恋人達はくだらない理由で、出会いと別れを繰り返す。

無月弟(無月蒼)

恋人達はくだらない理由で、出会いと別れを繰り返す。

「彩美頼む。もう一度、俺とやり直してくれないか」


 元カレの健人からそう言われたのが、二日前。

 今更何言ってるの。あれだけ派手なケンカして、別れしておいてさ。


 それなのに「考えさせて」と言ってしまったのは、彼への未練があるからなのかも。


 健人と出会ったのは大学を卒業後、就職してすぐの頃。

 同じ会社の同期の新入社員で、最初に声を掛けられたのは新人研修の時だったっけ。


 あの時私は、前日よく眠れなかったせいで体調が悪かったんだけど。そしたら同じく研修を受けていた健人がそれに気づき、「大丈夫? 気分悪いなら、医務室に行く?」って、言うってきてくれたのだ。


 気付いかいのできる、優しい人。心配そうにしながら医務室まで付き添ってくれた彼に、私は好印象を抱いた。


 そのことがきっかけで、健人とはよく話すようになり、告白されて付き合い始めたのは、一年ちょい前だったっけ。

  それからは週末の度にデートしたし、健人のアパートに泊まりに行ったりもした。


 だけどそんな私達の関係が壊れたのが、今年のお正月。一緒に初詣に行った日のこと。

 途中までは良かったよ。人混みに押し潰されそうだった私の手を、健人が引いて守ってくれて。お参りがすんだ後は、二人して今川焼きを食べた。


 けど、楽しかったのはそこまで。その後些細なことでケンカしてしまったのだ。

 きっかけは本当に下らないことだったのだけど、口論に発展して。もうやっていけない、別れるって言っちゃったんだよね。

 そしたら向こうも同意してきたけど、もしかしたら売り言葉に買い言葉で、つい言っちゃっただけなのかもしれない。

 でなきゃ今になってもう一度付き合おうなんて言わないもんね。


 そんなわけで、しょうもない別れ方をしちゃった私達。なのに今更よりを戻して良いものかどうか。


 悩んだ末私は同じ会社の同僚の、陽子に相談することにした。

 陽子も同期で、入社当初から仲の良い親友だ。私のことも健人のこともよく知っていて、これ以上無い相談相手。


 仕事が終わった後飲みに誘い。居酒屋でお酒を飲みかわしながら、健人に復縁しないかと言われた事を、話してみた。


「ふーん。それで、アンタはどうしたわけ?」


 ウェーブのかかった長い髪をくるくるといじりながら、興味なさげな態度で聞いてくる陽子。

 その投げやりな様子に、思わずカチンと来てしまった。


「もう、こっちは真剣に悩んでるんだから、少しは真面目に話を聞いてよね」


 ぷくっと頬を膨らませて怒ってみたけど、陽子はには陽子なりの言い分があるみたいで。ため息をつきながら言ってくる。


「そうは言うけどさあ。本当はもう、どうしたいか決まってるんじゃないの?」

「どういう事よ?」

「呆れた。アンタひょっとして、自分で気付いてないわけ? もしもその気が無いなら、その場で断ってるはずでしょ。いったん持ち帰るにしたって、そうグダグダと悩んだりしないはずだわ。あたしに相談しに来た時点で、復縁する気満々って事じゃない」


 うっ。

 そう言われると、そうなのかもって思ってしまう。いや、きっとそうなんだ。


 本当は答えなんて既に決まっていて。陽子に相談したのは、たんに背中を押してもらいたいだけなのだろう。


 


「だいたいさあ。アンタ別れた事、ずっと後悔してたじゃない。飲みに行く度に元カレへの未練たらたらの、愚痴だか惚気だか分からない話を延々聞かされるこっちの身にもなってよね」

「ええーっ。私ってそんなに、未練がましかった?」

「無自覚かい。もう飲むたびにグチグチ言って、最後は必ず泣いちゃってたのは、どこの誰だ?」


 うっ、ここの私だ。

 どうやら無自覚のまま、たくさん迷惑を掛けていたみたい。


「なんか、ゴメン」

「まあそのことはいいけどさ。せっかくのチャンスなんだから、ちゃんと生かさないとダメよ。だいたい、何をそんなに悩んでいるのよ?」

「それは……。つまんない事でケンカして、怒らせちゃったから。今更よりを戻してもいいのかなあって思って」

「バカねえ。つまんない事に拘ったって、誰も幸せになんてならないんだから。……アタシだって前の彼とはくだらない事でケンカして、それっきりなんだから。チャンスがあるのに棒に振るなんて、バカのやる事よ」


