恋する器官
悠井すみれ
第1話
玄関のドアを開けると、エメラルドグリーンのゼリー状の塊が私を出迎えた。私の視界をいっぱいにするくらいの大きさの、綺麗な緑色のたゆんたゆん。彼の身体越しに見える廊下やその先のリビングは、メロンソーダに沈んだみたいに澄んだ色に染まっている。
彼──.)W<.|PNという星から来た、FBL#クMPオウ'という人。……人? スライム状で、気分によって溶けたり固まったり触手が生えたりトゲトゲしたりする──人には見えないけど、知性体。
地球人には計り知れない文化と生殖方法と恋愛観を持つ.)W<.|PN星人は、遥かな宇宙を越えて伴侶を探したりするんだって。つまりはFBL#クMPオウ'は、私の夫ってことになる。.)W<.|PN星人に性別はないんだけど、地球人にはあるからね。実際とは違うのは分かってるんだけど、私の言葉だとそういう表現になっちゃうってこと。
「ただいま」
私の声に応じて、FBL#クMPオウ'はふるふると震え、ゼリー状の身体をすこし蕩かせた。涼やかなエメラルドグリーンの見た目とは裏腹に、心地良い人肌──地球人基準でね──の温もりが私を包み込む。ただいま、とお疲れ様、のハグってところ。そうして私はFBL#クMPオウ'に包み込まれてリビングのソファへと運ばれる。
「あーそこ、気持ち良い……!」
地球人の身体の造りを把握してくれてる彼のマッサージは巧みで、思わず変な声が漏れちゃう。一応夫婦生活みたいなこともあるから、その時ほどじゃないけど。
彼ってすごいんでしょう、とか。夜はどうなの、って。おずおずと、あるいは好奇心たっぷりに聞かれることもよくあるけど、そしてまあ実際すごいんだけど、夫婦のスキンシップって一方的じゃないはずでしょう? とぷり、と指に纏わりつく彼の感触、心地良い抵抗感を楽しみながら、FBL#クMPオウ'の_{}キレ&器官──彼の真ん中にある核のようなところ──を撫でてあげると、嬉しそうな震えと体温の上昇が返ってくる。
「寂しかったでしょ」
こんな巨大なスライムは、外に出たら目立っちゃうもんね。友好的な
「大丈夫。何もされてないよ。それにね……えっと、これの上手い説明を発表しようか、ってなってるんだって」
_{}キレ&器官を愛撫しながら囁くと、FBL#クMPオウ'は疑問を浮かべるようにたゆんと揺れた。
FBL#クMPオウ'は、っていうか.)W<.|PN星人は、地球上の生物みたいな五感に頼らない。熱も音も光も、私たちには分からない感覚で把握してはいるんだろうけど、その感覚をお互いに伝え合うのはなかなか難しい。私は、夫の名前さえ発音できないし、彼も私の名前を呼べない。それでも何となく意思疎通できているのは、彼らの_{}キレ&器官のお陰、らしい。
地球人の感覚器官には当てはまらない──テレパシー的な、第六感的な、何だかすごい器官。脳波とか電磁波とかを感知するんじゃないかって説もあるらしいけど、それにしても何光年も先からこの星を──っていうか私を、将来の伴侶の存在を感知するのはどんな精度よって話になるよね。だから、物理的に観測できるものじゃないんじゃないかなあ。
どうせ私たちに分からないものなら、科学的・論理的な説明じゃなくてもっとロマンティックにしちゃっても良いんじゃないか、って意見も出てるんだって。私としては全面的に賛成だ。
「ね、貴方は──これの感覚に従って地球まで来たんでしょ?」
肯定を表す震え。
「で、会った瞬間に私にも分かった──感じたの。なんていうか、びびっと」
肯定に、喜びが混じった少し激しい震え。彼に包まれて、ふよふよ、ぷよぷよと宙に漂うような感覚があって──私も楽しくて、嬉しい。
「それはひと目惚れって言うんだよ、私たちの言葉だと」
.)W<.|PN星人には理解しづらい概念なのかもしれない。FBL#クMPオウ'は、私を体内に抱え込んだまま、頼りなくふるふると揺れている。愛しい温もりと柔らかさに微笑んで、私は続ける。分からなくても、使う言葉が違っても、感じ方や愛し方に通じるものがあるなら、いつか、きっと。
「運命の相手に会うために、第六感で飛んできた宇宙人──は、たぶんみんな気に入ると思うんだよねえ」
そうかなあ、とでも言うかのように、FBL#クMPオウ'は私をますます深く抱え込む。唇を塞がれてもどういう訳か呼吸ができるのは、彼らは身体の組成もあるていど変えられるからなんだって。とても不思議だけど、地球人のキスを見て覚えてくれたみたいだから、とても嬉しい。
掌で包んだ_{}キレ&器官から、甘い囁き──のような──彼の想いが伝わってくる。
「……うん、いつかはちゃんとやろうねえ、この星の結婚式」
そしてさらにその次は、彼の星でも。大切な伴侶と共に見る夢は、FBL#クMPオウ'みたいに温かくて幸せなものだった。
恋する器官 悠井すみれ @Veilchen
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