後編 月詠人

You side. With 月詠人B



私の体には線がある。

昔から誰かを傷つける度に自分でつける線。

罪の数だけ体を走る鋭い線。


『お前なんか産まなきゃよかった!』


5歳の時、母は家を出ていった。

最後に見た顔は悲しそうで、そんな顔をさせた自分が許せなかった。そして、ふと目に入った落ちていたガラスの破片で腕を切った。そうすることで少しは罪が軽くなる気になれた。


それから私は何度も切った。大臣である父に怒鳴られた時も。兄に『お前は邪魔だよ、この家にいるのは私だけでいい』って言われた時も。町で遊んでいた子に『〇〇ちゃんは貴族の娘だから私とは関わらないで』と言われた時も。


見えないように着物の下に隠れるところを。15歳を過ぎた頃からガラスが小刀に変わった。痛さが私に生きてもいいと許しをくれた。





そんなある日、私は君と出会った。

いつも通り屋敷を抜け出し下町を歩いていた。


「あの〜すみません。占い処に行きたいんですけど」


声をかけてきたのは青年だった。発音の抑揚が西の訛りだったのでこの辺りの人ではないのだろう。そういやアイツも西の訛りが少しあったな。


「占い処だったら反対方向ですけど…」

「ええ嘘や!ホンマに都は分からんなぁ…」

「良かったら案内しましょうか?」

「いいんですか!?」


話を聞くと青年は大阪の田舎の生まれで、月詠人の見習いとして都にやって来たのだと言う。


「つくよみ…びと?」

「月詠人って言うんは月を見て占いや運勢を見る人のことで、まぁ陰陽師と同じようなものです」


人懐っこくニッと笑う青年の笑顔は眩しくて私が生まれ初めて見る部類の人だった。話していると目的地に着いてしまった。


「占い処はここです。…じゃあ私は失礼します」

「あ、ちょっと待って」


立ち去ろうとすると呼び止めれた。


「しばらくはここで修行してるから、良かったらまた会いに行ってもいいかな…?」


その申し出は予想外だったが特に問題もなかったので頷いた。


「はい」


君は嬉しそうにまたニッと笑った。











それから2ヶ月_______





小刀で作った鋭い線。古い傷はもう塞がってただの模様になってるけど。そしてその上から1番新しい傷がある。さっき切ったばかりだからか血がぼたぼたと滴る。


今晩の月は明るくて袖口から見えてしまった。君の視線に気づいて慌てて隠そうとしたけど腕を掴まれた。

「これ、何」


「声が怖いよ」

何でもないように装ったつもりだったけど実際に出た声は乾いていた。少しだけ心臓の音が早まる。



「自分でやったん?」

「ふはは、」

「なんで…そんなことするの」



悔しそうに顔をゆがめる君。


そんな顔させるつもりはなかったなぁ。

だから、隠そうとしたのに。


「お願いだからこんなことしないで。俺が…守るから」


そして私をぎゅっと抱きしめる。





君に守られる権利なんてあるのかな、と抱きしめられながら思う。




この傷は自戒だ。

私がここにいないアイツを裏切った罪。

アイツは貴族なのに変なヤツでいつもヘラヘラしていた。どうでもいい話とかずーっと喋ってて若干うっとうしかった。なんか、喋り方も軽かった。

「だから、本心分かりづらいのよ…」


まぁ、変なヤツだけど悪いヤツじゃなかった。アイツなりに色々考えているのだろう。アイツは最後に悲しそうに笑った。私のせいで悲しい顔をさせた。だからさっき森の中で護衛用に持ってきた小刀で切った。また増えた1つの罪。


そして私はこれからも切り続けるだろう。それはこの先も変わらない。それが私の生きる唯一の道だから。そうしなければ生きていけない。


君と生きるためにアイツから離れたのに、結局は君を苦しめることになるんだね。「守る」と言った君の声は震えていた。


私はまた誰か悲しませるのか。








背中越しに見える月は満月だった。





「ねぇ、


今夜の月はなんて言ってるの?」







月の意味は知ってる。さっきアイツに聞いたから。



『さよならって言うんやで』



「今宵は綺麗な満月やけど…。もしかして、」


本業が月詠人なだけあって、私の言いたいことは伝わったらしい。君は驚いて目を見開く。

私は誰も悲しませたくない。






さぁ、君よ。


お別れの時だ。







この2ヶ月、君とは楽しい思い出ばかりだった。屋敷を抜け出して、毎日のように君が修行してる占い処に会いに行った。道に転がったトカゲの死体を見て「これは、不吉なことが起こる前兆…!」と大袈裟に反応する君を見て笑った。ある時は、甘味処でお団子を食べた。初めて食べる甘いお菓子に感動した。そんな私を見て「ええ、こんな美味しいもの初めて食べたん!?変わってるなぁ」と笑う君。どこを思い出しても笑った記憶しかない。


そんな君と離れることは辛いけれど、離れた方がいいのだと本能が言う。

このまま君もいれば、私は君を傷つけることになる。君を傷つけたくない。だから、さようならを告げる。


驚いたままの君を背に、私は森へと走り出した。






これは、2人の男と決別する道を選んだ、ある姫の物語。

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ツクヨミビト 春夕は雨 @haluyuha_ame

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