管理社会の中で食う罪深飯は美味いか?

チクチクネズミ

罪深きフライドチップスポテトのトロトロチーズがけ

『本日のメニュー

・主食 サラサラマッシュポテト

・主菜 香るミート(遺伝子組み換えではない)

・副菜 サプリメント四粒

・飲み物 蒸留したて水 』


 クソッたれ!

 空腹を満たすランチタイムに大衆食堂に赴いたダレスは、大衆食堂に掲げられた今日のメニュー表を見るとガクリと首を垂れた。今週で同じメニューが二回目である。いや先週は三回も同じだった。その前は二回。その前は三回。月で言えば十回も同じものを口に入れている。飽きるのも当然であった。

 田舎暮らしの故郷を離れて、中心の都会へやってきた。仕事もある。自分だけの住居が完備されているマンションがある。物々交換ではなく貨幣でやり取りされる都会のスマートさに最初のうちは喜んでいたが、そのスマートさに目が慣れてくると嫌なものが目立つようになった。

 ダレスが生まれた星は宇宙開発の大事な箇所である農地開発に失敗し、ろくな作物が取れなかった。ダレスの故郷もそこそこ貧しかったがある程度農作物はあったものの、都会はなんでもあるとは言うがほとんどが値段が高かった。特によその星から運んでくる品物は手が届かず、安月給のダレスでは嗜好品のチョコレートすらひと月に一枚食べられるかどうかである。

 おまけに都会では栄養健康管理法という人民の幸福と健康面を守るという名の食事制限政策によりAIで管理されているのだ。


 天井から運ばれてきた料理は、オノマトペで彩られた言葉とは想像もできないほどのっぺりとしていた。マッシュポテトも大豆ミートもプレートと平行するように均一に並べられていた。均一過ぎて食べ物か認識できなかった。

 マッシュポテトを一口口すれば、口がパサつき。ミートは一かじりで畑が焼け焦げた臭いを充満させた。こんな粗末な食事を出され続けてダレスはイライラし始めた。もっと脂ぎったものがほしい。


『幸福度二十% 油カリウムが不足しているでしょう。カリフラワーを注文しましょう」


 腕時計に内蔵されているAIがダレスの不足している栄養分を勝手に分析し、頼みもしていない茹でられた丸ごとカリフラワーが皿にごろりと落とした。

 違う、違う、違う。そんな健康的なものなんか欲しくない。

 AIによる幸福への最適解だろうが、食糧不足だろうが、こんなもので腹の足しにもならない。目の前のトレイに積まれたカリフラワーを片付けようとした時、同じタイミングで隣の席にいた社員とぶつかり、ランチがひっくり返って残飯と化してしまった。

 新しくランチを頼もうとブラインドをタッチしたが、メニューの画面には『申し訳ございません。本日のランチはすべて完売しました』と残酷な文字が白文字で淡々と書かれていた。

 グゥと胃袋が無情に空腹の訴えを起こしたが、入ってくるものはない。最悪な日だ。


 結局中途半端な食事ではまるで仕事に手がつかなかった。ダレスは大衆食堂には向かわず値段は張るが近くの飲食店で昼間の空きっ腹を埋めることにした。


『外での食事をしますか?』

「イエスだ。昼間の足りないカロリーを補填する」

『幸福の数値を照合します。かしこまりました。カロリーの上限を限定的に解除します』


 栄養健康管理法により一日に食べられる決められているカロリーが定められており、数百カロリーオーバーでも警告が出るのだ。さすがに今回は昼間の不幸により助かったが、考えてみればクソッたれだ。好きなものを好きなだけ食いたい時だってあるじゃないか。


「ジャンクフードというの食べてみてえなぁ」


 ポツリと出てきたジャンクフードという言葉。かつて飽食の時代と呼ばれた時に生まれたただカロリーと旨さだけを追求した完全不健康食。どこの惑星も農作物の確保に苦労しているのに、それが存在したことをダレスは幼い頃より飽食の時代のメニュー表を眺めながら羨んでいた。

 特にハンバーガーというものなんぞは、こんな赤土でも栽培できる大豆ではなく牛の肉を丸々使って彩り豊かな野菜と一緒に挟んだものだったらしい。ほかの惑星に行けば食べられるらしいが、あいにくそんな費用すらダレスにはチョコレートよりも遠い存在であった。

