第六感繰り上げ会議

結騎 了

#365日ショートショート 068

 味覚の概念が消え去り、数百年が経った。

 万病に効き、栄養をバランスよく摂取できる錠剤は、もはや人類にとって必要不可欠となっていた。味を楽しむという概念そのものが、忘れ去られたのである。

「それでは、新たな感知能力を決める会議を始める」

 総会ホールに、国際連合事務総長キャサリン・ヒメディの声が響いた。

 世界平和が達成され、諸問題がとっくに解決された国連では、新世界に関する大小様々な議論が交わされていた。本日の議題は、新しい五感を定義すること。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚といった五感のうち、味覚が消失したのだ。そこで、各国から様々な候補が提案された。それまで第六感と呼ばれていた感知能力の、どれを五感に繰り上げるか。はれて五感入りした場合、それを提案した国の大きな名誉となるため、各国は目の色を変えて議論に臨んでいた。

「まずは私から」

 手を挙げたのはアメリカ大統領である。キャサリンはそれを承諾し、発言を促した。

「アメリカ合衆国としては、ながらく我が国で第六感と言われていた『霊感』を提案するものである。言うまでもなく、死者の存在を察し、あるいは対話を可能にする感知能力だ。みなさん、『エクソシスト』という映画をご存知だろう。カトリック教会のエクソシスムの歴史について、細かい説明は不要であると考える」

「ありがとう、大統領」。鳴り響く拍手を制しながら、キャサリンは礼を述べた。「さて、次の候補は……」

 手を挙げたのは中国の国家主席だ。「中国全土で最も信頼を得ている第六感、それは『千里眼』である。遠方の出来事、もしくはこれから起きる災厄をビジョンとして捉え、人々の平和に貢献することができる。くれぐれも、どこぞのサイキッカーもどきと一緒にしてほしくはない」

 何をいうか。今の発言を取り消せ。会場に怒号が飛び交った。キャサリンは「静粛に」と呼びかけるが、場は全く収まらない。

 その様子を見て、隣に座っていた補佐官が呆れたように呟いた。

「これでは、どの第六感を繰り上げるか、議論は長引きそうですね」

 しかし、キャサリンはにやりと口角を上げた。

「そうでもないわ。私は、もう間もなく結論が出ると思ってる」

「事務総長、どうしてそう思われるのですか」

「女の勘よ」

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