セイラの髪
王生らてぃ
本文
きれいな金髪が好き。
わたしの髪の毛は、ちょっとだけ茶色っぽい黒髪。なんだかカラスの羽を見ているみたいで、気持ちが悪い。だから前髪はいつもバンドで上げて、視界に自分の黒い髪が入らないようにしていた。
鏡を見るのも憂鬱だった。黒いものが嫌いだった。自分の頭の上に真っ黒なものが乗っかっているなんて、想像するだけで吐き気がする。
「ねえ、髪の毛結んで」
制服姿のセイラが、いつものようにわたしに背を向けて座る。
「はいはい」
わたしはポーチから、セイラ用の櫛を取り出して髪をとかす。
太陽に照らされた麦のような、まばゆい金色。まるで水に櫛を通しているような滑らかさ。つやつやした肌触りと、お砂糖のような甘い香り。
――何度見ても、きれい。
「今日はどうする?」
「おまかせ~」
セイラは適当に言いながら、スマホをいじっている。そういう日本語だけどんどんうまくなっていくんだから。覚えた言葉をすぐに使いたがるところは、子どもっぽくて、変わってない。
わたしは指に金色の髪を絡めながら、頭の高いところに結い上げていく。
小さい頃、海外から引っ越してきたセイラ。わたしはその金色のきれいな髪の毛に、思わず見とれてしまった。きれいで真っ直ぐな金色のロングヘア。見たこともない美しさ。
「ねえ、髪の毛、結んであげよっか」
わたしが話しかけると、セイラはきょとんとした顔をした。
ご両親の都合で引っ越してきたとはいえ、ずっと海外で暮らしてきたセイラは、あの頃はまだ言葉もちゃんとわからなかった。わたしは身振り手振りで、必死に伝えた。髪の毛結んであげようか? って。
ほんとうは、わたしはセイラと仲良くなりたいわけじゃなかった。仲良くなるのは、口実に過ぎない。――ただ、その金色の髪の毛に、触ってみたかったのだ。
セイラは恐る恐ると言った感じで、わたしに背を向けて座った。
わたしがツインテールに結んであげると、セイラはにこにこと、嬉しそうにしていた。日本に来たばかりで、初めてできた友だちが、わたしだったと言っていた。
それからセイラはわたしとよくしゃべるようになった。いっしょにお散歩をしたり、お昼寝をしたり、公園で遊んだり……
でも、わたしはセイラのことなんかどうだってよかった。いっしょに遊ぶのは、退屈だった。セイラとおしゃべりすると、言葉が通じなかったりして、いらいらした。でもわたしはセイラと必死に仲のいいふりをしていた。
「きょうも、かみのけ、むすんで」
片言の日本語でわたしに笑うセイラ。
わたしはセイラの、この金色の髪の毛に触れたいだけだった。セイラの笑顔なんかどうだっていい。
金色の、さらさらの、いいにおいがする、きれいな髪の毛。
指で触れるだけで幸せだ。
「はい。できたよ」
セイラはスマホのセルフィ―カメラを起動して、ハーフアップにした髪の毛をいろんな角度から眺め、自撮りをした。
「うん。かわいい。今日もありがとう」
セイラはにっこりと笑って、わたしにハグをする。
小さい頃からいつも、うれしいときはこうしてくれる。日本人にとってはなかなか戸惑う習慣だけど、もう慣れた。
それに、わたしはセイラとハグするのが好きだ。
顔の近くでふわっと、セイラの金色の匂いがするからだ。それを思いっきり吸い込むと、幸せな気分になる。
「じゃあ、また明日もよろしくね」
セイラはそう言って自分のクラスに帰っていく。
わたしも笑って見送る。
今日もセイラの髪の毛、きれいだった。指を通した時の手触り、輝き、匂い、どれもぜんぶ非の打ち所がない美しさ。わたしに、幸せを与えてくれる。
歪んでいると思われるかもしれないが、それはお互い様だ。
セイラは、わたしの名前を呼んでくれたことだってないんだから。彼女にとってわたしは、ただ髪の毛をセットしてくれるだけの人だ。それ以上でも以下でもない。わたしたちのこの関係は、つまるところ共依存なのだ。
セイラにとってわたしは、言葉が通じなくても、一緒にいてくれる都合のいい幼馴染。でもそれでいい。それでセイラの髪の毛に触れられるのなら、どうだっていい。
「おーい、今日も髪の毛結んでちょうだい」
セイラは雑誌の一ページを開いて見せた。モデルさんがポーズをとっている。
「この髪型がいいな。お願い」
「はいはい」
わたしは今日もセイラの髪に触れる。
金色の髪。
ほんとうにきれいだ。それに触れられるのは、わたしだけ。
セイラの髪 王生らてぃ @lathi_ikurumi
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