同級生の推しキャラの名前が、僕の名字と同じらしい

さやあくた

推し活0

小鳥遊たかなし 君、結婚してくれない?」



 僕は絶句した。

 なにせ高校に入学したばかり、登校初日だ。

 初めてのホームルームでクラスメイトが自己紹介を交わしたのが今日の朝。

 午前中でお開きとなって、僕が携帯電話をいじっていたときに、声をかけられた。

 つまり『クラスメイト』ということ以外、まだ何も知らない女の子から、突然求婚されたのだ。


 ……誰だって驚く……でしょ?


 いや、まだ何も知らない女の子とは言ったけど、

 彼女について、ひとつだけ覚えていることがある。

 それは彼女の名前が『久野あさひ』ということ。



「……」



 二の句が継げずに啞然としている僕の目を、久野さんの迷いのない視線が貫く。

 均整のとれた顔に理想的に配置された、アーモンド形の瞳。

 この世界を見渡せば様々な瞳の色や髪の色の人がたくさん存在しているけれど、久野さんの艶やかな髪と、光を湛えた黒い瞳は、行き交う人々が一目で見惚れるくらい、見事だと思う。

 正直に言うと、初めて見たときから、僕も気になっていた。


 だから覚えていた。

 自己紹介で彼女の口から発せられた、久野あさひという名前を。



「小鳥遊君の目、きれいだね。あと、髪も」

「え、あ、あぁ……うん、ありがとう」



 久野さんのほうこそ、と言おうとして、すんでのところで思いとどまった。

 さきほどの久野さんの、不可解な発言を思い出したからだ。



『結婚してくれない?』



 僕には、たしかにそう聞こえた。

 そのままの意味で捉えれば、まごうことなきプロポーズの言葉なんだけど……



 しかし久野さんのほうには、微塵みじん もうろたえる様子がない。

 もし本気で結婚を申し込んでいるとするなら、その返答を待っている時間に、ここまで平然としていられるものだろうか。


 

 ……いや、馬鹿だな、僕は。

 深く考えすぎなんだ。

 さっきの僕に対しての第一声は、久野さんなりの冗談だったんだ。

 もしくは、ただの聞き間違いだったんだ。

 うん。そうに決まっている。



 気を取り直して、笑顔を作ってたずねてみた。



「えっと、僕になにか用だった?」

「だから、結婚してくれない? 小鳥遊君」

「やっぱりそう言ってたんだ……」



 聞き間違いではなかった。残念なことに。

 そして久野さんの表情を見る限り、冗談でもなく、どうやら本気のようだ。



「あ、ごめん。突然だったよね。説明するね」



 どうしていいのか分からず固まっていると、久野さんは自分のカバンをごそごそとまさぐった。

 久野さんのカバンから出てきたのは、おそらく、何かのアニメのキャラクターのぬいぐるみだった。

 二頭身にデフォルメされた、イケメン風のキャラクターだ。


「この子、わたしの推しの小鳥遊いまり君。『いまりん』って呼んでね」

「お、おし?」

「ああ、うん、簡単に言うと、好きってことを、推しっていうの。

 『推薦する』の推の字で『推し』ね」


 推し。

 なるほど、そういう言葉があるのか。

 確かに、そのキャラクターのぬいぐるみを見ている久野さんの表情は、幸せそうだった。



 でも、偶然だろうか。

 僕の名字は『小鳥遊』。

 このキャラクターの名前の名字も『小鳥遊』だという。



「いまりん、ね。本当に好きなんだね、久野さん」

「うん。推しだから」



 名前がいまりだから、いまりん。単純明快な愛称だ。

 久野さんはいまりんのぬいぐるみの赤い髪の部分を、幸せそうに、そっと撫でた。

 いまりんは瞳も赤色で、男性アイドルグループのリーダーのような、活発な印象を受けるキャラクターだった。

 そしてどこか久野さんに似ているアーモンド形の瞳だった。



「これはわたしの手作りのぬいぐるみなの。

 小学生の頃、何度も失敗しながら作ったんだよ」



「へええ、久野さんって、そんなに上手にぬいぐるみも作れるんだね。手先が器用なんだ」



 久野さん作のいまりんは、売り物のように綺麗な出来栄えだった。



「ううん、ぬいぐるみ作るのってすごく大変で、一番簡単なやつにしたんだけど、それでも本当に何回も何回もやり直したんだよ。その中で一番うまくできたのがこの子ってだけで」



 そう言って柔らかく笑う久野さんは、やっぱりとても魅力的だった。

 僕もつられて笑った。

 つまり忘れていたんだ。

 僕たちが今、何の話をしていたのかということを。

 久野さんが微笑みながら口を開いた。



「で、ここからが本題なんだけど。

 わたし『推し』と同じ苗字になりたくて。

 つまり小鳥遊っていう苗字になりたいの。

 推しと同じ苗字になるって、最高の推し活だと思わない?

 あ『推し活』っていうのは、推しを応援する活動?

