第30話 ちょっとだけ異質なお見合い
既に僕は居たたまれない気持ちに苛まれていた。
カポーン、と心地よい鹿威しの音が、逆に静寂感を強めていく。
四鈴村からそこまで離れていない、高級な料亭。閑静な日本庭園の風情を眺めたいところだけど、そうも言っていられない。
なんだかいかにも高級そうな和風の個室に座らされ、僕はぎこちなく貧乏ゆすりを繰り返している。丁寧に正座した足裏はすでに痺れ始めている。
ちなみに、僕は結局制服でここに来た。流石に僕の分の着物までは用意出来なかったから仕方がない。ある意味助かった気分だけど。
「遅くなって申し訳ございません」
「い、いいえ。本日はよろしくお願いしましゅわ」
相手がようやく現れた。
赤い着物に長い茶髪を結い上げた女性。二十歳はおそらく超えているだろう。そして、端正な面持ちでかなりの美人さんである。
桜花さんが丁寧にお辞儀をするのに合わせて僕もお辞儀をした。
しかしまぁ、お見合いの場に同席したのは初めてだけどさ、二人とも女性ものの振袖を着ているお見合いなんてそうそうないんじゃないか? なんだか不思議な空間だ。言われないと、とてもじゃないけどお見合いだとは思えない。
「初めまして。虹野グループの、虹野千早と申します」
「は、は、は、はにめまして! わたきゅし、そめさきおうきゃと……」
さっきから桜花さんは呂律が回っていない。明らかに緊張している。
そんな二人の傍らには唐草模様の着物と、薄紫色の着物を着た女性が二人、深々とお辞儀をしながら、
「この度は遠路はるばる、我が染咲グループとのお見合いに応じてくださりありがとうございます」
「いいええ。こちらこそ、素敵なご縁が結ばれることを祈っております」
と澄ました顔で挨拶を交わしていた。
「お、お父様……」
おっと、そうだった。前言撤回。この薄紫色の着物を着た方は女性ではなく男性だ。しかも、桜花さんのお父さんときている。つまり、染咲の今のトップだ。しなやかな金髪とスラっとしたスタイル、綺麗な肌、高い声、どこからどう見ても女性にしか見えない。
それにしても、この現状。
――僕、ここにいる必要ある?
親が同席しているなら、正直僕は来る必然性があったのだろうか。さっきからずっと疑問に感じている。
だけど……、
「それじゃあ、後はお若いお二人でごゆっくり」
「ですわね。それでは失礼します」
――いや、早すぎない?
お見合いが始まって数分も経たないうちに両家の親御さんたちは部屋を出て行ってしまった。曲りなりにも有名グループのトップなのだから、もう少しきちんとやるべきなのでは。ついでに言えばお二人だけじゃなくて僕もいるんですけど。
親御さんたちが部屋を去って数分、沈黙が更に重く流れていった。
「いい天気ですね」
「ほ、本当ですわね……。桜が綺麗、ですわね」
もう散ったけどね。昨日に。
「桜花さんは四鈴学園で春の姫をされているとのことで」
「え、はい……」
「私はあまり詳しくないのですが、凄く名誉なことだとお伺いしています」
「それは、もう、その、なかなか簡単には選ばれないものですわ」
割と簡単に選ばれた人がここにいますけどね。ここに。
「それで、桜花さん自身はご趣味とかはおありですか?」
「そう、ですわね、バイオリンを少々……」
あとアニメとコスプレですね。日曜朝に放映している作品の。
「随分お若いですが、これまでにお好きになられた人とかいらっしゃいますか?」
「え、いいえ、今のところは……」
嘘です。同じ寮にあからさまに好きな人がいまーす。あと、あなたもあなたで随分アグレッシブな質問しますね。
僕は二人のぎこちないやり取りに、心の中でツッコミを入れていた。かく言う僕も、黙ったまま足の痺れと刻一刻と戦っているんだけどね。
さて、この状況をどうしたものか――。
「それじゃあ、僕もそろそろ……」
と、僕が立って逃げようとした瞬間、
――グイッ!
