最終決戦前の薬屋が、まともであるとは限らない ~ つながる異世界ショートⅢ ~

はなのまつり

最終決戦前の薬屋が、まともであるとは限らない ~ つながる異世界ショートⅢ ~

 まだお天道様が顔を見せてくれたばかりの薄明かりの早朝、いまだ残る眠気と空腹を我慢しつつ、僕は今日も日課の為に家を出ます――


「おはようございます、豚郎オークさん! 今日の分お持ちしました!」


 僕はそうやって元気に挨拶をしながら、豚郎さんのワラ小屋じたくに立てつけられた今にも吹き飛びそうな扉をノックします。すると、彼の自宅の裏から聞こえる「はいよ」といった渋い声。

 またいつもの朝稽古でもしていたのでしょう、豚郎さんは大人の身の丈よりも長い剣を片手に持ち、人間族の僕とは似ても似つかないその大きな豚っ鼻をヒクヒクさせながら、のっそりとした仕草で現れました。

 そしてもう片方の手には、網カゴいっぱいの“真っ赤な果実おかえし”が。


「おう、坊主。いつもこんな早くからすまねぇな……っとそうだ──ほらよ、昨日帰りに採ってきたルンゴの実だ。親父さん達に宜しく言っといてくれ」


 と言って彼は、剣を鞘に納めつつ僕の手渡す薬を受け取ると、ルンゴの実をカゴごと突き返すようにして渡してくれました。

 きっと昨日は本業たる狩りの成果がイマイチだったのでしょうね、少し不機嫌のご様子。それでも両親への建前がてら“肉をよこせ”と言っておきたいところですが、僕はルンゴの実が大好きなのでこれで良しとしますよ――もちろん、謙遜だけは忘れずに。


「うわぁー、こんなに沢山! ありがとうございます! でもこんな貰って良いんですか?」

「やる為に採って来たんだ。貰ってくれなきゃ困っちまうよ。それにこの俺が──そんな大食漢に見えるってか?」


 そうマッスルポーズを決めつつ、返す言葉に困ることを然もありなんとばかり言ってくる豚郎さん。

 確かに深い森での狩猟業、それはとても重労働だと思います。それに時折現れる“冒険者ゴロツキ”だとか“勇者チンピラ”とかいう連中を追っ払う為、日々危険たたかいに身を置く豚郎さんのこと。そりゃあ身体は鍛えられているのでしょう……が、

 「馬鹿も休み休み言え、この豚野郎」――なんて思っていますが、言えませんし言いません。

 「キレてる、キレてる」とでも言って欲しいのでしょう――が、それも言いませんよ、この欲しがりさんめ。


「いえ……じゃあ遠慮なく頂きます、ありがとうございます!!」

「……お、おう」


 期待した返事が来なかったからか、少ししょんぼりとした表情をみせる豚郎さん――から貰った網カゴいっぱいのルンゴの実。

 朝露に濡れるツルツルとした肌から放たれる芳醇な甘い香り。木々の紅葉が散り始めたこの季節、旬を迎えたルンゴの実はとても甘くてジューシーなんですよね。結果オーライですよ、豚郎さん。帰ったら早速、お母様にルンゴパイでも強請ねだるとしましょうか。いやでもなあ、ルンゴジュースに焼きルンゴ、ルンゴタルトも捨てがたい……

 ――などという妄想に豚郎さんそっちのけで浸りながら、担いで来た大きな背嚢リュックに頂き物を積めていると、視界の端、彼は既に森に向かってとぼとぼと歩き出してみえました。

