猛人一族の里

結騎 了

#365日ショートショート 067

 官兵衛は男の首を力の限り絞めた。ぐぎぎぎ。ぎ、ぎ、ぎ……。

「このまま死ぬか。さもなくば、お前たちの里の場所を教えろ」

 首を絞められた初老の男は、青白い顔で眼をぐるりと剥いたまま、小さく唸った。

「馬鹿、め。お前は、なに、も、分かって、いない」

 紫の唇をつたい、ひゅるひゅると、残り少ない息が漏れる。うっ、だめだ。このままでは本当に殺してしまう。官兵衛は反射的に手を離す。

 げほっ、げほっ。大きく咳き込む男を足蹴にし、官兵衛は吐き捨てるように言った。

「私は、お前たち猛人もうとの一族が住まう里をどうしても見つけねばならない。気づいているだろう、これは復讐だ。私の父と母は、暗殺を生業とする猛人一族の誰かに殺められた。しかし、お前たちの誰が手を下したか、それが分からぬ。つまり、猛人の里を全て焼き払う他にない。そうでもしなくては、私の気はおさまらないのだ。やがて、苦労の末にお前を探し当てた。猛人一族の一人であるお前を」

 やっと息が整ってきたのか、男は薄ら笑いを浮かべながら額の汗をぬぐっていた。

「先刻、言ったであろう。お前はなにも分かっていない」

「なにを抜かすか」

「ならば教えてやろう。猛人の里は、なくなったのだ」

 官兵衛は目を丸くした。なにを言っているのだ。

「お前のような復讐に駆られた者が次々と現れ、後を立たなかったのでな。我々、猛人一族は、里をなくした。いや、里の在り方を変えたのだ」

「ふざけたことを」

 胸ぐらへ手が伸びる。しかし、男は俊敏な動きでその手を弾き飛ばした。

「つい先刻は、油断してしまったが。しかし、ここからはそう簡単にやらせぬ。猛人一族に伝わる技、望むならいくらでもご覧に入れよう」

 思わずたじろぐ。佇まいに隙がない……。さすがは暗殺家の一族というわけか。官兵衛は一歩だけ後退りをし、気圧された様子が悟られぬよう大声で問うた。

「先刻の話、詳しく聞かせてもらおうか。猛人の里はどこへいったのだ」

「よろしい。どうせお前に実態は掴めぬ」

 男は得意げに続ける。「いいか、里がなくなったのではない。一族が一箇所に在ることをやめたのだ。我々は長年、鳥や犬の訓練を繰り返してきた。これにより、正確な伝達が高速で行えるようになったのだ。普段はそれぞれ離れた里に散り散りになっているが、常に文で連絡を取り合い、いざという時は一堂に会する。これが、今の里の在り方だ」

 そんな。官兵衛は体から力が抜けていくのを感じていた。自分を突き動かしていたこの復讐心は、叶わないのか。

「しかし、それは困るではないか」。官兵衛は食ってかかる。「里というものは、同じ場所と時間あってのものだ。毎日お互いに顔を合わせ、挨拶をするから親交が深まる。それを蔑ろにしてはいけない」

 男は、笑いが堪えきれないようだった。

「上等だな。そうさ、お前のような考えを曲げないご老人もいた。だから、里の運営から外れてもらったのだ。いいか、これからの時代はきっと、一族が同じ場所にいなくてもいいことになる。散り散りになっていれば、疫病もうつらず、天災で全滅することもない。文さえ交わせればそれで十分なのだ。元より暗殺は少数精鋭。いざという時に首を掻ければそれでよい」

 すっ、と男が消えた。刹那、官兵衛は首元に違和感を覚えるも、気づいたらその首に二本の腕がかかっていた。いつの間にか背後に回っていた男は、力を込めればいつでも官兵衛の命を奪える。得意げに口角が上がっている。

 くそう、官兵衛は悪態をついた。「お前たちのような、人と人との触れ合い、温情を蔑ろにするような一族を、私は決して許さないからな」

「ふん。好きにすればいい。離れていても我々一族は繋がっている。これを新たに離猛人と呼んでいるのだ」

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