第18話 1500円の花束を

魔法の1500円の花束は、小、中、高、までうわさが広がり、いや、もはや大人でさえ、聖地に来ると、1500円の花束を握り、祈っている。

本当はみんな解ってるんだ。こんな事、あんな奇麗なお伽話が、病院で実をなすことなど本当は無いんだ、と。

助かったとするなら、それはお医者さんと看護師さんのちからのおかげだ。

人は時に、都合のいい時だけ都合のいい言葉を言って信じさせる。そんな恐ろしいことがある。つまり、1500円で救える命など、無いに等しい。

それでも、美麗と奈々子が最後まで続けた1500円の花束に、救われることもある。それは、生きていると言う事。

生の花は、枯れてしまう。だから、押し花にした、美麗の考えとそれをつくるのを手伝わされた楓は、


それでも、魔法のジンクスは時を超え、何の手を加えることなど当然だが、ありはしない。

それでも、人の命を尊く思い、『死なないで』そう願った人の中に、たまたま助かった患者さんがいたとしても、それは、花束の力ではない。もう少しでいい、生きたい、生きて欲しい…と言う、必死の祈りがきっと、神様の力を受け取って、魔法だ、と言って、涙を流す。



しかし、そうじゃない。そうじゃないんだ。



魔法なんて本当は存在しない。当たり前のことが当たり前に起こっているに過ぎない。


重度の患者さんが亡くなったら、それはもうその人が生き抜いただけの事。



じゃあ、中学生が風邪を治したのは、それは魔法のおかげ?


どうしたって違う。それは、その重度の患者さんが、最後まで頑張ったからなんだ。

だって、きっと命が輝くのは、重度の患者さんの最後の足掻きだ。



花束が見守っていたから…そう信じても悪い訳じゃない。

遅くも早くも人は死ぬ。けれど、何処かで聴いた事のある、とても怖い病気、その人たちを愛していても、何も出来ない場合が大多数だ。


だから創造したくなってしまう。何でもいいから、縋りつきたくなって魔法と言う幻影が現れてしまうんだ。




だからと言って、魔法の花束に縋る人たちも否めない。半々の確率で成功するかしないかの手術が必死で行われている、オペ室の前のベンチで、まだ若い女性が、泣いている。交通事故で、自分は擦り傷程度で済んだが、3歳の子供が意識不明の状態だった。

「ごめん…優ちゃんごめんママが死ねばよかったのに…優ちゃん…」

そこに駆けつけたのは、その女性の旦那さんだった。

「遅れてごめんな、これ、買ってきたから遅くなった!優は?」

「まだわからない。でも…もう4時間も経ってるの…ごめんなさい」

「なんで桃が謝るんだよ!悪いのはあのトラック運転手だ!飲酒運転に、スマホも見てたって、警察が言ってた。くそ!相手の運転手は捻挫だけで、なんで優がこんなことに…」



そう言ったところで、手術中のランプが消えた。


先生が出てくると、

「先生!優は!優は!」

「申し訳ありません。運ばれてきた時にはもう手の付けられない状態で。残念です。」

父親の手から、するりと花束が床に寝そべった。



そうだ。花に罪はなくとも、ご利益だってないんだ。




魔法の花束は、それから少しずつ少しずつ持ってくる人も、病室に飾る花も、2000円だったり、3000円だったり、季節を何度か回り、そんな言い伝えが足を休めて終えた頃には、ほとんどの人が知らない、懐かしい、そんなのあったんだ―…、と、只の昔話として、やがて、忘れられる―…。



そんな1500円の花束を、青春の1ページに残したまま今も頑張ってるやつらがる。


内田楓と、上原准だ。准はあの時、少年がここは告白の聖地なんだと言うまで、本当は苦しかった。どんどんいなくなってゆく、自分の彼女たちを、その姿を、なにかの拍子に目にした時、これは、本当に嘘だったんだ…とそんなことはもっと大人になってから知ればいい。今は、この聖地でフラれて海底深く沈もうが、成功だと喜ぶ羽根が生えたような嬉しさに顔がとろけ様が青春を涙一杯流して、最高の青春を当たり前と思わず、時間が過ぎるのが、いつの間にか、えらく経つのが早くなり、歳をとるのも一瞬でGOだ。



それまでに、頑張って、幾らもない若き時を経て、時が来たら、1500円の花束があったって人は死んでいくのだから。



でも、1500円の聖地をあの病院に宿してくれたのは本当にありがたいことだ。

妹のような美麗、笑顔ばかり残していった奈々子。


奈々子の笑顔が大好きで、優しくて、いじめられっ子にはクラス全員が敵になる事が大いにあり得るいじめの形だ。ほとんど、救って、かばって、助けてくれる人はいない―…、のに、楓は、小学校一年生で広瀬奈々子と言う子が、それまで特に話してもいなかったのに、なんでか、ある日、小学校1年生の時、無視と言ういじめがまず始まった。そのいじめに、初日から奈々子は、

「おはよう!楓ちゃん!」

その名を呼ばれ、つい、振り向いてしまった。目を逸らされる…そう思い、ゆっくり、顔をもたげた。


「奈々子ちゃん、もう楓ちゃんには話しかけちゃだめだよ」

「なんで?」

「だって小2でメイクとかしてくるんだよ?信じられる?

