第40話
グランは王の間へ行く前に、立ち止まった。これからの戦いで、命を落とすかもしれない。その前に、大切な仲間から託された意志に、目を通すべきだと考えた。
タクティカルベストから、セリーンの遺書を出す。封を解くと、便箋が二枚入っていた。
遺書なのに、出だしは「グランへ」となっている。彼女はこの状況を予見していたのか?
『グランがこれを読んでいるということは、きっと私は死んじゃったんだね。いっぱい悔しいよ。特に悔しいのは、もうグランと一緒にいられないことなんだ。ねえ、グラン。ゴメンね、私はあなたに嘘をついていました。私の名前はセリーン・インデックスで、これは本名なんだ。だけど、私はミルン国の人間じゃない。私はドラガン国で生まれて、育ったんだよ。そして私は、ドラガンの兵士だった。ドラガン軍の将軍は、私が勇者であることを知っていたの。そして、私もグランと同じ孤児だった。だから私は、ミルンへ潜入する密命をあたえられたの。ミルンには、闇魔法の術者がいるっていう情報があったから。私ね、レジオの家でグランとケイトが話しているのを聞いちゃった。ビックリしたよ。だって、グランが聖イント教会の出身だなんて。私はミルンに潜入するとき、将軍から過去は聖イント教会出身にしろって言われてたから。すごい偶然だよね。ねえ、グラン。たった二年だったかもしれないけど、私は幸せだった。オヤッサンにアンリ、バウアー達と過ごした時間は、とても楽しかった。何よりも、あなたに出会えて、一緒にいられた。私の人生はあなたと出会えて初めて、キラキラと輝いたよ。同じ孤児だった私には、オヤッサンの気持ちがよく分かるよ。物心ついた頃から、ずっと一人ぼっち。このまま寂しく死んでいくのかなって、とても怖かった。グランは、そんな私の人生を救ってくれたんだ。ありがとう。私は潜入だから、裏切り者だよね。本当は、あなたと一緒にいてはいけなかった。でも私は、我儘かもしれないけど、あなたとずっと一緒にいたかった。何か私、とりとめのないこと書いちゃってるね。これ、遺書なのに。最後に、これだけは言わせて。グラン、私はあなたが好きでした。大好きでした』
グランは瞳に涙を浮かべながら、二枚目を読む。それは、二行で終わっていた。
『追伸
初恋って、やっぱり実らないね。悔しいよ』
グランはセリーンの遺書を丁寧に畳むと封に入れ、タクティカルベストに納めた。
ケイトに抱く気持ちの名を、セリーンが教えてくれた。それはきっと、彼女の本意ではないだろうけど。これから、どんな戦いが待っているのか分からない。どんな世界が広がっているのか分からない。
だけど。
セリーンや他の「第十三部隊」と過ごした二年を糧に、前に進もう。
まずは、この国の王と決着をつける。
「(魔力の量では、私はとても目の前の敵にかなわない……だったら、魔力の質で勝負するしかない……精霊魔法で)」
光と闇に並ぶ、精霊魔法。その力は巨大だが、魔力どころか、命さえ削ってくる。それでもケイトには選択肢が無い。エルフの象徴たる精霊魔法しか、勝機はない。
ケイトはよろける体で移動し、石柱に身を預ける。ソッと
「もう立っていられないのか? ならば大人しく、私とブラムスに来い」
本性を曝け出したエレンが、ケイトに迫る。
大人しくブラムスへ? それは、降参することだ。戦いから逃げることだ。初めてできた友達のマギヌンのみんなやヘラーは、誰も逃げなかった。途中で知り合った、十三のみんなも。
何より、グランが迎えに来てくれる。だったら、降参なんてしない。
「(柱となっても、自然たる石よ。お願い、力を貸して)」
石柱は、ケイトの願いを聞き入れた。砕けて大小の破片となり、エレンに向かう。
「悪足搔きをするな!」
エレンは防衛魔法を張りながら、ケイトにトドメを刺すため、火球を四つに十の氷柱を出現させる。火と水。相容れない物質をケイトの近辺で化合させて、爆殺する。魔術――爆砕。
エレンに向かう石の一つが、防衛魔法を貫通する。
「これが精霊魔法か。だが、私が負けることはない」
防衛魔法を張りつつ、エレンが後退する。ケイトから距離をとる。ケイトは出血で意識が霞み、重くなった脚で必死に走りながら、短剣をエレン目掛けて投げる。
「この程度で爆砕を止められると思ったか? 笑止」
エレンは火球と氷柱を維持し、防衛魔法を張りながらも、ケイトの短剣を次々と躱す。ケイトは最後の二本を投げるが、エレンから大きく外れる。会議室にエレンの高笑いが響く。
「ブルームでぬくぬくと育てられたお姫様にしては、よく戦った方だ」
黒衣の女将軍は、火球と氷柱を全て純白のハーフエルフに放つ。脚がもう動かないケイトは防衛魔法を張るが、限界を向かえた魔力と体力の影響で、薄い。その薄い防衛魔法で火と水が交わり、大爆発を起こす。ケイトの体が会議室の隅まで吹き飛ぶ。純白の衣が焦げて黒ずむ。
「最後の六将の娘、討ち取ったり。生け捕りにせよとの命令だったが、その深手と体力では」
勝ち誇るエレンの後方から高速で忍び寄る物体が二つ。ケイトは短剣にホーミングをかけていた。大きく外したと見せかけた最後の二本が、時間差でエレンに飛来する。魔力を消耗したエレンの動きは緩慢だったが、何とか躱す。一本がスリットから覗く右脚大腿をかする。何か微細な物が体内に侵入した感覚があったが、それが毒ではないとエレンは確認した。
「私に傷をつけるとは。忌々しいハーフエルフめ」
吐き捨てるようにエレン。うつ伏せで倒れたケイトは顔を上げ、言葉を捻り出す。
「あなたは……ブラムスの……じょ、女王、ローラ……なの?」
「とんだ勘違いだ。女王が、こんな極東の島国に来られるものか。私は女王から潜入を命じられた一等の吸血鬼に過ぎない。魔女の血をたらふく飲んだから、特等に限りなく近いがな……ん?」
そう言って高笑いするエレンに、ケイトが死刑宣告を行う。
「短剣には、種を仕込んだ……あなたの中で自然は芽吹く。あなたの命と引き換えに」
エレンの右脚がボコリと変形する。右脚大腿の種から急速に何本もの蔓が伸び、血管と内臓を破壊していく。
「お、おお、おのれハーフエルフめ……だ、だが、お、おお、お前も道連れ……」
真紅の唇からゴボリと血の塊を吐き、心臓を破壊された一等吸血鬼は絶命した。
「(グラン……ごめんなさい……あなたが迎えに来てくれる前に……)」
ケイトの鼓動が弱くなり――止まった。彼女は黒衣の女将軍と差し違えた。
その時。
脱ぎ捨てた紺のマントが群青になり、形状も球形になっていく。やがてそれは、硬度を持った――群青の
ケイトの心臓が動き始める。呼吸が戻る。彼女の母親の不老不死と引き換えに。
「(……お母様……私のために……自らの不老不死を……)」
意識も戻ってきた。
「(グランも限界だった……ここで待たずに……グランの元へ行かなきゃ……)」
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