第29話 染咲のしきたり
そんなこんなで、一葉さんの部屋。
「雪はん。そっちの帯持ってや」
「は、はい……」
一葉さんはテキパキと着物を桜花さんに着せていく。僕はもうどうしてよいのか分からずに言われるがままに手伝っていく。
いかにも暖かな桃色の着物に、紫の帯。桜花さんがあっという間に大和撫子へと変化を遂げてしまった。
「しかし、一葉さんって着物の着付けが出来るんですね」
「小さい頃から両親に教わっとったからな。ほら、ウチの実家……」
そっか。一葉さんって、京都の老舗料亭の跡取りだったっけ。
料理だって本当に上手だし、性格もおしとやかだし、お嫁さんにしたいタイプなんだよな。男性だということをつい忘れてしまいそうになるほどに。
「はぁ、憂鬱ですわ……」
なんだか深いため息を吐く桜花さん。さっきまでアニメを観てテンションが上がっていたとはとてもじゃないけど思えない。
「ええやないの、お見合い」
「そ、そんな、いいものではありませんわ! うちの親が勝手に決めたお見合いですのよ!」
「なんだか政略結婚、みたいですね」
「みたい、ではありません! これはれっきとした政略結婚ですわ!」
うーん、こりゃ大変だな。
染咲グループといえば、日本でも有数の大企業だ。最初は偶然同じ苗字なのだと思ったけど、後々調べたらとんでもない出自だったことに驚いた。
ちなみに、大地さんのお父さんが会長を務めている乱堂グループも染咲と並ぶほどの規模だと聞いている。よくよく考えてみると、そんな大企業の跡取り二人が同じ寮、しかもおなじ春の姫と若として生活しているのって、かなり凄いことなのでは。
でも、だからこその悩みというのもあるんだろうな――。
「うん、後は髪やな」
これまた手際よく、一葉さんは桜花さんの長い髪を纏めていく。その間、桜花さんの顔がどことなく照れているように見えた。
そういえば、桜花さんって、一葉さんのことが――。
と、それ以上のことは心の中に秘めておこう。僕はそう思って軽く頷くだけに留めておいた。
「何を得意気に頷いていますの?」
「あ、いえ、何も」
そうこうしている間にも、桜花さんの後ろ髪が柔らかなお団子に纏め上げられていた。いつの桜花さんとかなりイメージが変わってなかなか美人さんだ。
「はい、これでよし、と」
「……ありがとう、ございますわ」
ふぅ、と一息吐いた桜花さんは物憂げな表情で一葉さんのほうを見た。
「どういたしまして」
「でも、本当に大変ですね。まだ中学生なのにお見合いって」
「全くですわ。うちの両親も何を考えているのやら……」
「そんなに嫌なん? お見合い」
「嫌に決まっていますわ!」
そりゃあ嫌でしょうよ。
そこそこに妙齢の娘(息子だけど)ならまだしも、僕と同い年で今から将来の伴侶を決められるって、想像しただけでも大変だと思う。
好きな人を目の前にしたなら、尚のことかと――。
「ふぅん、ウチは憧れるけどなぁ。実家の店にも、たまにそういったお見合いで来られるお客さんもおるけど、みんなホンマに神々しく見えるからなぁ」
「理想と現実は違いますわよ」
「そんなもんなん?」
「そんなもんですわ」
顔を赤らめて、プイっと顔を逸らす桜花さん。
「ところでお相手ってどんな方なんです?」
ふと気になって、僕は桜花さんに尋ねてみた。
「さぁ? 写真も碌に見る気も失せていましたし、容姿や年齢はおろか男性なのか女性なのかすら分かりませんわ」
男性なのか女性なのかすら、って……。
「男性とお見合いすることもあるんですか?」
いくら学園で女性の制服で過ごしているからって、流石に家のお見合いでそんなことってありえるのだろうか?