 そう言った陽子には哀愁が漂っていて、ズキリと胸が痛んだ。


 思い出すのは、健人と初めて出会った時のこと。

 もしかしたら最初、「大丈夫?」と声を掛けられた時に、既に恋に落ちていたのかもしれない。


 私はバカだ。ずっと好きだったのに、別れた今だって、本当は未練たらたらなのに。つまらない事でケンカして、今だってグチグチ悩んじゃってさ。


「ごめん陽子。そうだよね、変に維持意地なんて張らずに、ちゃんと返事してみるから」

「そう、それでいいの。まったく、しっかりやりないよ」


 陽子はジョッキに口をつけながら、穏やかな笑みを浮かべる。

 やっぱり、陽子に相談して良かった。私一人だったら、いつまでもウジウジ悩んでいたかもしれないもんね。

 これで腹は決まったわけだし、今日は景気づけに、とことん飲むぞー。


 私は店員さんを呼んで、お酒を追加する。

 するとふと、陽子が思い出したように尋ねてきた。


「そう言えばさー彩美」

「え、なに?」

「結局、健人君とのケンカの原因って、何なの?」


 …………聞いちゃう? それ、聞いちゃうかなあ。


 できれば、話したくはなかった。

 だけど黙っている私を見て不思議に思ったのか、陽子はますます興味を持ってくる。


「何よ、言えないような事があったの?」

「ううん、そうじゃないんだけど」

「じゃあ言いなさいよ。まさかわざわざ相談しておいて、詳しい話をしてくれないっていうんじゃないでしょうね?」


 まるでヘビがカエルを追い詰めるみたいに、執拗に絡んでくる。こうなると、逃れるのは至難の業。観念した私は、ゆっくり話し始める。


「あのね。今年のお正月に、健人と二人で初詣に行ったの」

「ふむふむ、それで」

「お参りをして、その後二人で今川焼を食べたんだけどね」

「ああ、回転饅頭ね」

「今川焼! 誰が何と言おうと、アレは今川焼なんだから!」


 思わずおお声を上げてしまい、周囲にいた客がこっちを見る。

 いけない、やっちゃった。


 そんな私を、陽子は「はいはい」と言って宥めてくる。


「今川焼の事は分かったわよ。それよりも本題、ケンカの原因は何なの?」

「う、うん。それでね、私は今川焼だって言ったんだけど、健人ってばこれはおやきだって言って、聞かなかったのよ」

「ああ、そう呼ぶ人もいるよね。って、だから今川焼でもおやきでもどっちでもいいんだってば。それより原因。ケンカの原因は?」

「いや、だからほら、ね」

「ん?」


 何かを察したように、眉をひそめる陽子。そしてしばしの沈黙の後、信じられないと言わんばかりに、ジトッとした目をする。


「…………まさか」

「そ、その、まさかです。私も健人も、最初は軽いノリで言ってたのよ。これは絶対今川焼だー、おやきだーってね。だけどそのうちだんだんと、ヒートアップしちゃって……」


 説明するにつれ、陽子はあんぐりと口を開け、目を見開いていく。

 そして。


「アホかああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ひいぃぃぃぃっ、陽子が怒ったー!


 周囲のお客さんの注目が、再び集まる。

 だけど陽子はそんな事など意に関しない様子で立ち上がり、仁王立ちするとまるで般若のような形相で私を見下ろした。


「本当につまらない、つまらなさすぎる理由で別れてるじゃないわ! 別れた理由のしょうも無さ一位! ぶっちぎりの世界一だ!」

「ひいぃぃぃぃっ、ごめんなさいごめんなさい。わ、私もね、バカなことでケンカしちゃったっては思ってるの。だけど理由がしょうもないと、却ってやり直していいのかなって気にならない?」

「知るか! さっさとヨリを戻せ! 明日にでも返事をしろ! 全く、真剣に話を聞いていたアタシが、バカみたいじゃないの!」


 はい、まったくもってその通りでございます。


 私はぷりぷりと怒る陽子の機嫌を少しでも取ろうと、お酌をする。

 本当、なんであんなくだらない事でケンカしちゃったかなあ。


「あ、そう言えばさ」

「なによ?」

「陽子も前の彼氏とは、ケンカ別れしたんだよね。そっちの原因は何だったの?」

「え゛?」


 何故か気まずそうに、そろーっと目を逸らす陽子。

 そして、言い難そうに一言。


「め、目玉焼きには、ソースか醤油か……」

「陽子だって似たようなものじゃないの!」


 こうして、今日も恋人達はくだらない理由で、出会いと別れを繰り返すのだった。


 完!



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