盗聴器は最新式で

葎屋敷

推しを怖がらせるなんて、もっての外である

 驚天動地。今俺は衝撃の最中にいた。


「こちら、アイドルのレナ。知ってると思うけど。レナ、こちら私の友達の夏輝ね」

「レナです。今日はすみません」


 通っている大学近くのカフェの一角。呼び出しを受けたために向かえば、そこには俺の友達の麻里奈と、俺の大好きな推し、アイドルのレナちゃんがいた。

 レナちゃんは所謂地下アイドルというやつだ。いつかは地上波テレビに出るようなアイドルになるため、ライブ中心に活動する未来の人気者。俺は彼女が輝く姿に惚れ、もう三年間応援活動、所謂推し活に勤しんでいる。

 そんな俺の前に、なぜレナちゃん本人がいるのか。


「な、な、なんで!?」

「実は私、レナと中学同じでさ。友達なんだよね」


 同じ学科で仲の良い麻里奈へ詰めよれば、彼女は苦笑してレナちゃんとの仲を語る。中学時代のレナちゃんの姿(妄想)が俺の頭の中を埋め尽くした。


「そんなの見てればわかる! でも、今まで俺に一言も言わなかっただろ。急にこんな……」

「いや、言えないわよ。あんたがレナのファンだって知ってたから余計。本当は、この先も夏輝にレナのこと言う気はなかったの。でも、トラブルが起きちゃって……」

「トラブル?」


 スキャンダルと同じくらい、自分の推しには付いて欲しくない単語だ。背筋が自然と伸びて、麻里奈に対する文句も喉奥へと引っ込んた。


「あの、実は私、ストーカーにあってるんです」

「す、ストーカー!?」

「バカ、声が大きい!」


 思いがけなかったトラブルの内容に驚いて、俺は店内だというにも関わらず、驚嘆の声をあげてしまった。心臓が緊張でバクバクと鳴り、汗が背中を伝う。


「ストーカーって、本当に?」

「は、はい」


 今度は周りに聞こえないように小声で尋ねれば、レナちゃんも声を潜める。自然と肩が丸まり、ステージで歌ってる時に彼女から溢れ出る自信は、今では影も形もない。レナちゃん、プライベートだと大人しい子だから、こちらが素だろうけど。


「そうよ。マネージャーにも相談したらしいんだけど、対応遅いのよね」

「ま、マネージャーも頑張ってくれてるんだけど……」

「レナは弱気な子だから、万が一のこと考えて、早く対策したいのよ。で、思いついたのが、あんた」

「俺?」


 俺が自分を指さしながら首を傾げれば、麻里奈とレナちゃんは二人揃ってコクコクと首を上下に動かす。


「だって、あんたの兄貴、警察官でしょ」

「ま、まあ、そうだけど」

「相談乗ってよ。あんたの大好きなレナちゃんの一大事なんだから」


 どうやら麻里奈がレナちゃんとの仲を今まで俺に話していなかったにもかかわらず、今回に限って頼ってきたのは、俺の兄が警察官で、いざと言う時窓口として役に立つだろうという判断をしたかららしい。

 確かに、ウチの兄貴は正義感が強いし、俺経由でレナちゃんの現状を伝えれば、力になってくれるだろう。レナちゃんが辛い目に遭っているなんて、俺としても腸が煮えくり返りそうな思いだ。


「わかった。兄貴にも相談してみるから、とりあえず、具体的にどういう被害があったのか、話してくれないか」

「は、はい! まず、よくあるのが電話なんです。無言電話は毎日のようにあるんですけど、たまに話しかけてくるんです。今日、こういうものを見て、私を思い出したんだ、とか一方的に言われます」

「番号は?」

「全部非通知です」


 なんて奴がいるんだ。嫌がらせのつもりだろうか。ストーカーがなにを思ったかなんて、レナちゃんは興味ないに決まっている。

 なにより、自分が喋ったら、レナちゃんが恐怖におびえる息遣いとか、そういう彼女の音が拾えないじゃないか。まったく、なにを考えているんだか。


「あと、私の写真が送られてきたり、とか」

「ああ、生写真? それだったら俺も持ってるけど……」


 写真なら俺も集めている。CDランダム封入のものはコンプリートしている。オフショットの写真まで綺麗にアルバムに入れて保存しているので、抜かりはない。


「いえ、そういうのじゃなくて、隠し撮りの写真です。プライベートでお買い物した時の写真とか」

「『いつも見てるよ』っていうお手紙付でね。ほら、レナ、今日持ってきたんでしょ?」

「は、はい……」


 レナちゃんは鞄からジップロックを二重に封をされた手紙を取り出した。最初はなぜジップロックか気になったが、触らずに手紙の内容を確認できるからのようだ。取り出して直接触る必要がない。レナちゃんは賢明でかわいい。


「意外と綺麗な字なのが、逆に嫌だな……。麻里奈より上手いんじゃないか?」

「そうなのよ! 見てるだけでイライラするわ」

「まったくだ」


 麻里奈の発言に、俺は腕を組みながら肯定を示した。

 まったく、このストーカーはなにを考えているのだろう。自分の筆跡をばらすような真似、よくできるものだ。こういう時は、利き手とは反対の手で書くのが基本だろうに。この丁寧な字を見る限り、利き手で書いているはずだ。間抜けな奴である。俺は念のため、レナちゃんに許可を取り、左手に持ったスマホでその紙面を撮影した。