 という感じの言葉ね」



 ここまで一気に説明されたけれど、正直、言ってる意味の半分も、瞬時には理解できなかった。

 落ち着いて話を整理してみた。すると、僕の頭の上にやたらと疑問符が浮かんだ。

 やっぱり頭を抱えたいほど、僕には理解しがたい内容だった。



「待って……それって僕が小鳥遊っていう名字じゃなかったら、結婚しようなんて言ってこなかったってこと……だよね?」



「それは無意味な質問かな。だって小鳥遊君が小鳥遊君じゃないことなんて、ありえないでしょう?」



「でも……その前に、久野さんが本当に好きなのって、その推しキャラの子、いまりんなんだよね? 好きでもない僕に、そういう理由で結婚を申し込むのって、どうかと思うんだけど……」



「どうかって?」



「動悸が不純と言うか……」



「小鳥遊君、不純じゃない恋なんてありはしないでしょ?」



 ……やっぱり、なにかが食い違う。

 おそらく久野さんと僕は価値観が違う。決定的に違う。

 まるで宇宙人と話をしているようだ。



 久野さんのアーモンド形の瞳は常に、僕のよく彷徨っているであろう目を直視していた。

 少し、怖い。ここまで意思疎通できない相手に、出会ったことがなかったから。

 けどなぜだろう。

 意味が解らなくても、怖くても、久野さんのことはどこか、嫌いになれそうになかった。



「け、結婚ってさ、久野さんは、本気で言ってるの?……本気だとしても、僕たちはうまくいかないと思うよ。そもそも『推し活』とやらのために好きでもない人と結婚なんて……考え直した方がいいよ」



「いいえ、きっと小鳥遊君と私はうまくいく。それに私が好きでもない人と結婚したいだなんて、誰が言ったの? 私は小鳥遊君の事好きだよ。ほら」



 そう言うと久野さんは、いまりんのぬいぐるみを僕の顔の横にかかげた。



「小鳥遊君、いまりんに似てるよ。名前だけじゃなくて、顔も。目も。髪も」



「それは結局、いまりんが好きってことでしょ?」



「いいえ。好きになるのに、理由はなんだっていいでしょう? 顔がかっこいいからでも、お金を持っているからでも、優しいからでも、推しに顔が似ているからでも。それに、推しと同じ苗字だから―――でも、さ。私は小鳥遊君のこと、これから好きになっていくよ。どんどんね。そういうものだから」



 なんとなく、久野さんの言い分もわかってきた。

 たしかに、正しい恋の始め方なんて、そんな作法はこの世にないだろう。

 恋にはいろいろあって、十人十色で、こんな始まり方の恋があってもいいはずだ、と。



「でも僕は……やっぱり自信がないかな。久野さんとうまくやっていける自信が」



「大丈夫だよ。三年間も同じクラスなんだもの。きっと私たちは仲良くなれる。卒業するころには、小鳥遊君もきっと、私のことを好きになってるから、ね」



 このとき初めて、いまりんに向けたものではない、僕に向けた久野さんの笑顔を見ることができたと思う。



「あ、小鳥遊君、携帯電話の番号教えてくれる?」


「……うん、そうだね。僕たちクラスメイトなんだよね。これからよろしくね、久野さん」


「うん、よろしくね。ああ、スマホがない時代だから本当に不便だね」


「ん? すまほ? って、また久野さんの専門用語?」


「何でもない。今のは忘れて、ね。ほら番号を交換――」








 驚くことに大学を出てすぐに、久野さんの予言通りに、僕たちは結婚した。

 今では久野さんは、めでたく小鳥遊という性を得て「小鳥遊あさひ」という名になった。



 そして子供もすぐに生まれた。男の子だ。

 やっぱりというべきかなんというか、僕たちは子供にあさひの推しと同じ「いまり」という名を与えた。

 それは子供ができるずっと前から、あさひが頑として主張していたことだったし、僕も納得している。

 今ではいい名前だと思っているくらいだ。



 いまりの目は、母親のあさひによく似たアーモンド形だった。

 だから僕は、いまりは母親似なのだと思う。

 だけどあさひが言うには、いまりは父親似らしい。



「綺麗な赤い髪と、赤い瞳が、あなたにそっくり」



 あさひは嬉しそうにそう言って、いまりの赤い髪を、幸せそうに、そっと撫でた。




 ――久野あさひの日記・1999年――


4月0×日


ようやく推しの父親に出会えた。推しの母親に転生したときはどうなることかと思ったけれど、これで無事に推しをこの世に誕生させることができる。

長い。推しのいない日々は耐えられないくらい長い。だけど、今日ようやく光が見えた。

父親の小鳥遊君を見つけたとき我を忘れて結婚を申し込んでしまった。

絶対に結婚しなければいけないという意気込みと、やっぱり一目でわかるほど推しの、いまりんの面影が濃かったから。

この転生した世界には髪の色も瞳の色も様々な人がいるから、そういった違いを気にする人は少ないのだけれど、私にとっては赤い髪と赤い瞳は、やっぱりいまりんの色は、特別だった。

高校生なのに急に結婚を申し込んで、変な女だと思われたことだろう。だけどもう引き下がれない。

私が転生なんかしなくても、久野あかりは小鳥遊君と結ばれて、いまりんを生んだ。きっと、もともと相性がいい相手。

だから私は小鳥遊君に好意を持っている。推しが増えてしまったかもしれない。

だけどやっぱり一番の推しはいまりんだ。

生まれ変わる前に冗談で「推しを生みたい」と言ったことがあるけど、それが現実になるなんて。

私は成さねばならない。いや必ず成し遂げて見せる。

自分で推しをこの世に誕生させるという、一番の推し活を。


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