さよなら推し活

高野ザンク

ピリオド

 推し活を辞めよう。


 推し友のノブヨと行ったライブの帰り道、ナツミはそんな決意をしていた。そうは言っても、今まで揃えたCDやBlu-rayはじめペンライトやTシャツなどの推しグッズを処分するということではない。これまで欠かすことなくイベントやライブに参加したり、グッズを買ったりしてきた推し活の頻度を減らそうと思ったのだ。緩やかな離脱と言ってもいい。


 3人アイドルユニットを推し始めてから5年になる。最初はノブヨに誘われて、それまでも仲の良かった彼女と新しい共通の話題ができれば、という軽い気持ちでファンになったのだが、初めてライブに行った時の熱狂や会場の一体感、そしてキラキラしたものを追いかけて、ファンとして彼女たちに貢献できるという行為は単純に楽しかった。30年近く生きてきて、これまで“推し”のような存在をつくったことはないナツミにしては、推しの活躍を我が事のように喜べる思いも、推しについて熱くなる感覚も(そしてオタクなスラングも含めて)すべてが新鮮だったから、その分のめり込んだのだろう。


 自分よりひとまわりも年齢が下の女性たちが華やかな衣装を着て、懸命に歌い踊る。十人並みのナツミでも、子供の頃にアイドルやスターに憧れたことはもちろんある。多くの少女がそうであるように、その道には進めなかったけれど、あるはずだった可能性を彼女たちに重ねていたのかもしれない。


 ノブヨは抽選でサイン会や握手会に行ったりしたことはあるが、ナツミは彼女らと直接触れ合うのが怖くて、そういう特典には応募をしない。万が一にでも当たってしまったら、自分は多分おかしくなってしまうだろう。サインをもらったり、話している時は良い。おそらくこの上ない幸せな時間になるのは。ただ、帰ってきた後、立ち直れなくなるぐらい落ち込むのも同じぐらいことだ。

 変な態度をとったんじゃないか、ああ言えば良かったんじゃないか、ウザいファン認定されてるんじゃないか、などと一生後悔するに決まっているのだ。それでも直筆サインが当たったり、ライブの「神席」を引き当てて、彼女たちのパフォーマンスを間近で観られたときには本当に嬉しかった。


 5年の歳月は、彼女たちをメジャーに押し上げた。ファンの数も徐々に増え、立つステージも大きくなった反面、自分を彼女たちに重ねられる部分はだんだんと少なくなり、今はただただ憧れと羨望の眼差しで、推しとの時間を過ごすだけだ。もちろん、それだけで満足なのだ。

 でも、私はこの5年、彼女たちとは正反対にだんだんと夢や憧れというものから遠ざかってきてしまったように思う。年齢的にも、思い描ける未来の時間よりも、振り返る過去の方が長くなってきてしまった。


 推しながら自分の人生も充実させる。ノブヨをはじめ、みんなそういうことができているのかもしれないが、何事にも凝り性なナツミには、そのバランスを取るのが難しかった。推し寄りになっている軸足を、自分の道に戻して踏みしめないといけない。自分の中の推しの存在が、そして彼女たちのステージが大きくなればなるほど、そんなことを考えるようになった。

 とはいえ、自分の推し活に対する後悔は微塵もない。推しが売れていくのはちっとも嫌ではない。誇らしささえある。もはや自分は古参のファンになりつつあったが、彼女たちを応援する思いは、存在が遠くなってしまっても何一つ変わらない。逆に、変わらない自分がうっとおしく感じてきたのかもしれない。


 それに加えて、彼女たちが活動を休止したり引退する前に、自分のほうから区切りをつけておいたほうが、心の準備はできるんじゃないかとも思った。これまで芸能の世界で着実にステップアップしてきた彼女たちも、いずれは「過去の存在」になってしまうだろう。その時まで、私はちゃんとファンでいられるだろうか。

 ナツミが自問自答した時、確実にYESと言えない自分にファンとして自信をなくしてしまったのだ。


 ライブ翌日、ノブヨに「推し活休止」を宣言した。

 彼女はビックリしていたけれど、ここ最近の私のノリみたいなものから、「なんとなく前と違った感じがしてた」と言った。思いは変わらなくとも、表に出るものは変わってしまうのだ。


「推しが嫌いになったわけじゃない、応援は続けるけど、前みたいにじゃなくて、、、なんとなくちょっと離れてみたい」


 言葉にすると伝えたいことの半分も伝わらない気がするが、私の偽らざる正直な気持ちはそれだった。


「推し方はひとそれぞれだよ」

 ノブヨはニコニコしながら、でも少しの寂しさを浮かべて言った。


 そんな宣言をしたけれど新譜でも出たら、前と変わらずに推し活を再開してしまうかもしれない。だけど、ひとつ決めたことがある。これからは、彼女たちに思いを託すだけではなく、自分も自分の世界で頑張るのだ。


 さよなら、私の推し活。でも近いうちにまたいつか。

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さよなら推し活 高野ザンク @zanqtakano

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