「文章が進みにつれて、文字が右に上がってるね。ストーカー、右利きなんじゃないかな」

「あ、本当だ」

「よく気づくわね」


 レナちゃんたちが感心したような声をあげるものだから、俺も得意な気持ちになる。まるで風船のようにふわふわと上がって、落ち着きが保てなくなりそうだ。


「他に被害はあるのかな?」

「あ、あともうひとつ。これに関しては、もうマネージャーに預けたんですけど、写真はあります」


 レナちゃんは携帯端末を取り出すと、ポチポチと操作し、すぐにその画面を見せてくれた。机に置かれた端末の画面を見る為、俺と麻里奈は座席から腰をあげ、乗り出すように上から覗いた。


「盗聴器……」

「はい、コンセントみたいなの、盗聴器なんです。よくわかりましたね。これが盗聴器だって」

「まぁね。これは自室に?」

「はい。そうなんです」


 画面の盗聴器は、かなり古い型だ。まったく、このストーカーには呆れてものも言えないよ。こんな旧型じゃ、細かい音が全然拾えないし、盗聴できる音そのものがクリアじゃない。推しの部屋に入るっていうリスクの高いことをしておいて、この程度の安物しか用意していないなんて。


「まったく、こんなものをレナちゃんの部屋に仕掛けるなんて、舐めてるとしか言えないな! でも、レナちゃん。これだけの証拠があるなら、俺の兄貴わざわざ通さなくても、警察は話聴いてくれるよ。マネージャーさんはなにをやってるの?」

「その、活動を自粛するかどうかとか、色々協議しなくちゃいけないみたいで……」

「そっか。その辺りのことは、僕は業界人じゃないからわからない。でも、君を応援する一ファンからすると、やっぱり心配だよ。必ず犯人は捕まるから、警察に今からでも――」

「で、でも、あの!」


 レナちゃんは俯き、俺と視線を合わせない。ただ、俺の位置からでも、彼女の視線を追うことはできる。右往左往、彼女の心を表すように、瞳は揺れていた。


「……きっと、私のファンの方だと思うんです。推し活が行き過ぎてしまった結果だと思います。元々応援してくださっていた方なら、警察とかじゃなくて、もっと、平和的に解決できないかなって」

「レナ、あんた……」


 麻里奈がレナちゃんの丸まった背中を擦る。すると、レナちゃんはますます身体を縮こませる。

 こんな優しい娘に、怖い思いをさせるなんて。


「レナちゃん、よく聴いて。そんなストーカー行為は、推し活なんて言えない。君が笑顔でアイドルとして輝けるように応援するのが推し活だ。君を怖がらせて、悩ませて。そんなことになってる時点で、許しちゃいけないんだよ」

「夏輝さん……」

「とりあえず、マネージャーに改めて相談しておいで。それでも警察への相談が先送りになったり、ストーカーの行動がエスカレートするようだったら、遠慮なく俺に連絡して。兄貴がいてもいなくても、駆け付けるからさ」

「……はい。ありがとうございます。あなたに相談できて、良かったです」


 その時、ようやくレナちゃんは笑顔を見せてくれた。そこでようやく、愚鈍な俺は彼女を笑顔を今日見ていなかったことに気がついたのだ。


 その後、俺たちは連絡先を交換し、その場を解散した。ストーカーの追跡を考えて、今日は麻里奈の家に泊まるらしい。彼女たちが去った後、俺は背伸びをしてから帰路についた。



 *



 カーテンで日光をほぼ遮断した、暗くて狭い一室。それが青年の部屋だった。青年は帰宅早々に、パソコンへと向かう。


「あっぶな。俺の推し活がバレたのかと思ったぁ。冷や冷やもんだぜ」


 青年はよく独り言を漏らす。この空間には話し相手などいないというのに、彼はずっと口を動かしながら、作業に勤しむ。その作業というのは、ある男の身元の割り出し作業である。


「レナちゃんの家見守ってるときに、よくすれ違う男がいたんだよなぁ。近所の奴かと思ってたけど、今思えば、あいつが怪しいか……」


 青年はヘッドホンを装着し、パソコンのキーボードを叩き続ける。ヘッドホンからは音がほとんど聞こえない。それもそうだ。彼のヘッドホンに流れるのは、今は誰もいない部屋の音なのだから。


「ま、男が侵入とかしてたら、これで音拾えるだろ。男とレナちゃんの足音の違いに気がつかなかったなんて、一生の不覚。盗聴器買い替えないと……」


 青年はカレンダーを確認する。彼の推し、地下アイドルレナの次のライブは二週間後だ。


「んじゃ、それまでに解決してやりますか。推しの生活をこっそり守るのも、推し活ってなぁ」


 そう、これは推し活である。

 推しの声をよりたくさん聴くために、盗聴器をバレないように仕掛けることも。

 推しの私生活の様子をアルバムに収めるために、その写真をこっそり撮ることも。

 推しが笑顔でいるために、そのストーカーの身元を見つけ、制裁を下すことも。


 推しにバレなければ、その心を乱さないのならば。それは立派な推し活なのである。

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