古野、メイド服を着ろ。
浜能来
第1話
「古野、後生だ。メイド服を着てくれ」
「えぇ、嫌だよ。あれはもう、黒歴史として封印するんだ」
文化祭を終え、迫る定期試験の気配に盛り下がる教室の中で、その一言は静かに響いた。
その忍野が、頭を下げている。これは只事ではないと、ホームルームのために入って来た教師までもが、古野に注目した。
「ほら、頭をあげてよ。みんな注目しちゃってるから」
「嫌だ」
「えぇ……」
「この、漢忍野は、お前のメイド服を再び拝むまで、この頭をあげない!」
クラス全体が息を呑む。誰もがその日本人らしい心意気に感心、いら感動していた。古野は空気を読めないやつみたいな視線を受けた。
「いや、冷静になって? 急にどうしてそうなるのさ。むしろ、あのコスプレは笑われたくらいなのに」
「ならば、オレが笑ったやつをすべて殴り飛ばそう。だからメイド服を着てくれ」
「なにこれ。新たな嫌がらせ? なんでそんなにこだわるんだよ」
「なぜ、そんなのは決まりきっている」
忍野は頭をあげた。その瞳は爛々と熱意に煌めき、グッと握る拳。血管すら浮き上がるほどの
「オレは! 一昨日の文化祭でお前のメイド服を見て、初めて。勃ったのだ!!!」
「ド下ネタやめてくれる?!?!」
恥じらいを見せる、
勃った? 勃った?! 忍野が勃った!!!
彼は真っ直ぐな男であるからして、よこしまな気持ちを持たない男であった。すなわちクラスの誰もが、彼の勃った姿など見たことがない!
その忍野が勃ったというのならば、それはつまり、溢れんばかり恋心である。その分厚い胸板にすら収まり切らず下半身に凝縮された、愛の海綿体。
きっと誰よりも真っ直ぐであろうその雄姿を、誰もが頭に思い描く。
「メイド服くらい着てやれよー」
「あの忍野が勃ったんだよ?!」
「着てやらねば不作法ではないか!」
気づけば、教師までもが声を上げる。
「世紀末でもこうはならない!!!」
古野は、頭を抱えてしまった。
忍野は不思議に首を捻った。真っ直ぐな彼の想いは、その真っ直ぐな性根から出る想いであるからして、受け入れられることが多かった。
西にゴミが捨てられていれば、ゴミ拾いのボランティアを呼びかけ、東に老人ホームがあれば、行って演劇なりを見せてやろうと呼びかけた。
忍野はそれと同じに、古野がメイド服をすぐに着てくれるだろうと思っていたのだ。
「なぜだ。なぜ拒む」
「いや、普通嫌だよ?!」
「お前のメイド服姿は、この世で最も美しく、可憐だ」
「なら、写真でも見て満足しといてくれる???」
「無論だ。すでに部屋の壁一面に貼り尽くした」
「やってることが犯罪者!」
古野はついに涙目で糾弾した。忍野はその姿を見て、天啓を得る。古野の言う通り、自分は罪を犯しているのじゃないかと。それならば、古野のこの反応も致し方なし。
「そうか、そうだったのか……」
「え、急に何? こわ」
糾弾しておいて、忍野が狼狽えると急に戸惑いだす情緒不安定な古野は、やはり忍野の犯罪行為により精神をすり減らされていたのだろうと、忍野はついに確信した。
彼の脳内に浮かんだのは、昨今よく槍玉に上がる、現代犯罪。
【セクハラ】
「すまない古野。オレは、意図せずに罪を犯していたようだ」
「大丈夫? なんかやばい薬やってる?」
「だが、わかってくれ。オレの想いは、それほどに強いのだ」
「わかりたくない」
後悔の念にかられる忍野の姿に、クラスの誰もが涙した。あぁ、哀れ。愛に狂わされた日本男児。
悲しみに暮れる教室の中で、しかしそれでも、忍野という男は真っ直ぐだった。
彼はもう取り返しのつかないとこらまで来てしまっているのだ。彼の中で走り出した想いは、もう止まらない。ならば、真っ直ぐな男である忍野勝は、真っ直ぐに最短距離をゆく。
「よし、わかった。古野、オレは考えを改める」
「そっか。よくわかんないけど良かったよ」
「そうか、お前も祝福してくれるか」
「……うん? 今なんて」
忍野は歓喜した。
意外や意外、古野もそれを望んでいたのだ。いわゆるツンデレというやつかと、忍野は一つ賢くなる。
「どうせ、オレはもう犯罪者なのだ」
彼は自分の学生鞄の中から、メイド服を取り出した。貯金全てをはたいて買った、最高級のコスプレ衣装だ。
「お前の服を強引に剥ぎ! このメイド服を身につけさせる!」
「はぁぁぁぁ??????」
忍野が走る。古野の腹部にタックルをかました!
うおおおお! いけぇ、忍野ぉぉぉ!!!!
割れんばかりの歓声を背に受けて、忍野は古野の服を剥いでいく。
「やめろ、僕は男だぞ!」
そう、実は
「そんなことは関係ない!」
関係なかった。
古野はみるみるうちにすっぽんぽんになり、メイド服を着せられた。忍野は器用に古野の頭髪をヘアネットにまとめ、ウィッグを被せる。ヘッドドレスも被せる。
あっという間に、教室の真ん中に金髪ツインテミニスカメイド(男の娘)が爆誕した!
「よし、撮影だ!」
「「「応!」」」
そして、机の上に立たされた彼をクラス全員が取り囲み、撮影会が始まる。
パシャパシャパシャパシャパシャ!!!
古野は耳まで真っ赤になって、プルプルと肩を震わせる。
「なぁ、忍野」
古野はクラスメイトの中で最もローアングルになって撮影に興じる忍野に問いかけた。
「なんでこんなことするんだよ。せめて二人きりの時なら、素直に着てあげても良かったのに」
「なんだ、そんなことか」
忍野はあっけらかんと答える。
「推しの魅力を
「忍野……」
忍野は照れた様子もなく、真っ直ぐにそう伝えた。彼の、自分の愛するものを、誰からも愛される存在へと昇華してやりたい。そんな純粋な、推し活。
古野は、噛み締めるようにその想いを受け止めていた。瞼を閉じ、言葉を探していた。
そして彼は、たった一言告げる。
「やっぱお前、常識ないぞ」
古野、メイド服を着ろ。 浜能来 @hama_yoshiki
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