未練

結騎 了

#365日ショートショート 066

「俺には君しかいないんだ。信じてくれ」

 男は苛立っていた。興奮からか、足が細かく上下している。女は憂いた表情をしており、男と目を合わせない。

「君と初めて会った時から、この思いは変わらない。ずっと君だけを思ってるよ。今も、ずっと」

 とぽぽぽぽ……。女はゆっくりと、マグカップに珈琲を注いだ。ちょうどコップいっぱいになるように挽いたので、香りが近い。

「だからこそ、君に聞きたいことがある。さっき部屋の隅で見つけたぞ。ほら、見てみろ。あれはなんだ」

 男が指差した方向、静寂だけが響く部屋の角に、一本の毛が落ちていた。薄い茶色の毛、男性の毛髪である。

「見ればわかるだろう。俺の髪は黒い。答えてくれ。お前は俺になにを隠している」

 男は女にぐっと詰め寄った。もう少しで互いの鼻先が触れてしまう。しかし、女の視線は男を捉えない。あえて目を逸らしている。

 ずずっ。長い沈黙のあと、珈琲をすすってから女は口を開いた。

「あなたのそういう駆け引きをしないところ、好きだったわよ。いつも正々堂々で。正直者ね。でも、もうちょっと私の悩みにも耳を傾けてほしかったかな」

 会話を遮るようにチャイムが鳴った。女が玄関ドアを開けると、そこには茶髪の男性が立っていた。「会いたかったよ」。間髪入れず、女の肩に手が回る。

「おい、なんだそいつは。俺がいながらこの部屋に呼んだのか。ちゃんと説明してくれ。なあ、あんまりじゃないか」

「ごめんな、ちょっとトイレを貸してくれ」

「ええ、いいわよ」

 彼氏がトイレに入ったのを確認してから、女はそれに向き合った。

「ねえ、もう許して。事故の時、私だけ助かったのは悪かったと思ってる。でも、見えちゃう悩みにはもうこりごりなの」

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未練 結騎 了 @slinky_dog_s11

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