 全く欲しがりのせっかちさんには困ったものですねぇ。いや、それよりもカゴ――という無粋な言葉は口にせず、僕は急いでその場で立ち上がると、そのまま、


「豚郎さん! 行ってらっしゃい! 今日も一日ご安全に」


 そう言いつつ大きく手を振って、朝日の下に消えゆく彼を満面の笑みでお見送りします。それに返されるのは、振り向きもしないままに軽く右手を上げただけの返事。

 うーん、やはりここは訂正しておきましょう。彼はただ“恰好つけたい盛りのおっさん”である、と。

 おっといけない、もう朝日があんな高さに……急がねば。


 僕の日課――もとい仕事――は、両親が木の実や野草を素に作った薬を、この集落に住まう皆さんへ届けて回ること。それも皆さんが仕事に向かわれる前の早朝に。毎日、です。

 ぶっちゃけとても面倒です。というかやりたくないし、もっと寝てたい……けれど、そういうわけにもゆきません。

 だって十中八九、あのクソオヤ――お父様にドヤされますし、何より皆さんが困ってしまいますから。


 僕らが住まうこの集落は世界大陸の端っこ、沢山の人々が暮らす王都なるところから北に遠く離れ、深い森と険しい山に囲まれた“最北の玄界”と呼ばれる地にあるそうです。

 まぁもっとも、この集落から先に出たことのない僕にとっては、それが事実かどうかも分かりませんが。

 いずれにしてもこの集落周辺を取り巻くは、飢えた獣たちが跳梁跋扈ちょうりょうばっこし、互いが互いの肉を食らい合う奪い奪われの弱肉強食といった環境。

 当然この集落周辺に人の住まう街なんてものはなく、父の所有する書物に記されていた貿易や流通、通貨なんてものもありません。ですから皆が自給自足、物々交換で生活を保っています。

 つまりはそんな場所。必然と発生するのは、常に危険と隣り合わせという問題。結果として必要になってくるのは傷薬や回復薬等の薬品類。それを取り扱うのが僕の家だけとなれば、なかなかどうして休むわけにもゆかないのです。


 ――暗い坑道に引きこもって性格まで暗くなった、探鉱業の小鬼ゴブリンさん。

 ――泉や川に潜っては魚取りに精を出し、いつも大抵生臭い美声セイレーンさん。

 ――見てるこっちが心配になるほどの細腕で、土木建築に励む歩屍ミイラさん。

 ――斧なんて使わず、自前の爪だけで木に挑み続ける伐採業の人狼ワーウルフさん。

 ――立場が逆なんじゃ……と思うほど嬉々として狩猟に勤しむ、豚郎オークさん。

 ――僕を変な目つきで見てくる、元勇者の仲間で現魔王軍幹部の神官さん。

 ――戦闘しごとは凄く出来るのに、机の角には絶対勝てない集落の長、魔王さん。


 皆が皆、僕が来るのを毎朝待ってくれています。

 いやいや、取りに来いよ――とか、こんな大役をいまだ年端もゆかない僕に押し付けてくる両親と作者さんってアホなのか――とか、色々文句を言いたいのは山々ですが仕事ですから仕方ありません。グッと堪えて僕は今日も走ります。


 そうして朝日が完全に顔を出した辺り、全ての配達を終えた僕はようやく朝の仕事から解放されます。さすれば当然向かうはマイホーム、やっと迎えた朝ご飯の時間。もちろん腹ペコMAXです。

 とは言え、辛そうな顔をして帰ろうものならまた「お前ってやつは! 仕事を何だと思っている!」とお父様に叱られてしまいます。

 ですから僕は、一旦玄関の前で自分の顔を両手で叩き、頬を紅潮させて疲れを演出。そして口角をぐいぐいと引き上げて、それでも“楽しんで仕事して来ました”感を取り繕い、元気な声色でもって店側の扉を開け放ちます。


「ただいま戻りましたー!!」と。


 しかしどうしたことでしょう、誰の返事もありません。いつもならお母様が優しく迎えてくれるか、お父様の「今日はどうだった?」という無骨な返事が返ってくるはず。なのに、それがありません。

 あらためて室内を見渡せば、店側のカウンターに踏ん反り返ってタバコをふかすお父様クソオヤジの姿も、キッチンで僕の帰りも待たず先に朝ご飯をつまみ食いするお母様クソババアの姿もないではありませんか――おっといけませんね。居ないと分かるや、ついつい口が。反省、反省。


「まぁいいや。後片付けでもするか」


 と、薬品臭のする室内で僕はひとり呟きつつ、出掛けた時よりも頂き物で大きく膨れた背嚢を玄関脇に置いて、手を洗う為に流し台へと向かいました。

 するとふと目に入る、テーブルに置かれた一枚の紙。


「うん? なんだこれ?」


 いつもであれば、そんなものは置かれていません。大抵食事が用意されているはず――なのにその代わりとばかり置かれた、それ。

 よくよく手に取って目を通してみれば、それは伝言。お母様からの書置きでした。


『――坊やへ。魔王さんのお城に勇者達チンピラが押し入ったらしく、お父さんとお母さんは撃退に向かいます。どうせまたヘッポコだろうから心配ご無用ですが、すぐには戻れないと思うので先にご飯食べてて下さい。PS、店番宜しくね――』