僕のまだ痺れている足の裏を、桜花さんがこっそり手で押さえてきた。僕は思わず「うぐっ!」としんどい声を出しながら躓いてしまった。
「な、何するんですか」
小声でこっそり桜花さんに囁いた。
「逃げないでください」
「いや、僕いらないでしょ、この状況」
「いないとわたくしが死にます」
「あぁ、もう、分かりましたよ……」
やれやれ、と僕は体制を整えなおして再び座り直した。
「あの……、先ほどから何かこそこそお話されていらっしゃるようですけど、よろしいですか?」
「い、いえいえ。こちらのことなので、お気になさらずに」
「そうですか、かしこまりました」
相手の女性、千早さんはそう言ってふと外を眺めた。
なんだろう、この人もなかなかミステリアスな人だな、と思ってしまった。桜花さんとお見合いとかするぐらいの超大金持ちなのだからな。桜花さんや大地くんといい、普通の感性とは一線を画すところがあるのかも知れない。
「あの、よろしければですけど……」
「は、はい! 何でしょう?」
「天気が良いのでお庭、出ませんか?」
あー、これテレビドラマのお見合いのシーンとかで良く見るやつだ。
「そ、そうですわね! いい天気ですものね!」
「できればその……、お二人でお願いしたいのですが」
――は?
と一瞬僕は戸惑ったが、よくよく考えたらこれは普通の状況だ。ようやく僕が一人になれるチャンスが訪れた、と思っておこう。
ただ、桜花さんはと言えば、
「ふ、二人ですの?」
「はい、二人っきりで静かに見たいです」
千早さんがそういうと、桜花さんはにこやかに、
「え、ええ。是非とも、ゆっくりとお話しましょう」
意外とすんなり受け入れたようだ。流石にここまで来たら観念したのだろうか。
僕はふぅ、とため息を吐いて、
「それじゃあ、後はお若いお二人で、ごゆっくり……」
「ではお庭に参りましょうか、桜花さん」
「は、はい。では……」
そう言って席を立った桜花さんは、一瞬僕の方を睨みつけて、
「よろしいですか? 絶対、わたくしの目の届くところにいてください。絶対、絶対ですわよ!」
と言わんばかりの視線で訴えかけてきた。(なお、口には出していない)
屋外の日本庭園も、これまた趣のある造りになっていた。二人は大きな池に掛かっている小さな石橋に乗りながら、並んで水面を眺めているようだ。池の中には無数の鯉が泳いでいる。遠目から見てもなんだか優雅な雰囲気だけど、やっぱり案の定桜花さんはガチガチに緊張している。
――大丈夫かなぁ。
僕は心配になりながら、なるべく桜花さんの視線が届く場所にいる。心なしかちょくちょくと桜花さんがこちらのほうを見てくる。
ただ、この状況では僕は何をすることも出来ない。というか、ここに来て僕はこれといって何かをしたわけではない。桜花さんがあの体たらくだから、誰かいてくれたほうが心強いというのもあるのかも知れないけど――。
僕はふと、庭園を見渡した。かなり広い庭の端のほうには、別のお客さんもいるみたいだ。
――あれ?
そのお客さんにふと既視感があった。黒いスーツを着た人が二人――、高身長の人と、眼鏡を掛けたやや小柄な人。
そのうちの小柄な人になんだか見覚えがあるような……。
その人に気を取られている瞬間、
「……あれ? 雪くん?」
僕は呼び止められて、ふと振り返る。
というよりも、この声って、まさか……。
「あ、亜玖亜、くん?」
まさか、というか、やはりだった。
スーツに身を包んだイケメン。そして、聞き覚えのある声。
そこにいたのは、紛れもなく水波亜玖亜くんだった。
――なんで、ここにいるの?
突然の亜玖亜くんの登場に、僕は戸惑ってしまった。
ということは、つまり……。
あそこにいるのって、やっぱり大地くん、ってこと?
【第二章開始!】逆性学園の冬の姫 和泉公也 @Izumi_Kimiya
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