作家同士の慰め合いに見せかけて糞の投げつけ合い話

ゼフィガルド

お題は『絶望』…のはず

 『原田 作中(はらだ さなか)』にとって、ネットとは戦場であった。彼はしがない二次創作作家であり、気に入ったサブカルチャーのSSを読み漁っては、自らも何かしらを執筆していた。


「ファァアアアアアック!!」

「うるせーカス!!」


 二次創作者同士が集うチャット部屋のライブ映像にて、彼は中指を立てていた。それに反応したのは、彼の長年のライバル。いや、宿敵でもある『春原 芽愛理(すのはら めあり)』であった。


「俺は『艦☆線』の二次創作が読みたくて、このチャット部屋が運営するSNSに入ったってのに!!」


 『艦☆戦』。正式名称は艦隊戦線という、艦船を美少女に擬人化した非常にありふれたソシャゲでもあり、かくたるシナリオが用意されていない事から二次創作に着手する者は非常に多く、原田もその一人であった。

 しかし、いざ足を運んでみた先にあった作品の数々に彼は絶望していた。かくたるシナリオが無いと言えども、ゲーム的に配置される仲間や敵対者などで。ある程度の世界観は示唆されていた。


「かくたるシナリオが無いって事は。私達は好きな物を書いても良いの。そう、どんな想像や設定を使ってもね」

「だからって、後方待機しているプレイヤーがロボットに乗って最前線に上がって来るんじゃねーよ! バーカ!!」


 原田が絶望しているのは、このジャンルにおけるSSのあまりにも無法地帯な所にあった。彼はいわゆる『原作厨』と呼ばれる人種であり、原作から大きく逸脱した二次創作に対しての評価は非常に厳しかった。

 彼が期待に胸を馳せ、入会したSNSに掲載されているSSはそう言った物が非常に多く。光の巨人に変身したり、バイクに乗っている装甲戦士。果ては宇宙の果てから飛んできたスーパーヒーローなんて物を主人公のアバターに使っている者も居た。


「嫌なら見るな! 嫌なら見るな!!」


 原田のバッシングに反応したのは、春原以外にもライブに繋いでいた大学生位の青年『江宮 雄一(えみや ゆういち)』であった。件のSNSをトップで走り続けている男であり、その創作歴は小学生にまで遡るベテランだった。

 そして、同時に原田が最も忌むべき存在として認識している相手であり。また、江宮も原田の事を蛇蝎の如く嫌っていた。


「見たくなくても更新された記事ランキングにお前の書いたのが上がって来るんだよ! P-1さんマジパねぇ~~!!」

「うるせぇ。原作厨のリアリティ偏重主義者が! お前の読んでいても展開遅いし、ストレスたまんだよ!」


 P-1とは。江宮が書いて居る二次創作に出ている主人公のあまりの万能ぶりを揶揄した物であり、原作厨である原田以外の作家達も他のSNSで陰口を叩く際に使われている程の物だった。それが面白くなく、評価されていないのなら溜飲を下げる事も出来た。


「あぁ。クソ! どうして、原作を尊重していない物よりも。お前らの方に人気が出るんだよ! 畜生!」

「読者の需要をハッキリ理解しているんだね」


 原田の書いて居る作品は全体的雰囲気も重く、戦闘の凄絶さを表現する為にグロテスクな描写が多用されており、まだ極度の緊張状態を演出する為にもキャラ同士の口論や衝突なども包み隠さず描いていた。

 一方、春原や江宮の作品は。例えどんなに強敵が現れたとしても鎧袖一触。あるいは誰も死ぬことも無く、主人公のアバターが颯爽と敵を片付け、その後は色々なキャラに囲まれて益体も無い日常を繰り返していた。近頃は戦闘すら面倒臭いのか、もうイチャイチャするだけの話ばかりだった。


「お前らのそのスッカスッカな中身に比べて、なんで重厚な物を書いている俺のがウケねーんだよ!!」

「重厚(笑)。こんな娯楽が溢れた世で、そんなに消化に時間の掛かる物を好き好んで読む奴の方が少ないわよ! 仮にいたとしても。WEBの! 二次創作の! 女の子がキャッキャする『艦☆線』に! そんな物を求めている奴はおらんわ!」