 なるほど、つまりは――クソ野郎のせいで僕の据え膳はなくなった――ということですね。なるほど、なるほど。

 まぁもう会うことは無いでしょうが、その勇者とか宣う輩には“キツイの一発”お見舞いせねばならないようです。全く、これ以上僕の仕事を増やさないで頂きたい。


 何はともあれ、今は腹ごしらえが優先。後片付けを終えた僕は、コンロで湯気を立ち昇らせるスープを器によそい、冷めつつある目玉焼きを野菜と一緒にお皿に盛り付けると、いつもの定位置に腰を下ろしました。朝日が射し込む窓の前、ここはぽかぽかしていて気持ちがいいんです。

 あッもちろん、硬い黒パンも忘れちゃいけません。テーブルの中央、カゴに盛られていたパンの山に手を伸ばしつつ、ながらに食事の挨拶を一言っと――不躾ですが、今日はこれでいいんです。だって怒るお母様もいないんですから。


「よっと。いただきま――」


 そんな時でした。

 店の玄関口の方、扉に取り付けられたベルの“チリン”というお知らせが僕の耳に届いたのです。

 正直もう少し空気を読んで欲しかった、というのが本音です。というかそれしかありません。子供がまだ食べてるでしょうが――なんて大声で怒鳴りたい。まぁ食べる前だったんですけれど。

 しかし両親だったとしてもお客さんだったとしても、不用意に僕の評価を下げるわけにはいきません。ですから僕は食事をお預けにされた怒りを抑えつつ、店の方へと顔を出すと、


「いらっしゃいませー!!」


 なんて元気な挨拶を添えてお出迎えしました。


 するとそこには、鎧をまとった傷だらけのお兄さんが一人、玄関の壁にもたれ掛かっているではありませんか。肩で大きく息をしているのを見るにどうやら大怪我をしているご様子。あからさま急ぎの用が伺えました。

 面倒くさいですが、まぁ一応用件くらいはこちらから聞いて差し上げましょう。


「いらっしゃいませ。大丈夫ですか? 傷薬ですか?」

「チッ、ガキか……まぁいい。それにしてもここは本当に薬屋なのか? こんなボロ小屋にガキ一人。胡散臭くてかなわんぞ?」

「……はい、間違いなく薬屋ですよ。して、ご用件は?」

「この俺を見て少しは察しろ! だからガキは嫌いなんだ! あーもういい、さっさとありったけの回復薬を用意しろ! どうせ大して役に立つかも分からないんだ。全部よこせ、全部だ!」


 ――と。なるほど、なるほど。つまりはケンカ売りに来た、と。

 まぁそれは冗談として、言わんとすることは分かります。確かに俯瞰的に見れば、僕みたいな幼い子供が店番をする怪しげなお店。仮に僕が客だったとして同じことを思うでしょう。

 けれど言い方ってものがあるじゃないですか。こちとら朝ご飯をいまだお預けされている身。結構イライラしてるんです。血糖値が低いんです。逆撫でするようなこと、やめて貰っていいですか。

 それにいくら優れた薬でも、多量にチャンポンすれば体に悪い――そんなこと少し考えればアホでも分かるはず。さすがにこちらとしても、お渡ししたという責任問題とか色々ありますから、そう簡単には容認出来ません。

 さてはて、どうしたものか……。


「すみませんが、全てお渡しすることは出来ません。まず間違いなくお客様のお身体に障りますので……」

「何を言っている! 俺をそこらの凡人と一緒にする気か!? 俺は勇者、そんな心配は無用なお節介だ! 分ったらさっさとよこせ!」


 そう言って、カウンターを勢いよくドンと叩く彼――うん? 今何と?


「それと当店は物々交換でのお渡しになります。お見受けしたところ、“お代おかえし”をお持ちではないご様子ですが……タダでお渡しと言うのはちょっと」

「なんだと貴様! この勇者たる俺から金をふんだくるつもりか!」


 と、捲し立てるようにして子供の僕に掴み掛って来る彼――あぁ、話聞かないタイプの人だ、こいつ。てか、今なんて言った?


