第39話

 最上階の会議室。広い空間。それを支える数十の太い石柱。椅子と会議机は撤去されている。

「あら。さすがは、ハイエルフの女王の娘ね。一人で私の元へ来るなんて」

 会議室の中央で対峙する、二人の女性。一人は耳の先端が尖り、紺色のマントの下に純白のドレス。もう一人は、黒衣のドレス姿。腰のスリットから見える脚は、雪より白く幻惑的だ。

「私と一緒に、ブラムスへ行く気になったのかしら? フフ、そうではなさそうね」

 弾が切れた狙撃銃は捨て、ケイトは細剣レイピアを握り、黒衣の女将軍に鋭い視線を飛ばしている。

「私がブラムスへ行くときは……あなたの国を……亡国にするときよ」

「偉大な母親を持つと、大口を叩くようになるのね。世界から疎まれるハーフエルフの分際で」

 エレンは口に手を当てて、心底おかしそうに笑う。一方のケイトは、そんなエレンから視線を外さない。

「そんな怖い目で見詰めなさんな。ハーフエルフを差別するのは、私だけではないでしょう?」

「この戦いは……差別を無くすためだけじゃない……この世界を……この世界で生きる全ての種族を守るための戦いだよ……」

「そういう生意気な口は、一人前の戦士になってから叩きなさい」

 ケイトの目の前に立っていたエレンが、消えた。ケイトは咄嗟に、細剣を構える。その剣が震え、腕に鈍い衝撃が走る。

「あら、私の居合を防いでみせたのね」

 余裕ぶった発言だが、エレンは慎重な足捌きでケイトと距離を取る。

「(高位の姿隠しステルスに、肉体強化……ううん、空間魔法か転移を使ったのかもしれない)」

 エレンを見失ってしまったケイトもまた、慎重に足を運ぶ。

一本の石柱を中心に、純白と黒衣が円を描くように動き、踏み込む瞬間を見極める。そんな二人の表情は対照的だ。エレンは薄く笑い。ケイトの表情は固い。

そんな二人が同時に踏み込む。踏み込みながらケイトは、視覚と聴覚に強化魔法をかける。これでエレンを見失うことはない。どんな魔術を使おうと、攻撃時は姿を見せるからだ。

だがエレンは同じく細剣で、純粋な白刃戦を挑んできた。二人が斬り結ぶ。エレンが巧みな剣捌きを見せ、ケイトの手から細剣を飛ばしてみせる。勝ち誇るように笑うエレン。が、それも一瞬だった。隙を見せたエレンの手首をケイトが蹴り上げ、やはり細剣を彼方へ飛ばす。

「っ! ……痛いぞ! ハーフエルフ如きが、我々に牙を剥くとは。身の程知らずめ」

 エレンが女将軍の仮面を捨て、残虐な素顔を見せる。彼女の上肢に沿うように、八つの火球が姿を現す。ケイトの周囲でも、不可視の風が渦を巻き、その風が鋭利になっていく。

「殺すなと命じられているから、焦がす程度にしてあげる」

 火球それぞれが変質的な動き方をしながら、ケイトに迫る。ケイトの周囲で牙を研いだ風が八つのカマイタチとなり、火球を迎撃する。カマイタチは火球を切り裂いて、消滅した。

「ふん、腐っても最後の六将の直系か」

 エレンは苛立ちを隠そうともせず、正面に三十を超える氷柱を出現させる。その鋭利な先端は、全てケイトに向かっている。

「(あの氷柱に気を取られてはいけない……ここにいては危ない)」

 ケイトは地を蹴り、稲妻を放つべくエレンとの距離を詰める。先程まで彼女がいた地は凍り、大気の温度が急激に下がる。

「氷結を避けて、至近距離から稲妻を放つか。だったら、これも避けられるか?」

 エレンの真紅の唇が開く。危険を察知したケイトは稲妻を捨て、正面に防衛魔法を張る。

 エレンが、口から酸を吐く。酸は銃弾の如き早さで、ケイトの防衛魔法を突き破らんばかりの勢いだ。ケイトは正面の防衛魔法強化のため、魔力を集中させる。それで酸は防いだ。が、上方と後方、そして左右から氷柱が襲ってくる。ケイトは防衛魔法を全面に急速展開させる。

 高度な魔法戦だが、エレンの方が一枚上手だった。防衛魔法の薄い部分を貫いた何本かの氷柱が、ケイトの体に突き刺さる。その直前にケイトがマントを脱ぎ捨て、純白の衣(ドレス)に魔力を流さねば、即死していた。

「チッ。神の守護を受けたとかいう精霊の羽衣か。母親にでも貰ったか?」

 その通りだった。旅立つケイトに、リヴは純白の衣精霊の羽衣と紺のマントをあたえた。

「ケイト!」

 グランは階段を駆け上がり、会議室の扉を蹴破る。目の前には、黒衣の将軍。そして体中から出血しているケイト。

「ケイト、よくやった。ここからは任せろ」

 グランがピアスに触れようとしたとき。

「ダメだよ……グラン。あなたにはもう、魔力が残ってない……魔道具を使えば、死んじゃう……。それにこれは……私の戦いだよ」

 グランとケイトは僅かな時間、見詰め合う。それは本当に僅かな時間だったけれど。グランはケイトの目に、覚悟を見た。そして互いに、相手を想う気持ちを見た。それで充分だった。

「分かった。俺は王の元へ行く。奴を倒したら、迎えにくる。きっと、迎えに来るから」

「うん……待ってる」

 ケイトの返事を聞き、グランは身を翻す。ケイトはグランにいてほしかった。彼の側にいたかった。でも、自分で言ったとおりだ。これは、ケイトの戦い。

「迎えに来る、か。都合がいい。ある程度、血の貯蓄はできた。もうクルーニーに用は無い。あの臆病者を殺してやってきたら、奴も殺す。あの狙撃術と二刀流は、後々、脅威になる可能性があるからな」

「グランは決して、傷つけさせない」

 出血量は激しい。けれどケイトはその一念で、立ち続ける。戦い続ける。

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