第3話 常軌

この世界の生物には生まれつき備わっている超常的な力が存在する。


『魔法』─────万物を掌握する絶対的力。


この世のありとあらゆる事象は全てが魔法から枝分かれした一片であり、それは万物の原点であることを意味する。


魔臓マギウスオーガン───通常どの生物も内包している魔力エーテルを溜め込む為の臓器。人間もその例外じゃない。


本来ある筈のがグリムには無かった。


先天性魔臓器異常エーテルブランク───グリムが生まれ落ちたその時に名が付けられた一種の病名である。

グリムには魔臓が本来存在するはずの左脇腹付近に特に意味のなさない別の臓器が存在した。それは旧人類───人類が未だ魔法を扱えなかった時代の身体的特徴に類似していた。


罹患率0.01パーセント、世界に魔法が使えない人間はグリムを除いてデータ上。大なり小なり、そよ風を吹かす程度の魔法なら赤子でも使える。グリムは生まれながらにして世界からその存在を否定されたのだ。


──────────────

「だからぁ……使えないもんは使えないの、俺魔力ないから」。


「ハハハ、そんな訳」。


ルピシアは口角を上げながら憎たらしい顔で小馬鹿にしたように笑う。彼女は少しも信じようとしなかった。


「どれどれ……」。


パチンと手の指をはじき小気味よく鳴らすと彼女の目の辺りに魔導レンズが現れる。  

魔導レンズ────レンズを通して観た生物に対して魔力の許容量を測る、名工ブリギア───アルバス・グリッドによって考案された汎用魔導具である。

彼女が懐疑的な目でレンズを覗き込むと、「ん?」と狸にでも化かされたような顔をする。

不満そうに、もう一度指を鳴らして、同様にレンズを覗き込む。そういうのが六回程続いた後

 

「驚いた、この魔導レンズに映る情報は君を生物として認識していない」。


「だから言ってるだろ。おかしいんだ、俺は」。


自らを嘲るように目から口へかけて冷たい笑いが動く。もはや溜息も出ない、どうしようもない現実。

昔はタモツにも童話にでてくる英雄になりたいなんていう年相応の夢があった。村を出ていった奴等みたいに戦いたかった。齢十にして、己が限界を知る喪失感、夢が砕け散る虚しさは計り知れない。


「─────すっげぇ!!」。


「───は?」。


グリムは思ってもみない返答に動揺する。こいつ、今なんていった?すごい?すごいって何が。


「エーテルブランクって実在したんだ!!イカれたジジイの妄想だと思ってた。ぐふふ、すごく興味深いね、一体どういう、体内構造をしているんだい」。


 ルピシアはグリムの両肩を鷲掴みにして激しく揺らしながら質問した。鼻息を荒らげ、滴るよだれをじゅるりと啜り、気持ちの悪い笑みを浮かべながら新しいおもちゃを貰った子供みたいに大はしゃぎをする。 


な、何だこいつ。


「は、離せよ」。


「あ、あぁ……これ失敬、少し取り乱した」。


よだれを袖で拭い何処からか取り出した湯呑で茶を飲み一息つく。


「すごいって何が」。


「ん?」。


「だから、魔法が使えない身体の何がすごいんだよ」。

グリムは感情が高ぶって声にもならない声で言う。我ながら、なんでこんな得体のしれない女に感情的になっているのだろう。思惑と言動が矛盾する。


「変なことを気にするんだな」。


「変?」。


「あぁ変さ、『魔力がないこと』は何も欠点じゃない、『魔力がない』ことが『ある』んだ。君唯一が持ち得る個性さ」。


飄々とした態度で女はそう言う。


「そんなの屁理屈だ」。


「あぁ屁理屈だとも、それでも未知というのはそれすら歪めてしまうほどに甘美だ」。


納得など到底できない。それほどまでに理不尽を被った。

「それでもお前は……もういいよ」。


不貞腐れた様に諦めるグリムの額を指で弾く。


「一つ、言葉を送ろう。凡庸など死ねばいい、マジョリティとかクソ喰らえ、超えてこうぜ常軌」。


したり顔で女はそう言い放つのだった。


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次元旅行と龍人の少年 スパニッシュオクラ @4510471kou

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