第43話 終章

 グランとケイトは地下道から出ると、顔に手をかざした。夕陽が眩しい。

 ミルン国の首都・ロペスが遠くに見える。

 二人が出たのは、農道だった。古井戸が出口で、村が広がっている。決して大きな村ではないが、畑や牧場が広がっている。ケイトは、マギヌンを思い出した。

 ケイトは黙って、グランの後について歩いた。途端に、黒猫の大群に囲まれた。

「ケイト。猫達を怖がらなくていいよ。教会の近くは、黒猫だらけなんだ。教会の教えでは、黒猫は神聖な生き物とされている」

「うん。怖くないよ。この猫達、可愛いし……何か、神々しいものを感じる……」

 グランが立ち止まる。目の前には、教会があった。随分と古い建物だ。

「ここは、ミルンにある聖イント教会の一つだ。ここで任務終了の報告と、今後のことを話す」

「私は……入ってもいいの?」

「ああ。ケイトにも、一緒にいてほしい」

 中に入ると、正面に五柱の女神像が立っていた。その真ん中の女神像を、グランが手で示し、

「あの像は、女神・コンコルディア。教会の教えの中枢だ。“調和”を司る神だと教えられた」

そうケイトに説明する。だがグランは祈りを捧げず、女神像のすぐ脇にある小部屋に入っていく。告解室だ。中には壁の仕切りがあり、その中央部にある窓は半分だけ開けられている。

「ケイト、座ろう。教会の全ての告解室には、なぜか椅子が二つあるんだ」

 その理由まで、グランは知らない。とにかく二人は、告解室の丸椅子に座った。

「シスター、任務完了の報告に参りました」

 グランが簡潔に、経緯を報告する。その間、窓から唇と胸部だけが見えるシスターは、黙って聞いていた。

「シスター。俺とケイトは、勇者です。次は北大陸のグラースで、任務を遂行させてください」

「グランよ。あなたは賢者のヘラーに、何と言われましたか?」

 シスターが初めて口を開く。その声は穏やかだが、凛とした響きがある。

「……世界を見ろ、と。そして、信じる勇気を持てと……」

「さすがは、慧眼の高鷲。グランよ、あなたはまず、四大賢者の教えを信じることから始めなさい」

「しかし!」

「グランよ。我が教団は いにしえから、世界に調和をもたらすことを教えとしてきました」

 勢い込むグランを、シスターは穏やかな声のまま、落ち着かせる。

「世界の調和が崩壊することなきよう、最後の手立てとして、教団は神の眷属を育ててきました。そしてグランよ、あなたにはまだ、伝えていませんでしたが。あなたはやっと教団が見つけた、世界に調和をもたらす者の一人なのです」

「俺が、世界に調和……」

 唐突に告げられても、グランは実感できない。戦いしか知らない人生を送ってきたから。

「グランは……選ばれし者……だったら、私は……」

 ケイトは俯いたままだ。シスターの発言は真実だと、自身の内側が告げている。ならばグランは今後、大義のために戦う。その側に、世界から忌避されるハーフエルフがいることは……。

「ケイト・ブランシェット」

 シスターの声音に、優しさが含まれていた。小窓から覗く口が、微笑んでいる。

「我が教団は、少し慌てていました。世界に調和をもたらす神の眷属は、一対の男女だと教えにあるからです」

「シスター、それはもしや……」

 グランは言いかけて――告解室には常に、椅子が二つ。その意味を悟った。

「グラン、ケイト。あなた方は世界に調和をもたらすため、まずは世界を知らねばなりません。その目を開きなさい。その耳を澄ませなさい。山々を踏破しなさい。険しい谷底を走り抜けなさい。その先で自然とあなた方は、世界に調和をもたらすか否かの場に出るのです」

「世界に調和をもたらすか否かの場……最終決戦の場……確かに俺はまだ、そんな決戦を戦い抜く力を持っていない」

 少し。少しずつだけれど、グランはシスターの言わんとしていることが、分かりかけてきた。

「グラン。ケイト。神の眷属たるあなた方の次の試練を伝えます」

 グランは姿勢を正した。それを見たケイトも慌てて、背を伸ばす。

「中央大陸東部で、魔術師達が怪しく動いています。その魔術師達の陰に、東大陸の魔女が見え隠れしています。そして、和平を望む王政を暴力で圧っしょうとする暴政の集団がいます。あなた方は魔術師達の正体を暴き、暴政を鎮めなさい。あなた方が世界を見る旅は、そこから始まるのです。あなた方の具体的な標的は」

 教会の外で、教会を取り囲む黒猫達が一斉に鳴いた。その鳴き声は、不吉さを微塵も感じさせない。むしろ、旅立つ二人の背中を押すような温かい響きを含んでいた。

「承知」

 グランが返答すると、シスターは静かに小窓を閉めた。

 グランはケイトに体を向け、彼女の目を見詰める。

「ケイト。シスターの言ったとおりだ。俺はマテウスに行って、女王派と将軍派の権力争いに、戦いを挑む……一緒について来てもらえるか? いや、ついてきてほしい」


 グランとケイトは教会を出た。まだ夕陽が眩しくて、二人は片手を顔にかざす。もう片方の手は、固く握り合っていた。

 ケイトは、前を向いていた。もう、俯かない。

 ケイトは、グランの横顔を見る。

 私は、この人一緒に年をとっていこう。それが、私の人生だ。


この世界は、ハーフエルフを差別する。

この世界は、魔女を生み出す。

この世界は、常に争っている。

そんなこの世界は、少し醜いのかもしれない。だったら俯かないで、そんな世界を真っ直ぐ見よう。それがきっと、この世界を美しくする第一歩だ。そう信じて。信じる勇気を持って。




次の任務は中央大陸東部、マテウス国への潜入。標的は――。


〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

潜入の勇者達 北条 賢人 @dokidokilaife

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