開拓村の推し騎士 ～欠けた開拓地のそこそこ平和な日常～

日暮れ後、開拓村の食堂にて。

　こんばんはー。

　飲んでますねー。

　自分もご一緒してもいいですかね？

　え。兵士なのにワイン飲んでていいのかって？

　大丈夫ですよー。今日は早番でしてね。もうお仕事は終わりです。

　村の外周防壁の見回りでしたけど、魔獣も出なかったし平和なものでしたよ。

　しかしお酒の配給は久々ですね。大事に飲みましょう。

　え？　自分ら兵士も一人一杯ですよ？

　本当ですって。今のこの村で兵士はお酒が多く飲めるとかないですよ。公平です。不和やケンカの原因になるからって。

　お酒を含め、いろんな物資は開拓本部からの補給頼りですからねぇ。

　開拓騎士団だけで行動してた頃は、もうちょっと飲める量もあったんですけどねー。

　あの時に比べると人も増えましたから、飲める機会が減るのはしょうがないでしょう。

　この前に騎士様たちが、この村で採れた麦やトウモロコシでお酒を造れるか実験をしてるって話をしてました。

　そっちがうまくいくことを期待ですかねぇ。

　ああ、騎士様で思い出しました。

　さっきまで騎士様たちのお話をしてたみたいですね。

　入り口のあたりから聞こえるくらい盛り上がってましたが、どんな話をしてたんです？

　ほほう。

　推しの騎士様は誰かと。

　それって吟遊詩人（ぎんゆうしじん）の歌う騎士道物語とか伝説の騎士とかのソレではなく、この開拓村にいる九人の正騎士様ってことでよろしい？

　九人のほうね。

　剣、盾、弓、術、聖、岩、陰、獣、そして竜の騎士様。

　うーん。また危なっかしい話題ですねぇ。

　いやいや、自分に振らないでくださいよ。

　ほら、自分ら兵士としては騎士様って上司にあたるわけじゃないですか。

　なにを言ってもどこかでカドが立ちそうで、自分の口からはなんとも。

　逆に聞きますけど、皆さんは誰を推しているんですか？

　聞かせてくださいよ。

　あなたは盾騎士様と。

　ですね。あの人の土魔法ってすごいですよね。開墾（かいこん）場所の最初の土起（つちお）こし、一人でやっちゃいますからね。

　この村の外周にある、防壁の土固めも盾騎士様がやったんですよ。仕上げは岩騎士様ですけど。

　それで素の腕力もすごくて、魔獣退治もお手の物というね。

　そうそう。それでいて話しやすいんですよ。盾騎士様は自分ら兵士にも気軽に声をかけてくれるし。

　身分は正騎士なのに距離感が近いですよね。良い意味で。

　思えば、村の人と直接話す機会が一番多いのって盾騎士様かもしれないですね。

　あなたは術騎士様？

　あぁー、そですね。美人さんで言動が無邪気で胸が大きいって反則ですよね。

　こないだは「ちょうちょー」って言いながら青い蝶を追いかけてましたし。

　でも、前は全然違ったんですよ？

　無口で無表情で、人を近づけさせない空気をまとってましたね。

　クールビューティーというか高嶺（たかね）の花というか。いやホントホント。

　で、あなたは剣騎士様と。

　ちなみに理由は剣のほう？

　それとも料理のほう？

　お料理。

　なるほど。無理もないですよねー。

　あの方が料理当番に混ざってると食事の味が明らかに違いますもの。

　しかし兵士視点としては、あの方の剣の腕に憧れますねー。

　ここの騎士様たちは全員お強いですが、あの剣筋は別格です。

　兵士への剣技指導も的確ですしね。厳しいですけど。いやもう相当厳しいですけど。

　そしてあなたは、おぉ、獣騎士様？

　いいですよね獣騎士様。

　使い魔にしている動物たちとじゃれあってるのが、またいいんですよね。

　あぁ、獣騎士様ご本人に「かわいい」は禁句です。気にされてるみたいなので。

　いや気持ちはわかりますよ？　実際すごくかわいいですし。

　言うときは動物たちのほうに向けて言いましょう。さもないと騎士様が機嫌を悪くされます。

　でもねー。つい言いそうになるんですよねー。

　とくにキツネの子を抱っこしてるときとか最高ですよね。

　お互いすごく楽しそうな顔して、キツネの子の金色しっぽがブンブン揺れてて。

　あれ、リスさんとのほうがいい？　まあそれも悪くはないですが、あのリスさんはキツネの子に比べると、わざとらしさというか、あざとさを感じてしまって。

　え、そちらの人はクマ派？　獣騎士様を後ろからベアハッグしてるのがいい？　体格差かぁ。うーん。

　フクロウ派もいらっしゃる？　肩を並べて真剣に見張りしてる横顔がたまらない？　ちょっと状況が限定すぎやしませんか？

　なんかいろんな意見が出ますね。

　でも待ってくださいよ。やっぱりキツネの子でしょう。

　それぞれ魅力があるのは認めますよ？　皆さん好みがあるのもわかりますよ。わかりますけども！

　……すみません。一度落ち着かせてください。

　ちょっと興奮しました。

　んー、酔ったかなぁ。ワイン一杯だけなのに。

　獣騎士様の話題は組み合わせの方向性で荒れることがわかりました。

　他の方の話をしましょう。

　弓騎士様や岩騎士様は今だと技術指導が主ですね。

　学ぶ人たちは厳しいイメージを持たれてるかもしれませんが、本来は優しい方ですよ。

　竜騎士様とか聖騎士様とかは皆さんと接する機会が少ないですが、あの方々もそれぞれ魅力がありましてですね。

　おや、どうしました皆さん。

　急に静かになって。

　どこ指さしてるんですか。後ろですか？

　っ！？

　陰騎士様じゃないですか。いつの間に。

　酒が入っていたとはいえ、全然気が付きませんでした。

　え？

　いつまでたっても陰騎士様の名前が出てこない？

　そりゃまあ確かに、あえて話題から外してはいましたけども。

　いや、なんでって。

　今あなたの話をしたら、絶対あの事件の話題になるでしょ。

　陰騎士様が女湯に正面から堂々入場して撃退された事件。

　いや、そんな顔されても。

　目撃者多数の事件でしたし、この村の住民は全員知ってますよ。

　この状況で陰騎士様の名前を出すのはさすがにアレかなと思って。

　あら？

　うわ、もういない。

　相変わらず神出鬼没（しんしゅつきぼつ）ですね陰騎士様。

　あー皆さん。一応フォローしときますとですね。

　実は、兵士の間だとそれなりにいるんです。陰騎士様推し。

　あの人は兵士同士のバカ話にも自然に混ざってくるし、盾騎士様と別の方向で話しやすいんですよ。

　そして、あの人の技術がなかったら、自分たちは呪術関連の対応や魔獣除けにもっと苦労していたでしょう。

　それこそ、多くの死人が出るくらいには、ね。

　推しの話をするのは構いませんが、他人の話だけで相手を判断しないでくださいよ？

　推せるって感情は自分で感じてこそ、でしょうから。