推し事先の居酒屋で推しとkp!

西沢哲也

第1話

今日も尊かったからkp!!


と心から乾杯の音頭を執る。

土曜のとある地方の居酒屋は平日の仕事帰りに飲む常連よりも観光客と思われる一見さんで溢れていたが、俺もその一人である。

入り口から見える位置のカウンターにすわり、流れで注文した生を片手に振り返るのは今日の推し事であるアイドルグループ『ミラージュ・ナイト』通称『ミラナイ』の地方巡業ツアー初日だ。


ミラナイはデビューして数年でトップアイドルとはまだ言えないが、全国ツアーができるくらいには人気が出るようにはなった。センターの底抜けた明るさが特徴の杏樹ちゃんと俺の推しである清涼感のある声が特徴で清楚担当の千夏ちゃんがツートップとなり人気を博していた。

そんなミラナイをデビュー時から追いかけ始めてきた俺は初の全国ツアーが実施されると発表されたときには全日程の切符・宿を探し出し、必死に仕事を頑張ってきたのである。


そんなアイドルおたくの俺は某一人で料理を食べに行く漫画を見ていた影響で旅先の知らない店で外食をするのが趣味になっていた。


お通しのなますをキレのある黄金の飲み物で流し込むと、メニューに目を落とし地酒とメインとなる鰆の蒸し焼きと串カツを注文し、じっくりと店内を見回す。

するとガラガラと音を立てて、次の来客がやってきた。


「お一人なんですけど、席は空いていますか?」

と、細くかわいらしい声で女性は店員さんに告げると俺の二つ横に腰掛け、彼女もまた生中を流れで注文し、ふとメニューに目線を向けていた。


(かわいいな……)


初対面で一目ぼれした。


(いやいや、今日は推し事できているのにリアルの女性に見とれていてどうするんだ)


俺は首を振って現実に戻り、やってきた地酒を片手にSNSを開いて今日のライブの感想を語るに逃げた。

(酸味の中に感じるまろやかな舌触りを味わいながら語るつべったーは最高やな)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


そんなことを思いながら、飲み進めているとメインデッシュの鰆の蒸し焼きと串カツがやってきた。そして、店員さんが申し訳なさそうに

「すいません、席が混み始めてきたので隣の方と詰めて座ってもらってもよろしいですか」

と聞いてきた。アルコールが回り始めて気分がよくなってきた俺はすぐさま了承し、隣に腰掛けてきたのは先ほどの彼女であった。


彼女も男の隣でよく許可が取れたなとは思ったが、おひとり様で行ける勇気があるならその延長線で相席もいけるのではないかという理屈もあるのかなとは思った。

彼女は何かの縁ですからと二杯目のハイボールを片手に乾杯を持ち掛け、俺は三杯目となった冷のグラスを持ち上げ乾杯した。


「今日は観光でこちらに来られたのですか?」

(ん、急に話しかけてきた…… ちょっとごまかすか)

「いやいや、推し事で、ですね……」

「へー、お仕事って何をされているんですか?」

「しがない会社員ですよ。貴女は?」

「自営業で少々…」

「自立しているようで羨ましいです」

「いえいえ、そんなことないですよ」


少しの間が開く。口に含んだ和らぎ水で心を落ち着かせる。


「いやー、推し事先でも貴女のような美しい方がいらっしゃるのですが、ちょっと見惚れてしまい申し訳ありません」

「いいわ、そのお仕事について教えてほしいわ?」


俺は困惑しながらも好調した気持ちが抑えきれず語りだす。

「いや、その方は容姿はもちろん素敵なんですけど、とにかく性格に惚れていまして、言動が破天荒で周りからは清楚担当とは? って言われているのですが、周りのメンバーやスタッフへの態度を見ていると誰よりも思いやりのある人なんだなって思いまして……」

「そう、それだけお仕事先の美人さんに興味があるのね…… さすがの熱意ね」

「いやーですからね!」


「推し活?」

(口を滑らせてしまった…… えっと……)


「あっ! です! おいしいもんですからつい……」

「そうですか……? (ヘタレっ……)」


何か聞こえた気がして

「ん? 今何か??」


「いやなんでもないですよ。そうしたら私はこれで失礼しますね。明日の推し事もよろしくお願いしますね?」


俺は固まった。

(え? どういうことだ?)


グラスの冷たさが紅潮した手のひらで温くなる感触を味わいだすとようやく頭の整理がついて、真意を訪ねようとするころにはもうすでに彼女はいなくなっていた。


これは幻なのか?


温くなった日本酒を最後に流し込み喉が熱くなるのを感じると、また不思議な彼女の顔をリフレインして頬が紅潮した。


(やっぱりあの顔? 千夏ちゃんなのかな? 確かめようがないけど……)


もやもやした感情を抱えたまま勘定をして暖簾をくくると気持ちを落ち着かせるように風が吹いていた……

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