第41話

 王の間は会議室より狭く、調度品も無い。生活感も無ければ、仕事をする環境でもなかった。

「すぐにマテウスに帰還する予定だった。よって、余計な物は置いていない」

 そう言うクルーニーとグランは、王の間の中央で対峙していた。

「もっとも、こればかりは祖国から持ってきた」

 クルーニーが大剣の切っ先をグランに向ける。グランは表情一つ変えない。

「魔剣か」

「そうだ。魔剣“閻魔”だ。かすっただけで、敵の魂を吸い取る」

 クルーニーは王衣のままで、防備は身に着けていない。大国で戦果を上げた兵士上がりだけに、剣技に自信があるらしい。対するグランは戦闘服だが、方々が破損している。

「ロメロの一個師団やイギンと戦い、貴様は魔力と体力を使い切っている。勝ち目は無いぞ」

「それが真実か、その身をもって知ればいい」

 グランは鞘から片刃剣を抜き、構える。それだけで魔力が尽きたグランの体に負荷がかかり、鼓動が早まる。

 クルーニーも大剣を構える。二人は円を描くように足を捌く。先に動いたのはグランだった。間合いを詰め、上段から剣を振り下ろす。大剣に受け止められたが、すぐさま横から払う。これも大剣に受け止められたものの、グランは構わず剣を振るう。袈裟斬り、突き、下段からの振り上げ。あらゆる剣技を放つが、全て大剣に阻まれた。攻守変わって、クルーニーが上段から振り下ろし。グランはその一撃を刀身で何とか受け止めたが、胸部に蹴りを食らって後退する。それでもグランは突きを放つが、大剣で受け流され、顔面に肘鉄を叩き込まれる。たたらを踏むが、何とか堪える。折れた歯を口内に溜まった血とともに吐く。

「貴様は殺すには惜しい」

「俺はここで死ぬ気はない。彼女に迎えに行くと約束した」

「彼女とは、あのハーフエルフのことか」

 互いに剣を構えて相手を観察し、隙を窺いながら言葉を交わす。

「貴様もハーフエルフも、我とともにマテウスに来い」

 グランにとってそれは、予想外の言葉だった。

「祖国はドラガンと戦争中にも関わらず、弱腰の女王派が多数を占めている。だが、政局は変わる」

「俺とケイトがマテウスに行ったところで、将軍派は形成を逆転できないぞ」

「マテウスを将軍が率いるための部隊は、揃いつつある。貴様達も力を貸せ」

 部隊――クルーニーが王位に就いた。生け捕りの魔女は、マテウスに送還された。

「ミルンの魔女で、魔法部隊でも結成するのか?」

「話が早い。イギンは小物だが、闇魔法で魂を操作できる。それは人間のみならず、魔女にも通用した。将軍に忠実な魔女達の頭数は、揃いつつある」

 反吐が出る話だ。この国の最高位である三巨頭は、人も魔女も己の野心のために使い捨てる。

「最後に確認だ。血吸いどもへ生贄を送った黒幕は、お前で間違いないな?」

「何を今さら。十三を過大評価していた。青臭いにも程がある」

 それで充分だった。これで、任務を遂行できる。ケイトを迎えに行ける。この国を出られる。

「マテウスの猛者にして、現ミルン王よ。覚悟!」

 グランは吠え、クルーニーに斬りかかる。

「愚かな」

 クルーニーは吐き捨てると、大剣で迎撃する。

 王の間で繰り広げられた剣技は、時に肉弾戦ともなり、二人の男が死力を尽くした。

 結果、二人とも負傷し、息が切れていたが、立っていたのはクルーニーだった。グランは秘剣と戦闘に体力を奪われ、両膝をついていた。目の焦点も合っていない。

「その若さで見事な腕前だった。我に斬られること、名誉に思え」

 両手をダラリとしたグランに、クルーニーが大剣を振り被る。

「(ケ……イト……を……迎えに……行く……んだ)」

 その所作は、物心つく前から仕込まれた殺人術のなせる業。しかしそれを引き出したのは、グランの人を想う気持ち。マギヌンの人々を。十三の仲間達を。ケイトを。排他領域で交わった全ての命を。その気持ちは、種族の垣根を越えて。

 グランの左手が、黒刀を抜く。振り下ろされた大剣を、黒刀・早雲が受け止める。完全防御。クルーニーの胴ががら空きになる。後退するクルーニーの心臓を、片刃剣が追う。その突きは浅かったが、王の心臓を破壊した。空間を切り裂く秘剣・ヤヨイ。

 仰向けに倒れて絶命するクルーニーの姿は、グランの視界に入っていない。震えながら立ち上がり、両手の剣も落としてなお、グランは前へ進もうと。ケイトが待っているから。

 そこまでだった。

戦いは長く、熾烈だった。秘刀と魔剣は役目を果たしたが、使い手の命を燃やし続けた。

グランが膝をつく。その首が前に倒れる。

 ミルン国陸軍第十三部隊。その隊員は全て、殉職した。

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