第三話 だんまりと橋
歩みの遅い勝彦を振り返っては、タエはしきりにため息をついた。
『春だな』
タエに向かって、そんな風に言った彼は夢か幻か。東京に着いてからの勝彦は一切喋ろうとしなかった。
その代わり、実家でこもっていた時より、勝彦の挙動はおかしなモノが増えた。色んなものを観察しては不審がられ、そしてそんな融通のきかない彼の背中を最終的にタエが押して歩くハメになったのである。
それは本当に、タエのことなど見えてないくらいの好奇心だった。
フラフラと次に勝彦が寄ったのは服屋だった。それも砂まみれの汚れた手でベタベタと展示服に触れてしまって。その弁償代は生活費にあてようと思っていたタエのささやかな金でまかなわれ、結果、晴れて二人は一日と経たないうちに文無しとなったのであった。
◇
その日の夜は満月だった。
タエと勝彦の二人は、大きな川をまたぐ橋のうえで、うぅっと止まらない体の震えと戦っていた。
弁償で買った西洋服を勝彦にデタラメにまきつけながら、タエは「夏の夜とは思えないくらいの冷えようですね」と、やっとの思いで彼に話しかけたのだった。
しかし、タエがいくら話題をふっても、勝彦は何も返さなかった。だんまりだ。
「はぁ。私が汽車で無視したから、スネてらっしゃるのですか?」
「まさか」
「でしょうね。私のことなど、本当はどうでもよいのだと今日の貴方を見て、よくわかりました」
「……。何度も言うが、俺は」
「金のためには書かない。働きもしない。あるのは好奇心だけ。結構」
タエのその言葉で、さすがにこれまでの自分の幼稚さに気づいたのか、勝彦は顔を赤らめた。そしてそれを見たタエはケラケラと笑った。
やがてタエは眠ってしまった。
勝彦は横で寝息をたてるタエを見ずに、ポツンとつぶやいたのだった。
「もしオマエが倒れちまったら、これまでの小説全部、世にくれてやるよ」
しあわせな夢を ぐーすかうなぎ @urano103
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