オシアイシマイ

燈外町 猶

巡り巡って。

×


「はぁーい! はぁーい! ハイハイハイハイっ!!」

 舞台上で熱唱する私達の声量はおろか、演奏や音響効果すらも凌駕する観客の合いの手。

 その中に混ざっている特徴的なキュートボイスのせいで、私は一瞬笑顔を崩しそうになってしまった。

(来るなって言ったのに……羽衣ういのやつ……!)

 もともと目立つのは苦手なのに、彼女が来ているとわかれば体は一層固くなる。

 そんな私がなんでアイドルなんかやっているかって?

 それは全部、妹の羽衣のせいだ。


×


「お姉ちゃん見て見て見てこれこれこれこれすごいことになってきたよ!」

「……なに?」

 高校一年生の夏休みの昼下がり。この世で最も気だるいそんな時間帯にはおよそ似つかわしくない妹の快活な声が、ソファの上で微睡む私しかいないリビングに響き渡った。

「ほら! 書類選考通過!!」

「………………はぁ?」

 顔面に突きつけられたのは、仰々しい一枚の紙っぺら。どうせライブかなんかのチケットが当たったとかだろうと思って適当に文字を追っていくと、その内容のせいで脳がどんどん覚醒していく。

「ごめん……要約してもらえる?」

「つまり! お姉ちゃんは今日からアイドルってわけ!」

 つまり、妹が勝手に応募して、なんの手違いか通過してしまった、とのことらしい。

「…………あほくさ」

 まだ一次選考だし今からでも取り下げてもらおう。なーにが今日からアイドルじゃい。自分の方がよっぽど向いてそうなくせに。

「くさくなーい! ほら次は歌とダンスの実技オーディションだよ! 二週間後!」

「行くわけないでしょ。一次とはいえ私なんかを通すとか怪しいし」

「いやいやいやいや超大手の事務所だから! というかお姉ちゃんの歌唱力で通らなかったらそっちの方が怪しいよ!!」

 こいつ……私の歌も勝手に送ったってこと? ……そういえばこの前一緒にカラオケ行った時、いやにスマホいじってるなーとは思ってたけど……録音してやがったのか……!

「いいじゃんいいじゃんお姉ちゃん、毎日暇だーって! 早く学校始まれーって言ってるじゃん! 暇つぶしだと思ってチャレンジしてよぅ!」

「そんなん、真面目に目指してる人に失礼でしょ」

「失礼!」

「じゃあ」「でも大丈夫!」「……なにが?」

「だってお姉ちゃんだよ? 暇つぶしだろうがなんだろうが、一回やるって決めたら手ぇ抜くわけないじゃん。本気でぶつかるなら失礼にはなんないよ!」

「…………」

 なんなんだ、その無責任な信頼は……。

「ねっ! いいでしょいいでしょお姉ちゃん! ねっねっ?」

 はぁ……。夏休みが暇過ぎるだけ。それだけ。決して。けっっっしてこの妹が可愛すぎて断れないとか、そういうんじゃない。いや可愛すぎるだけど。

「…………やるだけやる。でもさ羽衣」

「なに?」

「アンタ私のこと過大評価しすぎ。ダメでも……ガッカリしないでね」

「しないしない! ん〜ふふ〜ふふ〜やった〜これでお姉ちゃんの魅力が全世界に伝わる……!」

「存在しないもんは伝わりません」

 そんなこんなで。

 二週間ぴっちりアイドルオタクな羽衣指導の元、歌と踊りを鍛え挑んだ二次審査。さらに「妹のせいでここまで来ました。が、勝ち残りたいのは私の気持ちです」と本心をぶちまけた最終審査(面接)にも何故か通ってしまい……

