第38話

 ケイトが後方にて狙撃で援護し、ソーニャが敵を撃つ。二人は素早く位置を変えながら、そのコンビネーションで敵兵を潰していく。途中で弾が尽きた二人は、自動拳銃で戦った。

 そして最後の一人を、ケイトは撃った。撃ち殺した。それを見届けて、ソーニャが倒れる。

「ソーニャ!」

 叫びながらセリーンはソーニャの側に寄り、膝をつく。そして、胸に抱く。

誰に言われなくても、治癒魔法が役に立たないのは分かった。ソーニャの体は、銃創だらけだった。

「ケイト、あんたと一緒に、王や将軍と戦いたかったよ」

 そう言うソーニャの顔はでも、とても穏やかで。

「ソーニャ……その人達とは、私が戦うから……」

 それは死に逝く仲間への慰めではなく。誓い。

「ケイト、あんたに感謝するよ。生贄だった私を、ここまで連れてきてくれた」

「ソーニャ……死は終わりじゃないよ……新しい旅立ち、新たな人生の幕開けだよ」

 かける言葉が見つからず、ケイトは母に教わった言葉を友に、家族に贈る。

「新しい人生は、生贄じゃないといいけど。ケイト」

 息も絶え絶えのソーニャだが、最後の言葉は力強かった。

「俯くな。あんたは立派に戦っている。だから、前を見るんだ」

 大事なことをケイトに伝え、排他領域の女戦士は俗世の全てから自由になった。

「ソーニャ……私は本当に……前を向けるかな……」

 その答えが、階段を上がった先に、ある。

 グランを待たず、ケイトは階段を昇る。

大敵に、一人で挑もう。その先にしか、きっと自分が前を向ける未来はない。


地下牢獄の中央で、グランは立っていた。どの牢獄も、空だ。

「(みんな、すまない。オヤッサンの戦術を遂行できなかった)」

 グランは心の中で、十三の仲間達とマギヌンの兵士達に詫びた。そしてヘラーと彼を転移させた女性であるリンに、想いを馳せる。

この国に、全てを奪われた二人。でもリンは、ミルンに復讐しなかった。加えて彼女は、ヘラーにこの国を復讐させなかった。

ヘラーは最大破壊魔法の破壊を、最小限に抑え込んだ。自爆魔法も、きっと調整している。

自爆魔法については、説明がつく。ロペスには少数とはいえ、まだ無辜の民がいた。

 なぜ二人は、ミルンに復讐しなかったのか? その答えは、託された任務にある気がする。

『最終決戦の地は、グラースになるだろう。グラン、ケイト。世界を見てこい』。

 世界が再び結束し、戦わねばならない日が来るのを予見していたのではないのか?

 その戦いにはきっと、ミルンの民も加わると信じていたのではないか?

 グランはその考えに、半信半疑だ。ただ、有り得ない話ではない。

この国は、汚名をそそがなければならない。

そのための復興。

そのための技術・経済大国化。

リンはその未来を信じて。ヘラーはその結果を信じて。

だったら自分も、「信じる勇気」を持とう。

信じるのは怖いけれど、勇気を出して信じてみよう。

そのためにはまず、背後に立つ男を倒さねばならない。

「中尉。魔女達は全員、マテウスへ送還した。王の命に基づいてな」

 宰相のイギンが立っていた。平素の宮廷服ではない。その立ち姿と装備には、見覚えがある。

「排他領域で、デュリックスは政権中枢にも食い込んでいると聞いた。それは本当だったわけだ」

グランが睨みつけても、イギンの無機質な無表情は変わらない。

「さすがは、十三。さすがは、世界有数の狙撃手。この姿で、私をデュリックスと見抜いたか」

「お前が、ミルンのデュリックスを束ねているのか?」

「いかにも。マギヌン近辺の落ちこぼれ連中は、捨て駒らしい働きをしてくれた」

「お前は、この国で生まれ育ったのではないのか? なぜ、王と将軍に忠誠を誓う?」

「中尉、勘違いしているようだ。私は誰にも、忠誠など誓っていない。この国を支えるのは、いつの時代も我々官僚だ。クルーニーとエレンに傅くのは、マテウスとブラムスを抑えられるからだ。魔法を禁じられた我が国に、他国との戦争は無理だ。ならば、行わねばよい」

