転校生の第六感
金澤流都
津川さんの第六感、そして嘘
体育の授業。運動音痴の僕はひたすらに憂鬱で、雨でも降ってくれないかなあ、と、授業が始まる前のグラウンド3周を走りながら考えていた。
グラウンドを、上がる息を堪えて見渡せば、校舎のひさしのところに誰か立っている。僕らのジャージとはちがうジャージを着ていて、転校生の津川さんだと一目で分かった。体育の田島先生はとにかくおっかないので、グラウンドを走っておかないと叱られる。それを言おうと近寄ると、津川さんはにいっと笑って、
「雨が降るよ、ワトくん」
と、そう言うのであった。
「僕はワトじゃなくて和人だよ……こんなすっごいピーカンなのに、雨なんか降るわけが」
そこまで言ったとき、にわかに空は雲に覆われて、鼻のあたりにぽつっと雨が降ってきた。津川さんは、どうして分かったのだろう。ツバメでも飛んでた? この街の真ん中にある学校で?
みんな濡れないようにあわてて教室に避難する。津川さんも体育は不得手らしく機嫌よく教室に戻っていく。田島先生は僕らに運動会の練習をさせたかったようだが、あいにくと外の雨は強くなってきていた。体育館はいま工事中だ。
教室で、保健のテキストを開く。津川さんはふいに、田島先生を見て、
「マナーモードになってないです」
と、不思議なことを言い出した。次の瞬間、田島先生のジャージのポケットから、唐突にヴァン・ヘイレンが大音量で鳴り出した。日ごろ「授業中はスマホの電源を切れ」と口酸っぱく言っている田島先生なので、教室は大爆笑に包まれた。田島先生が電話に出ると間違い電話だったようだ。
その日の昼休みは、津川さんの超能力について、クラスじゅうで盛りあがった。津川さんは恥ずかしそうな顔をして、
「いわゆる第六感……ってやつ」
と、そう答えた。
第六感。すごいなあ。しみじみと納得する。津川さんは座りの悪そうな、でもまんざらではないという笑顔で、どうしてこの超能力を獲たのかという話を始めた。
津川さんの生まれ育ったところは、すっっごい田舎なのだ、と津川さんは言う。その村には、平家の落人が住んでいただとか、なにやらあやしげな祠があったりとか、なにやら気味の悪い伝説がいっぱいあるらしい。そのひとつに、蜘蛛姫病という、村の長の家に生まれた女の子がかならず罹る病気、というものがあるらしい。
津川さんのおじいさんはその村の村長だった。その病気は、村のリーダーになった家の女の子がかならず罹るもので、津川さんも例外ではなかったそうだ。
津川さんは、七つのときにその病気になり、そしてその病気は徐々に進んで、12歳のとき、この近辺ではわりと都会と言える街に、入院するためにやってきたそうだ。
そこで半年治療をして、どうやら村を離れると病気が治るらしいことが分かり、その大きな街と田舎の村の中間にあるこの中学校に入ったのだという。ジャージが違うのは、最初は大きな街の中学校に通っていたからだそうだ。
「その病気、どういう症状なの?」と、誰か無遠慮なやつがそう津川さんに訊いた。津川さんは笑顔で、
「嘘つきになる病気。でも嘘をつくとそれが本当になるの。猫型ロボットのひみつ道具みたいに」
と、明るく答えた。
じゃあここまでの話はぜんぶ嘘なのだろうか?
分からなかったが、津川さんは雨の降る外をちらりと見て、
「きっと虹が出るよ」と呟いた。それは嘘ではないだろうし、本当になった。
津川さんは、授業が始まる寸前、僕の背中をつついて、
「ワトくん。さっき話したこと、本当だと思う?」
と、すごく難しい質問をしてきた。嘘かもしれないし、嘘だったとしたらそれは本当になっている。嘘でも本当でもない、その中間にあることなのだな、と僕は解釈した。
そう伝えると、津川さんはやっぱりイタズラっぽく笑って、
「五時間目、先生が教室を間違えるよ」
と、そう言うのだった。
転校生の第六感 金澤流都 @kanezya
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