後篇
「やっべえ……やっべえ!」
待ちに待ったライブ当日。
あれだけ
俺はライブ会場に向かって駅から全力疾走していた。
「くっそー。運悪すぎだろ、俺」
寝坊なんかはしていない。しかし、電車がまさかの
「
ライブハウスが見えてくると、入口で手を振っている真輔の姿が。ラインで事情を説明したら、俺を待つと言ってくれた。
「遅くなった! ほんとごめん!」
「気にすんなって、電車の遅延なら仕方ねーよ。それに、せっかくのナオたんのライブなんだ。お前と一緒に楽しみたいしな」
「真輔……ありがとう」
「いいってことよ。それより、もう始まってるぞ! 行こう!」
真輔のあとを追う形でライブハウスに入り、受付を済ませる。薄暗い階段をのぼって3階、そこが会場だ。
「……」
会場へと続く扉の前までたどりつく。暗いから隙間から光がちらついて、そして音楽が漏れ出ていて。一層、臨場感に包まれる。
ついに憧れのナオたんに、推しに会える。しかも、生の歌声を聞ける。
鼓動が高鳴っているのがわかる。さっきまで走っていたからじゃない。
「よし、行くぞ」
「ああ」
真輔に返事をして、深呼吸。そして緊張と高揚感で震える手で扉を開く。
光と音の世界が俺を出迎えて――引きずり込む。
それからわずかに遅れて、会場の景色が網膜に映りこむ。視神経を通じて、脳に届く。
直後、
俺は、絶句した。
初めてのライブで戸惑いがあったから? 観客の熱狂が思った以上だったから? キラキラと光るサイリウムがまぶしかったから? どれも違う。
俺の視線は、ただひとつの場所から動かせなかった。文字どおり、釘を打たれたみたいに。
その場所、あらゆる方向からのスポットライト照らしている、一番奥のステージの中心。
そこに――――
誰も、いなかったから。
「え………………」
曲は、たしかに流れている。ずっとイヤホンで聞いていた彼女の歌声は、間違いなく耳に届いている。
だけど人の姿は、ない。俺が想像していたかわいらしい、あるいは美人のアイドルの姿は、どこにもない。
サビに入り、盛り上がりが一段階上がる。観客のコールがタイミングよく入る。手を振って、サイリウムを掲げて。声を上げて。
それは隣にいる真輔も、同じだった。
さもステージに、
「颯太? どうした?」
「……悪い、ちょっとト、イレ行ってくる」
俺は思わず会場を出て、階段脇にあるトイレの個室に駆け込んだ。扉を閉め、するずると背中をあずける。
「はあ……はあ……」
呼吸が荒い。でもそれは、さっきまでのものとはまったく種類の異なるものだった。
たまらず、俺はポケットからスマホを取り出して、ネットで検索をかける。
ナオたん。202×年△月よりインディーズアイドルとして活動開始。代表曲は――。
出てくるのは、基本的な情報ばかり。それ以外は『謎のアイドル!?』と広告収入目当ての人間が適当におもしろおかしく書いたブログが出てくるだけだった。
検索ページを移動していく。すると、ひとつのブログが目に入る。
それは『気になる地下アイドル20選』というタイトルのブログだった。
スクロールしながら見ていく。だけど20選の中にナオたんの名前はない。
地下アイドルつながりでたまたま関係のないものが検索に引っかかっただけか、と思っていると、
リンクをタップする。
その先にいたのは、ひとつのニュース記事。
『202×年△月、突如活動を休止した地下アイドルの
「おーい、颯太? 大丈夫か?」
「!」
背中からノックと声が聞こえて、俺の背すじはぴんと伸びた。いや、凍、りついた?
「え、えと……大、丈夫」
「なら戻ってこいよ。そろそろ新曲がくるぞ? 颯太、あれ好きだって言ってただろ?」
「あ、ああ……」
「あれだけコールの予習して、グッズも集めて推し活してきたんだ。推しがステージでがんばってるんだから、俺たちも一生懸命盛り上げないとな」
……そう、だ。俺の推し。アイドルのナオたん。推しのために、できることをやる。それがファンだ。やらないと。
行かない、と。推しが、待ってるんだ。
「今、行くよ」
答えて、扉から背中を離す。呼吸の乱れはいつの間にかおさまっていて。
俺は、ゆっくりと扉を開けた。
偶像の舞台 今福シノ @Shinoimafuku
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