第3話 顔がついてて動くキノコのポタージュ(センリ汁)

 あれ以来、顔がついてて動くキノコを見つけると採った。

 食べると腹がふくれるだけでなく、力がみなぎってきてなんでもできそうな気になれた。


 そのおかげで、魔王もわりと楽に倒せた。


 魔王を倒し、その報酬を得ようと王がいる城に向かっていた時だった。魔王の仇を取るために追ってきた魔王の側近に遭遇し、戦闘になった。


「センリ!」

 魔王を倒した後で、薬草も体力もなくなっていて、ギリギリだったところに攻撃され、センリが魔王の側近に倒されてしまった。

 その後に俺が側近を倒した。


「ごめん、俺がもっと早く倒していれば……」

 センリに駆け寄って言った。


「気にすんな。ちょっと痛いだけだ」

 顔をしかめていたけれど、笑顔でセンリが言う。


「ちょっとじゃないよ。いくらソウに蘇生してもらえるって言っても、傷を負えば痛いだろ?」

 センリは死に直面する痛みを受けているのだ。


「大したことじゃない」

 フッと笑みを浮かべ、センリは意識を失った。


「センリ! センリ! 目を覚ませ!」

 俺はセンリをゆすって起こそうとした。


「目を覚ましたら痛いだけだから」

 ソウに止められた。


「治せるんだよな?」

 ソウを見上げて聞くとソウはうなずいた。 


 しかし、マホが何でも入る魔法の袋からどんなに重い人間でも運ぶことができる魔法の棺桶を出してきてセンリの横に置いた。


「何してるんだ?」

 棺桶にセンリを入れようとしているマホに聞く。


「さっき、ユウの傷を治したせいで、ソウにはセンリを蘇生するための魔力がないのよ」

「あ……」

 確かに治してもらった。


 戦闘中にけっこう重症を負い、ソウが後ろから治してくれた。だから俺は心置きなく魔王の側近を倒せた。


「あれ、そんなに魔力必要だったわけ?」

 ソウはうなずいた。でもあそこで治してもらわなければ俺もセンリと共に倒れていた。


「ごめん……」

「寝れば回復するから」

 泣きそうな笑顔でソウは言った。ソウは自分が僧侶なのに、魔力が少なくてゴメンといつも言っていた。


「ソウはすごい僧侶なんだ。ソウがいるから、俺らは安心して死ねるんだからな」

 フォローのつもりでソウに言った。


「安心して死ぬなボケ」

 マホにツッコまれた。


「とりあえず休もう。夜が明ければ、何もかも思い通りになるから」

 マホがそう言ったので、俺たちは野営の支度をした。


 いつも力仕事をしてくれるセンリが棺桶の中だったので、大変だったがなんとか食事をして眠った。

 そして夜が明けて、ソウの魔力が回復してセンリを蘇生しようとマホが棺桶のフタを開けた。


「きゃああああああ!」

 マホの悲鳴が辺りに響き、ガランという音を立てて棺桶のフタが落ちた。


 センリがいたはずの場所に、小さな小さな顔がついてて動くキノコがびっしりと生えていた。よく見ると小さなキノコはもぞもぞと動いている。


「センリがキノコに!!」

 絶望的な気持ちで俺が叫ぶと、ソウが何かに気づく。


「待て! センリの意識を感じる。センリはまだそこにいる」

 ソウが棺桶の中を指さして言ったので、俺はセンリが居たはずの場所の顔がついてて動くキノコに触れる。


 採れそうだった。

 数個を採ると、青白い肌が出てきた。センリの肌に違いない。急いで小さな顔がついてて動くキノコを採る。少し触れるだけでポロポロ採れた。


「これを使って」

 マホが小さなブラシをくれた。ブラシを使うと楽に顔がついてて動くキノコを採ることができた。


 一心不乱に採り続けると、センリの顔が出てきた。


「センリ!」

 それからひたすら顔がついてて動くキノコを採り続ける。


「全部採って!」

 マホが言っているのを聞いて、センリに付いた顔がついてて動くキノコを採り続ける。ひたすらひたすらブラシを使って採り続けた。


 青白いセンリの全身が出てきて、とりあえず顔がついてて動くキノコを全部採れた。


「ソウ、蘇生魔法をかけて。早く! じゃないとまた生えるから!」

 マホが言うと、ソウが蘇生魔法を唱える。『また生える』って、どういうことだ?