「染咲の家はそういった性別に捉われない家風やからなぁ」
「かつては同性同士で伴侶となった方もいましたわ」
「同性同士……。なかなか珍しいですね」
「日本では同性結婚がまだ認められていませんから、どこか海外に移住して籍を入れて、そこからグループを動かした、ってパターンみたいですわね。ただ、子どもに関してはどこから来たのかは分かりませんが」
――怖いな。
ちょっと気になるところだけど、その点については触れないでおこう。
「この学園に通うのも、染咲のしきたりなんよ」
「ええ。創始者が四鈴村の出身ですので。この学園で男女それぞれの生活を送り、しっかり勉学に励むこと。そう教わってきました」
「ふぅん……」
そういう縁で桜花さんはこの学校に通っているのか。
「それぞれ、ってことは男子生徒の制服で通っていたこともあるんですか?」
聞いていいことなのか分からないけど、僕はつい聞いてしまった。
「今のところはありませんわ。幼い頃から女性の服を着て育ちましたが、どうもこちらのほうがしっくりきすぎて。まぁ、いずれは男性のほうも学ばなければならない時期が来るでしょうが、それは追々、ですわ」
男性として、の桜花さんか。
うーん、想像ができない……。
今のところ、あまりにも女性の姿のイメージが強すぎて、男性なのに男子生徒として通うこともあるという事実があることに驚きを隠せない。
まぁ、こないだきちんと桜花さんの性別は確認したんだけどね。お風呂で。
「性別って、何でしょうね……」
「それは人類にとって永遠の命題ですえ」
はは、面白いや。
僕も今は姫として女子生徒の服で通っているけど、これはこれでたくさん学べることがあるのかも知れないな。既に色んなことを学んでいるけど。
「何を笑っていますの?」
「あ、何も……」
おっと、いけない。桜花さんにとっては、これから自分の家がどうなるかという大事なお見合いだ。面白がるのは失礼だ。
僕はこほん、と咳ばらいをして桜花さんのほうを見据えた。
「まぁ、今日は気張っていきぃな」
「うっ……、が、頑張りますわ」
「いい報告を期待していますよ」
僕は本心からそう言った。
こんな大事なことを控えているのに、昨日まで僕たちの劇に付き合ってもらっていたんだ。僕に恩返しできることは何もないけど、せめて応援だけでもしよう。
「そうですわね。ここで決めなきゃ何とやら、ですわ!」
「そうそう、その意気やで!」
うん、この調子なら大丈夫そうだ。
さて、それじゃあ僕は部屋でゆっくりしよう。桜花さんのお見合いは気になるけど、このところ慌ただしい日々が続いていたし、たまには一日中ベッドの上でゴロゴロと過ごしても罰は当たらないだろう。
僕がふぅ、と気持ちを落ち着かせていると、
「そんでな、雪はん。お願いがあるんやけど……」
「お願い?」
――何だろう?
「桜花はん、見て分かるとおりメッチャ緊張しとるやん。せやからな、付き添いをお願いしたいんやけど……」
――えっ?
「いや、その、付き添いって、必要……」
「ウチが行きたいのも山々なんやけど、今日は寮母はんの買い物を手伝う約束をしてもうてな」
「わ、わたくしは付き添いなんていりませんわ」
「あきまへん。今の桜花はんを見とると心配になるもんで、やはり誰か一緒に行ったほうがええ」
強気な口調で一葉さんが諭す。
参ったなぁ……。
折角ゆっくり休めると思っていたところの頼まれ事だ。僕は少し落胆してはぁ、とため息を吐いた。
けど……。
「分かりました」
「ええの?」
「はい。桜花さんには劇の件でお世話になりましたから」
これは本心だ。お世話になった恩返しができるなら、しっかりやりたい。
休みたい気持ちも勿論あるけど、ここで決めなきゃ何とやら、だ。
「す、すみません……。わたくしが不甲斐ないばかりに」
――本当だよ。
と言いたいところだけど、ここは黙っておこう。誰だって苦手なことはあるもんね。
「それじゃあ、よろしくお願いしますえ」
一葉さんはにこやかに僕のほうを見た。
なんだろう、なんとなく策にはまったような気がする。ていうか、もしかしたら最初からこのつもりだったのでは、と勘ぐってしまう。
――はぁ。
どうやら僕には、そう簡単に休息なんてものを与えてくれないみたいだ。
そして、その予感は的中する――。
このお見合いが、後にまた新しい事件へと発展していくということに――。
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