第7話 僕のその後
「灯夜! 赤佐!」
別の誰かの声が聞こえた。
「赤佐! 今、助ける!」
地面に沈みかけた赤佐の視界の隅に、青いブーツが駆けつける。
こびりついた緑の汚れの下から、勇者の紋章が覗いている。
「おや? もう罠を抜け出してしまったのかい?」
視界の外で怪盗が笑う。
「灯夜! もうやめるんだ!」
「やめないさ!
瞬間、周囲のすべてが緑に変わり、崩壊した。
………………。
目が覚めればいつもの朝で、赤佐のベッドにもパジャマにも、目覚まし音を上げるスマホにも、おかしな点は何もなかった。
それから一週間が、何事もないままに過ぎた。
謎の転校生は最初からいなかったことになっていた。
赤佐がペインクェーデから奪った能力で描いたスケッチブックは今も赤佐の手もとにあるが、邪神の画力はなくなった。
絵のことをクラスメイトに知られるきっかけとなった転校生の記憶は消えても、赤佐が伊岸の絵を描いていたのはどういうわけかクラス全員に知られたままだった。
どこからどこまで夢だったのか。
あるいはすべて現実なのか。
答えは一生でないのだろうと赤佐は感じていた。
休み時間、赤佐が人と関わらないために寝たふりをしていると、クラスの女子が赤佐の鞄から勝手にスケッチブックを引っ張り出した。
「ダメだよ。勝手にそんな」
これは伊岸の声?
え? 伊岸が
いやいや、これは芹沢のときと一緒だ。
ただの正義感だ。
「いいじゃん別に」
「やっぱ何度見てもキモいよねー」
そう思うならわざわざ見るなよ。
「しかもナンか前より下手になってない?」
「なってるなってるー」
うるせーよ。わかってるよ。それでも描きたいんだよ。ほっといてくれよ。
「私は。今の絵のほうがいい。かな」
え? 伊岸?
「えー? マジでー?」
「あー、でも前ほどキモくなくなってきてるかもー」
ええ? ほんとに?
「言われてみればー、前のキモさはー、この世のものじゃないってカンジだけどー」
「わかるー! 最近のはギリこの世のキモさってカンジー!」
笑い声が響く。
たしかに前の絵は、この世界の力で描いたものじゃなかった。
「うん」
ああ! 伊岸が「うん」って言った! キモいってことに「うん」って言った!
「でも。キモい絵でも。打ち込める何かがあるのはいいことだよ」
伊岸……!
「でもニチヒちゃんもキモいとは思ってるんだよね」
「うん。キモい。絵が」
「絵もキモいし赤佐自体もキモいー! キモいヤツがキモい絵描いて、キモさの二乗じゃん。こいつ何で絵なんか描いてんだろ」
「言わないで。そういうの。
あたしも。ほら。親戚から。女が体鍛えて。ゴツくなってどうすんだみたいに言われたりすると。アレだから。
絵を描くのをやめろとは。別に思わない」
「だからってキモいって感じるのはやめらんないよね」
「うん」
伊岸は即答した。
それからさらに一ヶ月。
赤佐は、伊岸以外の人の絵も描くようになった。
伊岸が友人たちとダベってる姿や、伊岸がほかの陸上部員と走っている姿などなど。
自分の力で描いているし、少しずつだが上達してきている。
最近は中学時代のクラスメイトを記憶を頼りに描いたりもしている。
サッカー部の勇者。手品研究会の盗賊。
夢と現実が入り混じったような不思議な絵には、悪意ではない評価も得られた。
今朝見た夢で、赤佐とは別の邪神を食った別のクラスメイトを巡って、牛谷と瀬布川がまた戦っていた。
赤佐はそれを離れた場所から見ていただけで、どちらが勝つよう祈ればいいのかさえも決められなかった。
瀬布川は言っていた。
異世界の邪神が復活しようがどうしようが、こちらの世界の赤佐たちには関係ないと。
瀬布川がやっていることは芹沢の気持ちを無視してるが、牛谷だって本当は瀬布川みたいにしたいはず。
だからだろうか、瀬布川も牛谷も、赤佐に手を貸せとは言ってこなかった。
だけど芹沢が赤佐にどうしてほしいかならば赤佐にもわかる。
芹沢が赤佐たちクラスメイトを元の世界に、元の暮らしに帰らせた意味。
赤佐は瀬布川を描く。牛谷を描く。そして芹沢
異世界に召喚されたばかりで、この先に何が待っているかも知らず、冒険に心を踊らせていたころの三人の笑顔を。
異世界帰りの能力怪盗《スキルルパン》 ヤミヲミルメ @yamiwomirume
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