「なんで?可愛いから良いじゃん!そんな無視して嫉妬してるなら、みんなもメイクしてくれば?楓ちゃんよりうまくは出来ないと思うよ?」


あっけにとられるクラスメイト。


楓は、


「奈々子ちゃんは…なんで私と遊んでくれるの?みんなからいじめられちゃうよ…?」

「だって楓ちゃん、本当に可愛いから。夢は、お化粧のお仕事になれると良いね」


そんな奈々子を思い出していた。つい、涙が瞳の淵に零れそうで零れない顔で…。


「どうした?」

「ううん、少し、昔の事を思い出しただけ。唯、それだけ…」

「そっか。俺もだ…。あの頃、どうしていれば、もっと奈々子を喜ばせられたかな?」

「ねぇ、奈々子はこんな時、なんて言って、何をするんだろう?」

「え?」

「泣く事は…ないと思うの。唯、行ってこい!って優しく背中を押してくれる気がする」

「あぁ、そうだな。俺は、楓にやられた背中をものすごいビンタで叩いてきたみたいに…もうちょっと優しく、顔上げな、って。これからだろって。言ってくれる気がする。だって、奈々子が死んだ後、日比野って言うクラスメイトが、正解を教えてくれたんだ」

「正解?」

「『広瀬さん、よく笑ってた子だったから、それがないと、一気にクラスが暗くなったみたいで、暗闇で怖かったから、広瀬さんはいつもこの教室を照らしてくれるみたいな人だったから!上原君がそんな顔でどうするの!?』って。俺は、何してたんだ…ってその時思ったんだ。俺や、楓だけでなく、奈々子はすごい人気者だったんだって。すごい、正解だろう?奈々子は、俺たちだけの光じゃなかったんだ。悲しんでいる生徒がいっぱい、いっぱい…い…」

「もうわかったよ。准。これ以上泣いたら、また奈々子に怒られる。もう、泣くのは最後!これからは、笑顔の奈々子だけ思い出すの!それが奈々子が、あたしと、准に残した教科書。頑張ろう?准!」

「…ぁぁ…あぁ!!」



今、俺と楓はそれぞれ役目がある。

僕は、少しでも小さな命を救う事。

楓は、奇抜で、誰も想像できないメイクを生み出す、ものすごいメイクアップアーティストになる。




さよなら…美麗。

また会おうね…奈々子。


「道に迷ったら、聞きに来る。奈々子のアドバイス」

「私は、もう負けない。ずっと守ってきてくれてありがとうね。もう負けないよ!」



「じゃあね、准!」

「おう、元気でな!楓!」



と、帰る時、反対方向を行く、楓とアンディが離れていくのを見送る形で、2人の背中が遠く消えた後、もう1度、奈々子のお墓に戻って、もう1つ報告をした。



「奈々子、奈々子が書いてくれた手紙に、書いてくれた事、もう1つ報告があるんだ。実は…楓にはもう見ての通り、結婚した人がいたよな。…実は、俺も、奈々子を失くして、8年前、俺も結婚したんだ。楓が居たら、冷やかされて碌にもない会い方になっちゃうから、1人でもう1回会いに来たよ。名前は、日比野夏美って人。俺が奈々子を失ってすぐ、魂抜けた時、言われたんだ」


『広瀬さんは良く笑ってたから、それがないと、一気に学校中が暗くなって、広瀬さんはいつも教室を照らしてくれてたみたいな人だったから、上原君がそんな顔してどうするの!?』ってたしなめてくれてた同級生。研修医の段階で、新しい看護師で日比野が入って来たんだ。2人して驚いたよ。日比野とは、高校出てから、1度も会った事なかったから。


あの時の活がなかったら、俺、医者になってなかったと思うんだ。他人の死に、心が付いて行かないって思ったから…。

でも、奈々子、きっと日比野の事、解ってもらえると思うんだ。


高く高く空は天国雲てんごくくもの穏やかな空。



そして、1500円の花束を添えて、もう1度手を合わせ、天国の2人にもう一度、手を合わせえた―…。

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