第2話 顔がついてて動くキノコの姿焼き
「待て! 早まるな!!」
センリは叫び、モンスターを両手で握りしめ、頭からかじろうとしているマホの手からモンスターを叩き落す。
「ひとくち、一口でいいから食べさせて!」
マホは両手を伸ばし、落ちているモンスターを掴もうとするが、センリがそれを体で止める。
「おい、お前らも止めろ! マホがモンスターを喰っちまうぞ!」
センリが俺たちに言ったので、ソウはセンリを手伝うようにマホを押さえ、俺はマホが掴もうとしていたモンスターを遠ざけるために持った。
思っていたより軽い?
生物ではなく、キノコの重さ?
「ユウ! それをこっちによこせ!」
まるでマホ自身が妖魔にとり憑かれたかのように、俺の名前を叫んでこっちに向かって来ようとして二人に止められあがいている。
けっこうマジな顔をしていてゾッとした。
それをセンリとソウが必死の形相で止めている。
「なんて力だ……」
力自慢のセンリがつぶやいたのが聞こえた。マホは普段は腕力はないけれど魔力は半端ない穏やかでたまにおしゃれな女子だった。
俺たちのパーティの唯一の女子だったけれど、それが恋愛に発展することはない。
彼女はそういうキャラではなかった。
それが我を忘れてモンスターを喰おうとしている。
俺たちは腹が減っていた。
魔王の城が近づいてきて、人間の村を出てもう数日が経っていた。
でも、魔王の城は見えず、いつまでも鬱蒼とした森をさまよっていて、瘴気を放つ森の中で食物はなくなり、人間は食べたらよくなさそうな物であふれていた。
「落ち着け、マホ。これは食い物じゃない! よくみろ、モンスターだ」
俺はモンスターを持って叫んだ。
でも見かけによらず軽い。
モンスターと言うにはサラッとした触感。
「それなら食べれそうな気がする……」
マホがうめくように言う。俺もそんな気に一瞬なった。
しかし、キノコのような形をした物に目鼻が付いているモンスターだった。
こいつは俺らに襲い掛かって来たのだ。
でも、頭は濃い茶色、胴体部分は薄いベージュ。
色合いはキノコである。
少しだけ、美味そうかもと思ってしまった。
死んだような表情は別として、色合いだけ見ると美味しそうかもしれない。
そんなことを思ってしまう自分もいた。
しかし我に返る。
「これはキノコじゃない。顔が付いてて動いて俺たちを攻撃してきただろ」
でも、その記憶もマホのこの奇行の前には朧になっていた。
「いいえ、キノコよ! 顔が付いていようと動いていようと、攻撃してきたってそれはキノコなの」
マホは言い切った。
「き……キノコ?」
まずその言葉に侵されたのはセンリだったのかもしれない。マホを抑える力が弱まったのか、マホはセンリを蹴り倒す。
戦士が魔法使いに蹴り倒された。
ふつうならありえない。けどマホならできる。
「俺一人じゃ、ムリだ……」
マホは暴れ、ソウの手から離れた。
マホが俺に向かって突進して来る。
もう顔が付いてて動くキノコしか見ていない。
「待て、マホ。せめて焼け! 喰うんだったら焼いてからにしろ!」
生のキノコをそのまま食べるのは良くない気がしてそう叫んだ。
焼けばなんかモンスターでも食べられるんじゃないか?
そんな気がした。
すると、ものすごい形相のマホが俺の前で止まった。
「……わかった」
小さくつぶやき、マホはすぐに呪文を唱える。
その呪文を聞いて、俺は慌てて顔がついてて動くキノコをマホの前に置いて逃げた。
「ここで
ある程度離れて叫んだ。
「ファイアーボール!」
間髪入れずにマホが叫ぶ。
それだと消し炭になるんじゃないか? というか、俺も焼く気だったんじゃないのか?
激しい炎が顔がついてて動くキノコを包む。
ひとつだけではなく、側にあった他のキノコも焼かれた。
轟々と燃えて、辺りが熱くなる。
「あれ?」
キノコが焼かれているところから、いい匂いがしてきた。
キノコ独特の、食欲を誘ういい匂いだった。
ほんの少し前まで動いていたキノコ。
顔がついてて動くキノコがそのままの姿でこんがりと焼けた。
それを四人で囲んで見ていた。
マホはそれを手に取り、かじりつく。
そして豪快に食いちぎる。
裂け方がキノコだった。
顔がなければ少し大きいキノコに見えた。
よく食べられるな……。
それが素直な感想だった。
でもマホはそれをむしゃむしゃと食べた。
俺も含めた三人の仲間が見ている前で、美味しそうに……
「う……、うまいのか?」
センリがマホに聞く。
するとマホは食べる手を止め、フッと笑みを浮かべるとコクンとうなずく。
しっかりとコクンと。そしてまた食べる。
それを見たセンリは、一緒に焼かれていた顔がついてて動くキノコを手にする。
「センリ、食べるのか?」
俺が聞くと、センリは苦しそうに顔をしかめる。
「腹、減ってるからな……」
そう言うと、思い切ったようにこんがりと焼けた顔がついてて動くキノコを喰った。ヤケクソのようにかぶりつく。
俺たちは、魔王を倒すために魔王の城を目指していたが、ロクな食事ができていなかった。それはそれは美味しそうに二人は顔がついてて動くキノコの姿焼きを食べていた。
そしてセンリは動作を止めて俺を見て、
「うまいぞ……」
と、言った。
マホとセンリが黙々と顔がついてて動くキノコの姿焼きを食べていた。
しばらくそれを見ていたが、大丈夫そうな気がしたので俺も手に取った。
腹が減っていたのと、美味しそうないい匂いがしたのと、二人が一心不乱に食べているのを見て……。
恐る恐る、顔がついてて動くキノコの姿がそのまま残って焼けているモノを手にする。両手で持つサイズ。
これを食べたら、何かが終わるような気がした。
でも、思い切ってかじる。躊躇ってはいけない。
「!!」
なんということだ。
マジでうまかった。
かじって裂ける歯ごたえもいい。
ほどよくジューシーで、少し噛むだけで口の中で顔がついてて動くキノコがとろける。複雑な味わい。人々を襲い、魔王に味方するモンスターのはずなのに、それを感じさせない素直な味。バターのようなこってり感もあり、でもそれが過剰ではなくキノコの優しさもある。
さらに噛んで喉を通るときに鼻孔をくすぐるうま味の匂い。
キノコだった。顔がついてて動くけどキノコだった。マホが火魔法でただ焼いただけなのに、ちょうどいい味がついている。
食べるために存在しているかのようなキノコだった。
顔がついてて動くけどキノコだ。
これはモンスターではなくキノコだった。
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