 そんな願望と空腹を抱えながら店を探し回ったが、仕事が遅くなったせいもありもうほとんどの店が閉じてしまっていた。

 ……最悪の一日だ。

 トボトボとダレスは仕方なく今日はもう寝ようと店の裏を回ったとき、鼻先に香ばしく油っぽい匂いに殴られた。少し嗅ぐと、匂いはいっそう濃くなる。匂いの元である店の裏をこっそりと入ってみると、小汚いフードをかぶった女がフライパンの上にいっぱいの油を溜めて何かを作っていた。


「お前、な、なにを。作っているんだ」

「フライドポテト」


 女は大仰にもせず、当然のことのように言ってのけたが、この星としては大問題だ。油なんて油を精製できる植物がないため生活用でも希少であるのに、飲食用に使うことなど大富豪か犯罪者にしかできない所業なのだ。

 むろん目の前の女が大富豪であるはずはない。彼女の手にあるのは、食べ物にすらならないと捨てられた小さなジャガイモを拾っている人間が、金持ちであるはずがない。


「あんた油もの食べたことないのか」

「この星では希少だからな」

「それでか。どうもこの星の食い物は味気なさすぎる。ほら分けてやる。胃がひっくり返るなよ」


 油の中に串を突き刺すと、中から透明な油に包まれて揚げられた芋が表れた。女はそれをトレイの上に乗せるとダレスの前に突き出した。フライドポテト。古いメニューの中で見た細長いものとは違うが間違いなく揚げた芋だ。素手で触れば火傷するほどの余熱が残っていた。しかし夢にまで見たフライドポテトに口にできるとの興奮で火傷など気にせずそのまま口に入れた。

 カリッと口の中に知らない美味さが広がった。一口目は揚げられて固くなった芋の食感が来るが、二口目三口目には中の芋のホクホク感が伝わってくる。しかも口の中まで香ばしいにおいが残っていて、今まで食べていた芋とは違う。いやそもそもあのマッシュポテトこそが偽物だとダレスは理解し、飲み込んだ。


「密輸品だ。お前にも分けてやるから黙ってろ」


 女はボロ臭い布に包まれたものを剥がすと、掌サイズほどしかない小さくて円形の黄色い物体を取り出した。


「お前、どこでそれを……チ、チーズじゃないか」

「なんチェラチーズだ。大豆から作った合成乳製品じゃないぞ。正真正銘の生きた牛の乳から作ったチーズだ」


 なんて大罪人だ。今時乳製品なんて牛をいじめる野蛮な行為だからと大豆で作った豆乳しか認められていないのに。それを本物の牛から取ったものだなんて……そうこうするうちに女は、揚げたてのフライドポテトの上にチーズをサバイバルナイフで削り、黄色い削り節が降り注ぐ。

 降り注いだチーズは油の余熱で溶け、トロリトロリと芋の周りに絡みつきだした。


『注意。過剰な糖分と塩分を確認。急激な糖分の摂取にご注意ください』


 警告が鳴った。カロリーや栄養素の偏りや過剰摂取で通知が来るのは人生初だ。いやこの星ではそもそも過剰になるほどの栄養となる食事など今までないのだ。それに今日は昼間の分を取り込むのだから十分だ。

 ダレスはAIの警告を完全に無いものとして、口に入れると先ほどとは違い味が濃くなった。トロリと舌の上でとろけるチーズのやさしさと濃厚さ。それとマッチするフライドポテト。なんと悪魔的なうまさであろうか。


「おい、お前たちそこでなにをしている!」


 わずかに空いた隙間から異変に感づいた警官がダレスたちにライトを当てた。二人は慌てて、その場を離れようと無我夢中になって警官を突き飛ばして逃げ失せた。気が付けば女とははぐれ、手元にはチーズがかかったフライドポテトを抱えていた。まだ揚げたてでチーズがプレートの上に垂れている。


「はぁ。あむっ、あつっ。濃い。うま。幸せ~」


 三十代の男の声とは思えない腑抜けた声を殺しながら、まだ熱々のチーズポテトを口の中で油を吸ったポテトを舌の上で転がしながら今まで取ったことがないほどのカロリーと脂質を摂取できた。


『本日の幸福度前日比より四十パーセントの向上。今日もお元気で行ってらっしゃいませ』


 その日の夜以降ダレスは上機嫌だった。朝から晩まで胃にものを入れるだけの食事の中に、チーズポテトを食べることで食事の不満が払しょくされたのだ。ランチに粗末なあのメニューが出たら、一粒の丸揚げされたフライドポテトを口に入れて口直し。夜中に小腹がすいたら温めなおしたチーズポテトで満たし。