「モギモギー!!」

「こっち見てーーー!!!」

 新生アイドルユニット【ユーリカ】の一員・モギとして今、こうしてステージで汗を流している。


×


 活動を始めてからなんやかんやで三年。アイドルになったことに後悔はない。いろんな発見があって、人生に良い刺激をもたらしてくれている。

 一点苦言を呈すなら……妹の推し活が酷い。

 自室のみで完結するならまだ許せるが、家族共有部である玄関、階段の壁やトイレに至るまで、ポスター・チェキ・ポストカード・アクスタが飾られている始末……。

 家族も「えっ? いいじゃん」って感じで止める者はおらず、私が注意しても羽衣は「推し活だよ~っ!」と言って止まらない……。

 いい加減、この現状をなんとかせねばと私は頭を悩ませていた。

「お姉ちゃん! これどういうこと!?」

 久しぶりの休日をリビングのソファで寝転がって堪能していると、いつもの調子で羽衣が駆け込んでくる。

「どうしてお姉ちゃんの衣装だけ布面積が多いの!? 顔しか肌見えないじゃん!」

 手には今日発売の週刊青年誌。そういえばこの前撮ったグラビア、今週号に載ってるのか。

 みんなそれなりにセクシーな装いをしているけれど、私はいろいろと配慮してもらった。ホワイト事務所に感謝。

「そういう衣装だし。なんか問題でも?」

「えっちすぎる!!! 特にこの黒レース手袋!! 犯罪!!!!」

「どういう思考回路?」

「だって……想像の余地が……」

「想像もなにも今見てんじゃん」

 人前に出るならありえないけれど、今の私はタンクトップに短パン。肌露出面積はべらぼうに多い。

「お風呂だってついこの間まで「待って!! 言わないで!!!」

 慌てて私の口を両手で覆った羽衣。ハンドクリームのいい香りが脳を揺らす。勘弁してくれ……。

「お姉ちゃんである柊木ひいらぎ よもぎとアイドルグループ【ユーリカ】のモギは全然別物なの……私の脳をバグらせようとしないで……」

「してないわ」

「どっちも大好きなの……お姉ちゃんもモギもどっちも好きぃ……」

 年頃の乙女にあるまじきベタベタ具合を発揮して私の胸元に埋まる羽衣を、反射的に撫でてしまう。

 しかし……ふむ。

 私は妹である柊木 羽衣は好きだけど、【ユーリカ】のファンである羽衣は正直苦手……というか困ることが多い。

 では、どうだろうか。こうしてしまうのは――。


×


「お姉ちゃん! これどういうこと!?」

 自室で勉強をしていると、ノックもせずに飛び込んできた羽衣。あまりにも想定通り過ぎて気の抜けた笑いが出る。

「何ってそこに書いてある通りだよ。おめでとう、今日から羽衣もアイドルだ」

 私はただ、やられたことをやり返しただけ。【ユーリカ】に姉妹グループが結成されるのはマネージャーからちらほら聞いていた。だからオーディション情報にアンテナを張り、受付開始日に羽衣の魅力を詰め込んだ書類を投函しただけのこと。

「くっ……」

 当然羽衣も自分の身に起きたことは理解しているらしく、説明を求めに来たというよりかは、憤りをぶつけに来た、といった感じだろうか。

「わ……私なんかが通るなんて絶対怪しいオーディションだよ! 節穴審査員しかいないよ!」

「元はと言えば羽衣が大手で安全だっつって勝手に応募したんでしょうが。それに羽衣の可愛いさで通らないならそっちの方が怪しい」

「ぐぬぬ……!」

 そう。羽衣は可愛い。姉の私が言うのだから間違いない。愛嬌もあるしお喋りも上手、運動神経だって私よか良い。歌はこれから上手くなればいい。

「私がされたこと、ぜーんぶやり返してやるからな」

 自分がやられて困ることがわかれば、私への過剰な推し活も息を潜めるだろう。

 そりゃ嬉しくないわけないけどさ……それでも嫌じゃん、自分より可愛い存在が自分のこと可愛いって言ってくるの。

「だ、だってそれは私が……お姉ちゃんのことが好きだから……。お姉ちゃん私のことそんなに好きじゃないでしょ! お金と時間の無駄遣いだよ!」

「はぁ? この世界に存在する概念の中で一番好きだが?」

「えっおも!!!」

 考えてみれば羽衣は私の推しなわけだし、私が推し活をしない意味もわからない。これからはこっちも好き勝手やらせてもらおう。……なんか意味合い変わってきたな?

「グッズ、たくさん買うからな」

「はぅ!」

「ポストカードもタペストリーも至る所に貼るからな」

「ひぃ!」

「限定チェキも撮りに行くからな。二人で一緒のポーズしような」

「ほぇ!? 嬉しいけど……怖い~!」

「ああ、あと今日は一緒にお風呂に入ろうか。なんで最近一緒に入ってくれないのか10文字以内で説明してもらおうか」

「急になに!? ……だってモギと一緒にお風呂とか考えただけでも死んじゃうっていうか……」

「はい文字数オーバー。罰ゲームとして私の抱き枕になってもらう。なぁに羽衣の抱き枕カバーが発売されるまでの辛抱だ」

「一緒に寝ろってこと!? 無理だよそんなの緊張して眠れない!」

「羽衣から始めた推し活でしょ? わがまま言わないの」

「なんか真面目な顔でさとしてくるけど言ってることは変態さんだよぉー!」

 そんなわけで。

 愛おしい妹の羽衣、そして姉妹グループ【スクリュー!】の新人アイドル・コロモたんへの推し活が今、始まる。

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