第2話 名もなき村
王都から馬車で半日、辺境の名も無き小さな村、村の裏手には自然豊かな山々が連なる。小鳥が日も上がらぬ内から囀っていた。
「姉さん、木こりに行ってくる」。
グリムは皿を流すアリアに向かって穏やかな口調で淡々と告げる。
「うん、気を付けてね」。
アリシアは心配そうな目でグリムを見送った。
キィと軋む扉、立てかけてある使い古した斧を担ぐ。楔形の刃と柄を繋ぐ金具には錆が周り、木製の柄には血と汗が染み付いている。
村の朝は早い、日が昇らない内から皆が活動を始める。
只、こんな時間から山へ木こりに向かう様な若い村男はグリム位であろう。
この村にいる男の平均年齢は大分高めだ。何故かと言えば若い男は皆、辺境貴族のドラ息子でも無い限り、戦果を上げる為に戦地へと赴くからである。
義勇兵然り王国戦士隊然り、皆が闘うことを誉れとし、戦う事で立派な戦士になれるなんていう古臭い風潮がこの村にもあった。
それ故に一見好青年の様にも思えるグリムは村の中でも浮いた存在であり嘲笑の対象へとなっていた。
「さてと、それじゃあ、始めるか」。
何時もの様に意気込むと硬い幹に斧を振り翳す。
──────────────
少し時間がすぎる。
ず太い幹に鉞を振り下ろすと鈍い破壊音が鳴って、頭上に指し交わされた深緑の木々がメキメキと音を立てて倒れると遮っていた日差しがグリムを照らした。
もう、こんな時間か。
登る太陽、照る日差、頬を伝う汗をシャツで拭うと
「────こほん」。
頭の後ろから女の咳払いが聞こえる。声の方へと振り返ると、木の枝に腰を落ち着かせる眠たそうな顔をした女がいた。
整った身なりをしている。何分小さな村だ、若者も両手で数える位しか居ない。
「あんた旅人?この辺じゃ見かけない顔だけど」。
「あぁこれは失礼、ちょいとした調査でね、少年は麓の村の子?」。
「麓の村で暮らしてる、グリムだ」。
「そうかいグリム、ボクはルピシアよろしくね」。
自分から絡んできておいて酷く無愛想な返答をすると、ルピシアは木の枝から身軽に飛び降りて、服についた木屑を払う。
「調査ってこんな、なにもない所で何を調査するんだ?」。
山に囲まれていて人口が少ない上、年寄りばかりの村、有名な特産物も無ければ娯楽も一切無い。調査と言ったら領主の下役かお国の役人か、それがこんなところで一体何を調査するというのだろう。
「んーとねぇ……ヒミツ」。
「なんだよそれ」。
「守秘義務だよしゅひぎむ、大人には色々事情があるの。それよりも少年はこんな山奥でいったい何を?」。
話を逸らされたような気がする、けど特段興味があるわけでもない。変に詮索して国に目をつけられたら溜まったものじゃない、そんな思考で会話を続けた。
「見ての通り木こりさ、木を切ってる」。
「それ手斧かい?随分と前時代的なやり方するんだね」。
「いいだろ別に」。
「魔法は使わないのかい?すぐだろう」。
「っ……」。
グリムの心の内側に小さな波が立つ。
きっと悪気はないのだろう。毎日の食事のように日々の必要に過ぎず当たり前、食欲のない人間に『腹が空いてないのか』と問いかけるようなもの、ごくごく自然な問い。
「あぁ……俺、使えないから魔法」。
「……使えない?」。
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