 悲しきかな。付けられたコメント数の差を鑑みた時、春原の言葉を否定できずにいた。そこが彼の二次創作における一つの絶望と言っても良かった。


「クソッ! 何故だ。俺達はバトル漫画の何に感動していた! ラブコメディの何に感銘を受けていたんだ!」


 彼はバトル漫画におけるギリギリの遣り取り。それも主人公が深く傷ついたり、または仲間が死ぬほどの激戦を繰り広げている様なシナリオを好んでいた。また、恋愛においても。近づいたり、近づかなかったりする淡さや甘酸っぱさを堪能している所もあった。

 そうやって受けた感動を、自分が気に入った作品の。別の誰かが描いた二次創作の中で繰り広げられるのを期待していた。

実際に外ればかりを引いていたわけではない。中には、舌を巻き。感銘を受ける様な二次創作にも触れて来た。


「何か。苦戦したり、推しが死んだり。キス一つでキョドっていたりするのって。展開が遅くて腹立たない?」

「そんなに手っ取り早く結ばれたいのが見たいならエロ本見ろ!」

「お前。交流をメインにしているSNSのターゲット層に何を期待してんだよ」


 春原の冷めた声が原田を諫めた。実際に原田のコメント欄には『難しくて分からない』『暗くてヤダ』等の感想が寄せられており、これがまた彼の堪忍袋の緒を刺激した。


「クソがぁあああああ!」

「こんだけ言いながら許されるのって。コイツが一応は全員の分をコメントしているからだよな…」


 とか言いながらも。ちゃっかりと全員の分を読んでコメントしている生真面目さが、彼を憤怒と絶望のレミングスに駆り立てていた。勿論、この会話で使用している様な罵詈雑言は一切使用せずに丁寧な文章でコメントしていた。

 だが、読めども、読めども。彼のお眼鏡に敵う者は少なく。大体は最強の主人公がゲームにおける主役である彼女達を差し置いて活躍するか、恋愛の過程を省いた上でイチャイチャを繰り広げる話が多かった。


「てか、そんなに嫌なら。それこそアンタが感銘を受けたって言う二次創作が掲載されている大手のサイトに行けばいいんじゃない?」

「嫌だよ。向こうに行ったら、誰からも相手にされないじゃん」


 春原の提案は最もであったが、この尊大で臆病な自尊心を持つ原田は決して動こうとはしなかった。このチャット部屋で経営されているSNSでは少なからずのコメントが付くので、文句を言いつつ居座るという害悪めいた存在になっていた。


「やっぱり、ここって井の中の蛙なんだよね…」

「だよなぁ。そもそも俺達が読めているのだって『艦☆線』の二次創作だからだし。いっぺん、大手の投稿サイトに一時創作を投稿してみたけれど。やばいぞ」

「何がどう?」

「……PV数。此処での閲覧数以下だった」


 某大手のサイトとはCMでも放送されている位の小説サイトであり、そこから書籍化、漫画化、アニメ化のステップアップを踏んだ作品も世に出回っているが。大半の作品は江宮が書いた物の様に。ロクに読まれずに放置されていた。


「やっぱり。アレだな、うん。二次創作は色々な発想を持って作られるべきだな」


 そんな話を聞いて、原田は尻尾を巻いて逃げ出す様にして。先程の強固な姿勢を改めた。その際に、彼は自覚せざるを得なかった。


「(あぁ。やっぱり重厚な二次創作だの云々言いながらも)」


 それを読まれて評価されたいという承認欲求は、人並にあり。それがスルーされる事が耐えきれない癖に、いっぱしの評論家を気取る齟齬が。矮小な内心を『恥』という刃で切り刻んでいた。


「もっと気楽に創作しろよ~。否定されない為には、否定しないのが一番」

「畜生。畜生ぉおお!」


 それは絶望と言うにはあまりにも矮小な話ではあるが。互いにお世辞を言い合う快適な村の中でさえ、満足できない。身の丈に合わない自尊心と実力をもなったワナビ―の話でもあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

作家同士の慰め合いに見せかけて糞の投げつけ合い話 ゼフィガルド @zefiguld

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る