の片付けをしている時に、サランラップも使いきった
やっぱりね…
貴子はひとり、うなずいた
いつ頃からだろう?
結婚して子どもができて、母親になってからだろうか
やたらと勘が働くようになった
一番この勘が働くのは、4才になる長男の危険を察知する能力だ
母の勘、とでもいうのだろうか
家事などで忙しくしていて、目を離してしまう時に、イヤな感じがする
布団を干していて、あ、この感じ…と、急いで長男の様子を見に行くと、洗濯挟みで手をはさんでしまい、痛さで声もなく固まっている長男がいた
慌てて洗濯挟みを外すと、大声で泣き出した
そんなことが、よくある
電話が鳴る時も、たいていの場合、でる前に誰からか予想がつく
まあ、かけてくる相手も限られているので、そんなにたいしたことではないかもしれない
でも、それだけではなく悪い知らせの時は、あのイヤな感じがするのだ
長男の保育園から体調を崩したので、とお迎えの要請の電話の時は、電話番号を見なくてもすぐわかる
そして、今日は朝からイヤな感じがする
今日は保育園の運動会の日だというのに…
当の本人の長男は元気いっぱいで、はしゃいでいる
かけっこが得意なので、朝から上機嫌だ
夫も休みをとって、ビデオ係として参戦する
貴子だけは、浮かない気持ちを隠しながら保育園へ向かった
半日だけの保育園の運動会なので、のんびりとした雰囲気で始まり、プログラムは順調に進んでいった
今のところ、何も変わった様子はない
お遊戯のダンスが終わり、次は長男の参加するかけっこだ
何も起こりませんように
無事に終わりますように
貴子は心の中で、お祈りした
子供たちのかけっこの準備ができて、軽快な音楽が流れて来た時だった
あぁ、この感じは…
貴子は不安で胸がいっぱいになった
夫がゴール前の撮影場所を陣取って携帯をかまえながら、笑顔の長男に手を振っている
スタートの合図が鳴った
勢いよく飛び出した長男は一位に躍り出た
貴子は両手を胸の前で組み、祈るようなポーズで見守った
順位なんて、どうでもいい
とにかく無事に済んでさえくれたら…
その時、ゴールまで数メートル、というところで、長男は思いっきり転んだ
靴が片方脱げて、飛んでいった
顔面から地面に、手をつかずに突っ込んだ
後ろから走ってきた子供たちは、次々とゴールをしていった
長男のところへは、先生たちが駆け寄った
一番後ろを走っていた背の小さな男の子が、ゴールせずに足を止めて大泣きしている長男の側へ行き、何か声をかけている
先生が靴を拾い長男に履かせると、小さな男の子と長男は手を繋いでゴールへ歩きだした
他の子供たちや保護者たちが、がんばれー!と声援を送る中で、長男は足を引きずりながら、涙を拭いて数メートルを数分かかりながら歩いた
小さな男の子と長男は二人で一緒にゴールテープを切った
小さな運動場が割れんばかりの拍手がしばらく続いた
夫はビデオを撮ることなんてすっかり忘れて、長男をゴールで抱き締めていた
ゴールから離れた場所で応援していた貴子は、涙ぐみながらその様子を見ていた
私の母の勘も、まだまだ、たいしたことないなー…
イヤな予感なんかじゃなかった
息子もあのお友だちの子も、最高にカッコよかった
こんなに素敵な、一生の思い出になるくらいの出来事があるなんて、私の勘は大ハズレだ
転んだことは、当たっていたかもしれないけど、そのあとどうなるかなんてわからないもの
母親として、いつも不安で先回りして何とかしようと思ってばかりだった
人生なんて、何が起こるかわからないんだから
そんなに心配してもしょうがないよね、息子は大丈夫、立派に成長している
助けてくれる人もたくさんいる
貴子は、夫と長男に向かって笑顔で大きく手を振った
母の勘 NADA @monokaki
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