「いえ、ですから当店お金というものは取り扱っておりません。食料や物資、そういった物品を対価としてお薬をお渡ししております。“お代おかえし”がないのであればお渡し出来かねる、そう申して下ります」

「何を訳の分からんことを! まぁいい、とにかく効くかも分からん得体の知れない薬を貰ってやると言っているんだ! つべこべ言わず、ガキは黙って言うことを聞け! それともなんだ、痛い目にでも遭いたい、のか?」


 そう言い切ると、腰に携えた剣を引き抜きざま、ニヤリと下卑た笑みを見せる彼──そこでようやく状況の整理がついた僕。


 つまりは、あれです。彼は無銭で子供相手に恐喝紛いなことをしてみせる勇者チンピラとかいうクソ野郎である、と。

 言い換えれば、そうです。彼は朝の日課でストレスを溜める僕に対して、食事の邪魔をした挙げ句、ケンカを吹っ掛けてくるゴミ虫である、と。


 ならば話は変わってきます。なにせ倉庫には、こういうお客様に向けたとっておきの“良薬”があるんですから。是非それをお試し頂きましょう、実験台として……。


「……分かりました。用意してまいりますので少々お待ち下さい」

「ふん。分かればいいのだ、分れば。さて、待つ間、茶の一つくらい出るんだろうな?」

「いえいえ、もっと良いものをお持ち致しますよ、勇者様――」


 そう言って僕が用意したのは、もちろん普通のお茶などではありません。神経にとびきり効き目がある、超即効性の麻痺薬ハーブティーです。

 それを涼しい顔して彼に出す僕。それを疑わずに飲む勇者――彼はやはりアホのご様子。


「ッ――!! カハッ、身体が痺れて……」


 しかし言わずもがな、こんなことで僕の怨みは晴れる訳がありません。

 ですから僕は痺れて動けない勇者を、木の実などをすり潰す硬ったい“すりこぎ棒”でタコ殴りにすることにしました。きっと良い悲鳴が抽出出来ることでしょう。

 あっ、もちろん回復薬も飲ませながらですよ。おっんでもらっては実験になりませんし、何より楽しみ半減です。確か飴と鞭って言うんですっけ、これ。


「ウガッ――ウッ、グハッ……グエェ!!」

「効き目は如何ですか?」

「やめ……やめ、ろ」

「足りませんか? では追加しますね」

「オゴッ…プハッ──よ、せっ!……ッ、ウグッ……」

「おかわりですね? はい、どーんどん」

「や……やめ、て――やめて、くだ……」


 すごく不安そうに、何やら怯え切った表情でモジモジ言ってみえますが、きっと大丈夫でしょう。なにせ彼は勇者ですしね。

 それに安心して下さい、当店自慢の回復薬はすぐに傷を癒しますから。これで彼もタダで回復薬が飲めて一石二鳥というものです。希望が叶って良かったですね。

 さてさてお次は、毒か酸か、包丁で滅多刺しなんてのも――


 などと“キツイの一発”をかましていると、僕の背後で“チリン”といって開かれるドア。

 大きく振りかぶって強めの一撃を勇者に見舞ってから振り向いてみれば、そこにはお母様とお父様、そして魔王さんの姿が……。


 これには非常に困りました。

 だって、薬の空ビン転がるこの惨状、いまさら片付けようがありません。無表情で勇者に跨がって、タコ殴りにしつつ薬の実験をする僕。ぼっこぼこの勇者。

 彼らは、見ちゃいけないもの見たというような顔でこちらを見ております。

 おかげで僕は“やべー、お父様に殴られる”そう思いました。


 しかしどうしたことでしょう、お父様はむしろニコニコ笑っておられます。その上、


「よくやった、息子よ!!」


 と言いつつ駆け寄って来て、頭を撫でて褒めてさえくれます。商品を遊びに使ったことを怒鳴って問い詰めもせずに、です。

 正直そのまま受け止めて良いのか分かりませんが、どうやら僕の判断は間違っていなかったようですね。

 勇者のおかげで、実験は大成功に終わりました――

 

 まぁ兎にも角にも、僕が今回何をお話したかったかと言うと“最終決戦前の薬屋が、まともであるとは限らない”ということです。

 では最後はいつもの流れで締めるとしましょうか。えーコホン……


 ――そうして僕は、今日も元気に勇者に毒薬売ってます。

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