 買いだめするほどの量がないこの星で夜食を満喫できるのは金持ちぐらいしかない中、ダレスもこれが上流階級の楽しみ方と優越感を味わっていた。

 チーズポテトのおかげか仕事の能率も向上していた。仕事がつらくてもチーズポテトがあると考えるだけでやる気が出ていた。


『本日の幸福度前日と変わらずです。高水準です』


 チーズポテトとの出会いから十日が経とうとしていた。今日もやる気を出そうと保冷バッグにしまっていたチーズポテトを取り出そうとした。だがもうチーズポテトが一つしかなかった。このところ少しづつ節約していたのだが、ついつい夢中になって四分の一を半分。半分を一粒と食べてしまっていた。


「あの女を探さなければ」


 ダレスにチーズポテトをふるまってくれた女。あの夜から全く見かけることはなかったが、チーズポテトの材料は彼女が持っている。チーズポテトなしの生活など考えられない。何としてでも女を見つけるため会社に行かず女を探しに行った。


 女は以外にもすぐに見つかった。


「ようあんたか。あたしの夜食を持ち逃げしやがったな」

「非常事態だったから。そんなことより」


 ダレスは自分の置かれている状況を一言一句伝えた。だが女は同情の顔もせずそっぽを向いた。


「あほか! あのチーズだって口止めにやっただけだ」

「そこをなんとか分けてくれ。あれがないと私の人生は何もないんだ。家に来てもらうだけでも」

「黙れ。あたしは星から星を旅する人間だ。そんなにフライドポテトが欲しいなら、芋と結婚して心中しやがれ芋野郎!」


 怒った彼女にダレスは再び声をかける間もなく去ってしまった。

 ああ、どうすればいい。芋は完全配給制で買えないし、チーズなんてもっと無理だ。そうだ油も。そもそもフライドポテトなんてどれくらいの温度で作ればいい。過去のデータ上でした見たことがないダレスに、あのフライドポテトの再現などできないという不安が一気にのしかかってきた。


『幸福度が急激に減少しています。近くで休んでください』


 AIが警告を発するが、ダレスの耳には何も聞こえない。とにかく芋だけでも、あの女がやったように廃棄された芋を盗むほかない。ダレスは藁にも縋る思いでたまたま通りがかった店の裏手に忍び込んだ。

 ちょうど目の前で店員が山盛りの芋を運んでいた。ダレスは物陰に隠れながら芋を一つ、二つを失敬する。これでフライドポテトは作れると思った矢先。


「泥棒!」


 盗みの経験などないダレスは店員の叫び声に驚き、ひっくり返ってしまった。この前のように逃げることもできずあっという間に逮捕されてしまった。


 檻の中でダレスはうつむいていた。「自分はなんて愚かなこと」なんて思ってなく、もうチーズポテトすら食べられない絶望に打ちひしがれていた。会社からの解雇通知書が入った封筒も、故郷の家族からの手紙も封を切ることもなくただただそのことにばかり頭になかった。

 しばらくして職員がダレスが入っている檻の前にやってきた。


「ダレス。君の処分だが。窃盗罪と決められた食料を盗むという我が国の栄養健康管理法に違反する大罪を犯したことで、この星から追放することにきまった」

「はぁ」

「それで追放場所であるが、地球に指定した。君は二度とこの星の大地を踏むことはない。よいな」

「はぁ」


 抑揚もなくダレスはそのまま返事を返しただけだった。追放されるとか故郷のことなどダレスにとってもうどうでもいい存在に過ぎなかった。あのチーズポテトがもう二度と口にすることなどできないことの方がよっぽど堪えたのだ。


 母星を追放されて、目的地の地球に向かうまでの間の宇宙船の中でもダレスの頭の中はチーズポテトのことでいっぱいだった。

 唯一の所持品として許されたAIが目的地に着くことを知らせた。


『まもなく目的地に到着します。目的地の地球の情報をご覧になりますか』

「いらない。撮っていた料理の映像でも流しておいてくれ」


 宇宙開発の過渡期から放置されて、いまだに昔ながらの農耕生活を営み続ける遅れた人類がしがみ続けている星のことなど微塵にも関心がなく、AIにこっそり撮影してもらったチーズポテトができる工程を映させた。

 自分を犯罪を犯させるまでに堕とさせ、もう食べられないであろうあの罪深きチーズポテト。宇宙船の窓から見えてきた青い星にトロトロの黄色いチーズがかかっている幻影が見えていた。

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