第42話
ケイトは王の間に駆け込んできたが、固まってしまった。
自分を迎えに来ると言った男は約束を果たせぬまま、逝った。
けれどケイトは、悲しまない。絶望しない。寧ろ、落ち着いていた。微笑んでさえいた。
「グラン……大丈夫だよ……お母様が、私にしてくれたように……」
膝立ちで事切れたグランの前で同じく膝立ちになり、彼を抱き締める。纏った紺のマントが群青に色を変える。その色の変化は、運命を変える象徴。エルフの神秘。
ケイトは自分の不老不死と引き換えに、グランに命をあたえる。そして彼女は、母親の気持ちを悟った。命をかけて、この世界のために戦った母親の心中を。大切な人のために、自分を犠牲にできる。そう、この世界には自分を犠牲にできる程、大切な人がいる。
グランとケイトは、地下通路を歩いていた。地下通路はいくつかあったが、グランはこの道を選んだ。この道の先に、自分達の“未来”があるからだ。
追手の気配すらことないから、この地下通路を知る者はいないと判断できた。
グランはケイトから全ての経緯を聞き、また自分の経緯も話した。
グランはクルーニーの大剣を背中に結びつけていた。この先、まだ戦いが待っている。魔剣が役立つ局面が来るだろう。
そしてグランはケイトに、セリーンの遺書を渡した。ケイトは遺書を読みながら、グランは考えをまとめながら、仄暗い地下道を進む。
「(ヘラーの言う“任務”とは、まだ死んでいない魔王に関わることだ。だったら、北大陸のグラース国に行かないと。俺も勇者になった以上、もう魔王と無縁ではいられない……)」
ケイトはセリーンの遺書を読み終えると、精一杯涙を堪えた。代わりに、微笑んだ。
「(セリーン、ありがとう。あなたのお陰で、私のグランへの気持ちの名前が分かったよ)」
しばらく二人は黙って、地下道を進んだが。
「なあ、ケイト。俺達はきっと、グラースに行かないといけない。だけど、マテウスも気になる。少なくとも俺達が直近で捕えたフリス、ウルラ、ネーラン、ミーン、アラミル、ミンミ、ウーランは奴等の思い通りにされていないと思うんだ」
「え、ちょっと……グランって……捕えた魔女の名前を覚えているの?」
「実は、そうなんだ……排他領域で戦ううちに、魔女側にも色々と事情があるのを知って……」
グランが鼻をかく。そんなグランの手に、ケイトはソッと触れる。
「ケイト。俺は嘘をついていた」
グランはケイトの目を真っ直ぐ見詰めた。彼女にだけは、嘘も隠し事もしたくなった。
「嘘……どんな嘘なの?」
「俺は、ミルンが血吸いに生贄を送っていた可能性を知っていた」
「え……でもマギヌンで、ソーニャから生贄のことを聞いたときは……」
「すまない……全て、任務遂行の確認のためだ……俺は聖イント教会から、潜入としてミルンに送り込まれた。任務はまず、ミルン国の生贄の真偽を確かめることだった。そして標的は、生贄が本当ならば、その首謀者達を粛清することだ。俺はなぜか、髪と目は黒なんだ。生まれは、ミルンらしいんだけど……でも孤児として、西大陸のアナス国にある教会に拾われた。そして……あらゆる破壊活動を仕込まれた。でもミルンに派遣されるまでは、アナスにある世界最大の迷宮で魔物と戦っていた。だから、世界を知らない」
沈黙が落ちた。ケイトが自分を蔑み、離れていくことを覚悟した。グランは目を伏せる。
「それって……謝る必要があるのかな?」
予想外の返事に、グランが再び、ケイトの目を見詰める。
「だってグランは……国とか人とかが見捨てた排他領域で、一生懸命戦ってくれたよ……レジオやヘラー達もきっと、グランに感謝してるよ」
ケイトは自分の命だけでなく、魂も救ってくれた。それでもグランは自分の気持ちを素直にケイトに言えず、他の話題で誤魔化す。
「そう言えば、ケイトは遺書に何て書いたんだ?」
「え? ……そんなの……言えないよ……グランは?」
「俺も……言えない、かな」
二人はしばし目を合わせ、そして笑い合った。
「(俺の遺書は、ケイトにだけは見せられない。だって、ケイト宛に書いたからな。きっとケイトは、マギヌンの仲間……家族相手に書いたんだろうな。あ、母親宛かもしれない)」
「(私の遺書は、グラン宛に書いたから……グランにだけは、見せられないよ……グランはきっと、十三の仲間宛に書いたんだろうな……)」
互いに勘違いをしたまま、二人は地下道を進んだ。
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