「不戦のために、俺達が捕らえた魔女をマテウスに送り込んでいるのか? 何が目的だ? 何より、血吸いに罪なき民を捧げるくらいなら、国を挙げて戦うべきだ」

「マテウスが魔女をどう使おうと、私が関知することではない。エレンは時折、魔女の血を吸っていたようだが。お前はエレンを、いや、ブラムスの脅威を知らぬから、大口を叩けるのだ。安定した血を供給すれば、ブラムスは攻めてこない。しなければ、攻められて滅ぶ」

 そう言うイギンの表情に、グランは恐怖を見た。この男に、何かを信じる勇気はない。

「中尉。副将軍の席が空いた。クルーニーとエレンは、ぜひ君にと」

「魔女を物として扱う男と無辜の民を生贄にする女から『ぜひに』か。宰相、あんたこそ、勘違いしている。俺はここに、出世をするために来たんじゃない」

 グランの返答を聞いて、イギンは苦笑した。

「我々官僚の目を、節穴だと思っているようだが。クルーニーはマテウスでも、将軍派だ。奴の人脈を駆使して、情報を得た。交戦中のドラガンから、ミルン国軍に潜入が送り込まれたと。その潜入は第十三部隊に編入し、戦地功労で早期に軍幹部となり、クルーニーの動向や生け捕りにした魔女の使途を調査するのが任務だ。違うかね、中尉?」

「宰相、誰かと勘違いをしているようだ。俺はミルンで生まれ、西大陸のアナスで育った」

 イギンはしばし、グランの瞳を観察していたが。

「なるほど。嘘は、言っていないようだ。そうであれ、副将軍の座に就く気はないかね?」

「俺は今から、王と将軍を始末しに行く。邪魔する者がいても、押し通るまで」

 イギンの双眸が、氷の如き冷たさを放つ。

「残念だ。だったら君も、第二部隊の生き残りのようになりたまえ」

 左手に魔法石を握ったイギンが、右手を伸ばす。が、何も起こらない。

「貴様かっ、第二部隊の九名を使い魔にしたのは!」

 咆哮するグランに、困惑するイギン。

「なぜだ? なぜお前には、私の闇魔法が通じないのだ?」

 グランは両手の甲を前に掲げ、僅かに魔力を練る。額と甲に、星型の紋様。

「なっ……勇者……だと……。失礼、私としたことが取り乱したよ」

 グランがイギンとの間合いを詰めようと、足を動かし矢先。稲妻の電子牢に閉じ込められる。

「勇者とて、不死ではない。そしてデュリックスである私には、魔法禁止など知ったことではない」

 イギンから冷静沈着な官僚の仮面が剥がれ始め、冷徹な暗殺者の顔が見えてくる。

 ビリリッと音を発し、目にも眩しい稲妻の牢獄。イギンが操れば、この稲妻はそのまま四方八方からグランに襲いかかってくる。それでもグランは落ち着き、イギンの目を見据える。

「デュリックスか。同業者だな」

 グランは両の掌からいなづまの柱を放ち、稲妻の牢獄を消滅させる。

「魔術だと!? 勇者といえど、魔術の発動には修練が必要……私と同業者……まさか、セントイント教会……」

 自由になったグランの動きは雷神の如く、イギンを居合一閃。

「わ、我々……官僚が……この国を……復興させたのは事実だ…‥私の正体は関係……ない」

 死を目前にしても、イギンは官僚の権威を捨てない。彼にはそれしかないからだ。

「違う。この国を灰燼から復興させたのは、瓦礫を一つずつ取り除いた名も無き兵士と民だ」

 後方で絶命する宰相に告げ、グランは最上階へと急いだ。

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