 まばゆい光が辺りを満たし、みるみるセンリの顔色がよくなっていった。


「センリ、センリ!」

 何度もその名を呼び続けた。


「う……」

 センリがうめき、センリの瞼が開く。


「センリ!」

 思わず叫ぶ。


「お前の声、うるせーよ」

 俺を見て面倒くさそうにセンリが言った。


「よかった、センリ! マジで死んだかと思った」

「大げさなんだよ。蘇生されるのなんて初めてじゃないんだし……」

 そう言いながら、センリは自分の周囲に小さくて顔がついてて動くキノコがたくさん落ちていることに気づく。


「なんだ? これ……」

 センリは顔がついてて動くキノコをひとつつまんでじっと見ていた。採ったばかりの顔がついてて動くキノコは手足がもぞもぞ動いている。


「顔がついてて動くキノコだよ」

「やけにちっさい気がするんだけど」


「センリに生えてたんだ」

「はあ?」

 嫌そうな顔をしてこっちを見る。


「仮死状態になってたから生えたのかもしれない」

 ソウが答えた。


「キノコって、死体に生えるのか?」

「キノコは枯れた木とか切り株とかに生えるはずだけど……」

 いつの間にかきんちゃく袋を出し、そこに小さな顔がついてて動くキノコを拾って入れながらマホが言う。


「キノコっていうかモンスターだし、人間から生えてもおかしくないのかも」

 その様子を見ていたソウが言う。


「これはキノコよ」

 マホが言い切った。


「大丈夫。私がなんとかするわ」

 いつもは何をするのも面倒くさそうなマホが、瞳をキラキラと輝かせて言った。

 何をどうなんとかするんだろう。


「もしかして俺ら、戦闘不能(仮死状態)になると、顔がついてて動くキノコが生える体になってるんじゃないのか?」

 嫌な予感がして言ってみた。


「大丈夫よ」

 笑顔でマホは言った。

 それはそれは楽しそうで嬉しそうな笑顔だった。


 何が大丈夫なのか言ってみろよ……。

と、思ったけど言えなかった。


 顔がついてて動くキノコを食べなければ、俺たちは魔王を倒す前に餓死してたかもしれないし、魔王も倒せなかったかもしれない。


 マホはきんちゃく袋に集めた小さな顔がついてて動くキノコでポタージュを作り、俺たちはマホがいいと言うまで城はもちろん、町や村などの人間の居るところに行けなかった。


「めちゃめちゃ旨いな。この顔がついてて動くキノコのポタージュ」

 顔がついてて動くキノコの味がするのに、まだ小さい状態だからなのかそれが凝縮された純度の高い味がした。


 大きな方の顔がついてて動くキノコはもっと複雑な味がする。もちろん、それも旨い。顔がついてて動くキノコの人生を物語っているような味がする。


 小さい方が癖がない。

 好みの問題で、どちらが良いとか悪いとかではない。食する人間の体調や好みでも評価がわかれるのかもしれない。


「顔がついてて動くキノコのポタージュが食べられるなら、しばらくこのまま人里から離れててもいいかもしれないな」

 ソウも諦めたら楽になったのか、しみじみとそう言った。


「名前、センリ汁にする?」

 顔がついてて動くキノコのポタージュをよそいながらマホが言う。


「え? 俺?」

 自分の名前を言われてセンリが驚いた顔をした。


「だって、長いじゃん。センリから生えてきた顔がついてて動くキノコで作ったポタージュだからセンリ汁でよくない?」


 マホの言葉を聞いて、俺は改めて自分のカップに入った顔がついてて動くキノコのポタージュを見つめた。

 薄く緑色をした不透明なポタージュを見て、それからセンリの顔を見た。


「なんか飲む気なくなるから、顔がついてて動くキノコのポタージュでいいんじゃないか。センリ汁は括弧してつける程度の愛称くらいにして」

「え~」

 マホは不満そうだったけれど、さすがにセンリ汁は嫌だった。


「町に戻ったらさ、顔がついてて動くキノコのシチューを作りたいな」

 うっとりしながらマホは言った。マホはかなりのグルメのようだ。


「じゃあ早くなんとかしてくれよ」

「はいは~い」

 マホは明るく言った。


 それから間もなく、マホは俺たちを死んでも顔がついてて動くキノコが生えない体に戻してくれて、城に行って王から褒美をもらうことができた。


 対処法をマホが見つけたので、俺たちはそれからも顔がついてて動くキノコを見つけると採って食べた。


 他の野菜を入れたシチューもマホが作ったけど旨かった。

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顔がついてて動くキノコ 玄栖佳純 @casumi_cross

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